ツイッターあらため、「X」に。ユーザーからは「青い鳥」との別れを惜しむ声が相次いでいる(写真:Gabby Jones/Bloomberg)

先日、ツイッター(現X=エックス)のイーロン・マスクCEOが、同社のアイコンをお馴染みの青い鳥から「X」に切り替えたことで話題になりましたね。

早速海外のユーザーが直接マスク氏に「So now that Twitter has been rebranded to X, what are tweets called now?」(TwitterがXにブランド変更したのであれば、ツイートするはどう言えば良いの?」と質問しています。これに対しマスク氏の回答は「X’s」(エックセズ)でした。

すると「Instead of retweet, what’s the new name? ReX’d?」(ではリツイートはどう呼んだらいいの?ReX’d?)とイジられるとに。これには、「That whole concept should be rethought(全体的に考え直した方がよさそうだ)」とたった3手で詰んでしまいまいた。

結局、ツイートは「ポスト」、リツイートは「リポスト」に落ち着いたようです。まあ、そうなりますよね。

Xで思い出す「E電」の過ち

ただ、この一見イーロン・マスクという稀代の天才経営者が一介のツイッター民改め、X民にやりこめられてしまったように見えるやり取りも、マスク氏がユーザーの声をダイレクトに聞きながら方針を決めてゆくという手法のようにも見えます。SNSは今やライフラインですから、ブランド変更は慎重におこなうのは正解でしょう。

ライフラインになっているものが一方的にブランド変更し、利用者からの不評を買う、というケースは実は過去にもあります。例えばJRが国鉄から民営化された1987年当時、首都圏を走っている「国電」といわれていた一連の電車の愛称を「E電」とすると呼び掛けたことがありました。

しかし、これはまったく定着することはありませんでした。この現象について三省堂国語辞典編集者の飯間浩明氏は毎日新聞の紙面で、「横柄なイメージだった国鉄が民営化した途端に言い出したので、『何がE電だ』という反感が強かったのではないか」と分析しています。

強引な買収、その後の大胆なリストラやサービス内容の変更などで戸惑うユーザーには、今回のX騒動は、E電に対し飯間氏が指摘したものと似た感情が一定数あったのではないかと思います。マスク氏が今後もユーザーの声を聞かないと、E電の轍を踏むこともあるかもしれません。

日本人にとってSNS投稿は「ハズい」こと?

前置きのつもりで書いたことが長くなってしまいました。

本題に入りますと、実は日本人のツイッター好きは他国の追随を許しません。2023年7月にマスク氏自身が投稿した1週間に何秒間ツイッターを利用したか(Total Active Second)の国別の数字では日本は687.2億秒で、お膝元のアメリカ560.9億秒を抑えて1位でした。

日本人のツイッター利用が進んだのにはその匿名性が関係あるのではないかと思います。私の日本人の知人の多くはツイッターで実名を名乗っていません。あるいは実名のほかに「裏垢(裏のアカウントのネットスラング)」を持っているようです。裏垢を持っている理由は、無論犯罪を助長するような投稿をするためではなく、要するに

「人目を気にせず投稿できる」

ということではないかと思います。変な投稿をするつもりがなくても裏垢を使うのは「かっこいいことを言うと厨二っぽくてハズい」「いいことを言うと意識高い系でハズい」と、とにかくなにからなにまでハズかしい、という感情がつねについてまわるのではないかと思います。

1946年にアメリカの文化人類学者 R・ベネディクトが書いた『菊と刀』(The Chrysanthemum and the Sword)で指摘した「恥の文化」がここにもまだ生きているということでしょうか。

確かにSNSでよく聞かれる「承認欲求」の逆は「恥をかくこと」とも言えますので、SNS上であるからこそ、より広い範囲で恥をかくリスクがある、よって実名での投稿は控えたい、だからツイッターが大好き……この分析、どうでしょうか。

この匿名性について欧米ではどうかといいますと、プラットフォームによらず比較的オープンに実名を出していろいろな投稿をしています。したがって本人が特定できてしまうメタのThreads(スレッズ)に対しても「実名を出すから嫌だ」という反応は日本ほどないと思います。

ただ、それにもかかわらずスレッズはアメリカでも今のところあまり目立った成功には至っていませんので、もっとそれ以前に課題があることをマーク・ザッカーバーグ氏は理解したほうがいいようにも思えます。

日本人は「リンクトイン」は苦手?

実名アカウント運営で、海外で成功しているのがLinkedIn(リンクトイン)です。日本でリンクトインというと、転職用SNS、という印象があるかと思います。比較的長文での投稿も許容する文化があり、個人の主張や企業の考え方などを発信する場として活発な交流が行われています。いわば「もっと自分のことを知ってください」という文化ですね。

しかし、一方の日本のリンクトインはと言いますと、2022年のデータですが300万人ほどのようなので、率直に言ってアメリカに比べて普及はまだまだと言わざるを得ません。これはもしかするとツイッターが日本で大きく受け入れられていることと表裏の関係なのかもしれません。

そもそも見ず知らずの人と交流を持ちませんかと言われても余計なお世話と思う人もいるでしょうし、何が悲しくて友人や会社の取引先の面前で自分の主張を長々と開陳するのか、そんな「ハズい」ことは御免だ、と思う人は少なくないでしょう。

ここで、日本人の友人の多くが「立食パーティ」が苦手だと言っていることを思い出します。よく知りもしない人に話しかけ、噛み合わない会話をしているうちに話題が尽きてしまい、気まずさが残ります。

ツイッターは「無礼講」に近い?

また、そうしたパーティでいきなり挨拶のスピーチをしてほしいと言われたら戸惑ってしまいます。しかし、欧米の人であれば大抵は「よーし何を話そうかな」と張り切るものです。リンクトインが立食パーティだとすると、ツイッターはなんでしょうか? 私は「無礼講」がそれに近いのではないかと思います。

匿名で投稿できるツイッターは、飲み会での失礼を翌日には「なかったことにできる」無礼講的で、日本人のメンタリティに親和性があるのかもしれませんね。なお、無礼講が本当は無礼講ではないことが多いことも、筆者は苦い経験を通じて理解しています。念のため。

イーロン・マスク氏がこうした日本のユーザー心理をどこまで理解しているのかわかりませんが、日本を特別な市場と捉えているようで、先ほどのTotal Active Secondで日本が首位になったことに対し「Japan is awesome 」(日本はすごい)と投稿しています。

いろいろ書きましたが筆者はXについては好意的に捉えています。7割の社員をリストラしたと言われていますが不思議と会社は回っているようですし(これは多くのSaaS企業経営者にとって考えさせられる事実です)、今後は「LINE」や中国の「WeChat(微信)」のように、ニュース、課金、ショッピングまでカバーする総合的なインフラに進化する可能性も大いにあると思います。特に日本市場に対し、どういうことを仕掛けてくるのか今後が楽しみです。


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(デビット・ベネット : テンストレント最高顧客責任者)