台湾はスタートアップ企業の育成を強化している。写真は5月末から6月に台北で行われたスタートアップ企業の展示会「InnoVEX」(記者撮影)

『週刊東洋経済』7月31日発売号では「台湾リスク」を特集。緊張が高まる台湾海峡の情勢や半導体強国の背景、2024年総統選挙など台湾の政治経済を徹底解説している。

今や日本を含め世界がTSMCをはじめとする台湾の半導体産業を重視し、台湾経済と産業の動向に注目する。台湾で経済・産業政策の策定を担い、2023年9月には来日も予定している国家発展委員会の龔明鑫主任委員(大臣)に経済政策や日本との関係強化について聞いた。


――台湾経済や産業の見通しをどう見ていますか。

今年は台湾にとって厳しい。新型コロナ禍で世界の主要国がマイナス成長に陥ったなか、台湾は2020年に前年比GDP3%超、2021年に同6%超と成長を持続した。世界的にIT製品の需要が大きく伸び、半導体など台湾が主力とするICT産業が恩恵を受けた。

ただ、2022年10〜12月期からIT産業では供給過剰による在庫調整が始まった。足元では新たな注文も入り始めたが、9月までか場合によっては今年いっぱい調整が続くだろう。ただ、長期的には世界的なデジタル化の進展は変わらず、成長は続くとみている。

――成長に向けて台湾が直面する課題は何でしょうか。

まずサプライチェーンの再編だ。2018、2019年から米中貿易摩擦が激化して、今ではハイテク覇権の争いとなっている。コロナ禍でのサプライチェーン混乱もあり、生産拠点を1カ所に集中せず強靱性を高める必要がある。


この点では台湾も対応が進んでいる。中国で活動していた企業の中では台湾のほうが柔軟に対応できると拠点を戻す動きがあり、台湾政府も「投資台湾的三大方案」と称する台湾回帰や投資を優遇する政策を推進している。台湾以外でも東南アジアやメキシコ、中東欧などに台湾企業が世界で主導してサプライチェーンの再編の役割を果たせるよう後押しする。

次にデジタル化や脱炭素(カーボンニュートラル)だ。先ほどの台湾回帰政策でも単に戻ってきてもらうだけでなく、工場や生産のデジタル化、脱炭素化への対応を優遇条件にするなど産業強化も図っている。また国際経済の中で重要な役割を果たせる6つの分野を「核心戦略産業」に指定して振興を図っている。デジタル産業やバイオ医薬、再生可能エネルギーなどが含まれている。

これらは世界的な流れでもあり、国際社会やサプライチェーンで台湾が役割を果たせるようデジタル人材の育成やバイリンガル政策を推進している。また、これまでは海外との議論は貿易の自由化や関税が主だったが、公平な競争や投資環境の整備のために法制度や汚職対策などの交渉も重要である。

TPP(環太平洋経済連携協定)への加入準備も進めているが、成長のために国際的な協定や経済枠組みへの参加をより加速させていく。

――海外から見ると台湾は国が産業支援を積極的に行い、TSMCのような存在を外交カードにしているようにみえます。政府の産業への関わり方はどのようなものですか。

黎明期の産業分野で民間にとってリスクが高い場合は投資環境やインフラ整備を政府が担う。たとえば、現在台湾は洋上風力発電に注力しているが、これは台湾にとって新しい産業であり、開発能力や技術は不足している。そこで海外企業に技術協力をお願いしてもらうが、外資系企業が台湾で投資できるように制度やインフラを整える。

ただ、あくまで民間主体の発展を促すのであり、市場や事業の発展が軌道にのれば政府は介入を避けていく。今や台湾の代表的な産業である半導体も同様だ。


きょう・めいきん 台湾・輔仁大学統計学系卒、国立台湾大学修士課程修了、国立中興大学(現国立台北大学)博士課程修了、博士(経済学)。淡江大学助理教授、台湾経済研究院副院長、国家発展委員会副主任委員、経済部(経済省)政務次長などを経て、2020年より現職。

当初TSMCには政府が48%出資(ほかフィリップスが27.5%など)していた。現在、行政院国家発展基金会の持ち株は6%程度だ。まあ、時価総額が大きいのでこれでも1兆台湾元(約4.5兆円)ほどの規模だが。

私も主要株主である政府の代表としてTSMCの取締役であるが、あくまで企業統治(ガバナンス)の面で意見するのみだ。現在TSMCは日本を含めて世界に工場を設置して拡大をしているが、政府がどこに投資せよなどと言うことはないし、経営方針などで「こうすべきだ」などと指導はしない。

成長戦略や投資など経営判断は民間がすべき。長く産業をみてきた彼らのほうが詳しいに決まっているからだ。

カーボンニュートラルも脱原発も

――台湾の洋上風力発電では日本企業もプロジェクトに参入していますが、外資系企業を優遇することに台湾で反対はないのでしょうか。

産業発展には段階がある。台湾は2050年にカーボンニュートラルを目指すとともに脱原発も掲げる。エネルギートランジションに急を要している中、技術力がある外資に台湾に来て投資してもらうことで私たちも多くの学びを得られる。

実際の開発や建設技術だけでなく、洋上風力発電分野でのプロジェクトを遂行するための資金調達の手法や保証制度の枠組みも経験のなかった台湾の金融機関は学んでいる。これらのノウハウがたまり、台湾に参入する外資系企業とともに台湾企業も事業に加わることができるようになった。

さらに台湾企業との協力で新たな技術や知見も出てきて、それを生かしてほかの第3国に一緒に展開することも視野に入る。

今の日本が半導体などで「完全国産」の企業を目指そうとしているのは私も知っている。ただ、それはもうしばらく時間がかかるのではないか。台湾は日本の隣人でまったく知らない外国ではない。多くの日本企業が台湾で投資や事業を行っているように台湾も日本ととてもいい協力ができる。

――ただ日本では台湾有事のリスクが懸念されています。

あらゆるプロジェクトにはリスクがある。洋上風力発電が東アジアでなかなか進まなかった背景には台風や地震への懸念があった。それが今では技術的に克服できることがわかった。

地政学リスクは違うと言われそうだが、台湾と同様のリスクは東アジア各国が直面している。韓国はつねに北朝鮮のリスクを抱えており、日本も1990年代以降、北朝鮮のミサイル脅威を受けてきた。台湾はすでに70年以上も有事のリスクを受け続けている。それでも発展してきた。他国が台湾情勢よりも緊迫していないとは必ずしも言えないだろう。

(台湾企業に製造を委託する)顧客の観点からいえば、サプライチェーンや発注先を分散したいだろう。アメリカの半導体大手エヌビディアもTSMCが強くなりすぎては価格交渉に影響するため、サムスンなどに分散しようとしていたとされるが、またすぐにTSMCに注文量を戻したとみられる。地政学リスクが存在しなくても顧客は分散化したいわけだが、高い技術力があればサプライチェーンの中で無視されない。

世界のIT産業が今のように発展したのはTSMCの貢献によるところが多い。アメリカ半導体大手のAMDは半導体製造部門をグローバルファウンドリーズという企業に切り離したが、先端半導体はTSMCに発注するようになり、TSMCとともに成長していった。

(TSMCは)受託製造(ファウンドリー)専業にもかかわらず粗利益率は50%超。ここまで成長したことには驚いている。

スタートアップ支援拠点が90カ所

――新たな産業育成策として、スタートアップ企業の支援も行っています。

スタートアップ企業は既存の産業の慣習などの影響を受けずに自由な発想で新しいビジネスモデルを生み出す可能性がある。既存の大企業はどうしてもすでにある競合との競争にリソースを向ける必要があり、新事業に集中しづらい。スタートアップが産業の大きな活力になると期待している。

2016年にアジアシリコンバレー構想を掲げた。台湾がシリコンバレーのようになるなんて誰も信じなかったが、基金や企業サポート体制など環境整備を行い、今では世界各地で台湾発のスタートップ企業が上場するようになった。

日本でもAIの開発とサービスを行うAppier Group(エイピアグループ)が上場した。台湾はもともとアメリカのシリコンバレーと人脈的なつながりも強いが、その強化も進め、台湾のスタートアップの商機を拡大させていく。

台湾各地で創業やスタートアップ企業を支援する公的な拠点やインキュベーション施設が90カ所できている。技術をもつ大学教授らには大学発ベンチャーとしてスピンオフを奨励しているほか、創業に関心をもつ学生向けの授業も準備されている。特に修士・博士課程の学生が自分の先生たちが起業するのを見て学んでいる。

日本では大学卒業後に優秀な学生は大手企業に入社するのが第一志望で、その後も大企業で働くキャリアを優先すると聞く。しかし、台湾は違う。たとえばトップの台湾大学医学部を卒業しても医者にならず起業するケースも多い。

私が台湾経済研究院の副院長を務めていた時にも若い社員がやめるという話をよく聞いた。

【2023年8月9日11時00分追記】初出時の表記に誤認があったため、上記の通り修正しました。

彼らに話を聞くと海外に留学したいという人もいるが、多くはもうすぐ30歳になるから起業する最後のチャンスだと言う。

起業はその人たちの人生の夢や理想を実現させる可能性がある。台湾では多様な人生スタイルに価値を見いだす若者が多く、政府もそれを支援する。成功するときもあれば失敗するときもあるだろうが、失敗してももう一度やりたいならやってもらうなど、一定期間はやりたいことをやって成長を目指す機会をもてるようにしたい。

――スタートアップ企業の日本進出を後押ししていますが、日本にどのような期待をもっていますか。

まずは市場だ。台湾の人口は約2300万人と小さい。日本のような1億人以上の市場で事業が成功すれば、さらに大きな東南アジアなどの市場でも成功できるだろう。

また日本は台湾のスタートアップ企業が得意とするソフトウェアやITプラットフォームのビジネスモデルで競合が少なく、日本企業と提携できる余地は大きい。

日本でビジネスを拡大して、さらに日本企業と協力して東南アジアなど海外市場に進出することもできるはずだ。日本と台湾には相互信頼があり、協力できるパートナーである。9月には海外進出や投資呼び込みを支援する機関「スタートアップ・アイランド・台湾(SIT)」が主催する「日本・台湾スタートアップサミット」が東京で開かれる。多くの台湾のスタートアップ企業とともに私も訪日して、関係を深めていきたい。


(劉 彦甫 : 東洋経済 記者)