「一つの中国」解釈をめぐっては、6月に訪中したブリンケン米国務長官とも曖昧さが残る。(写真:時事通信フォト)

『週刊東洋経済』7月31日発売号では「台湾リスク」を特集。緊張が高まる台湾海峡の情勢や半導体強国の背景、2024年総統選挙など台湾の政治経済を徹底解説している。

中国は台湾に対し、軍事的圧力と外交的圧力をかけ続けている。台湾海峡の現状変更を試みる中国に対して、どう向き合うべきか。中国の考え方や日本の立場について、中台関係や国際政治史が専門である法政大学の福田円教授に聞いた。

――中米のホンジュラスが2023年3月に台湾と断交し、中国と国交関係を結びました。中国の台湾に対する外交攻勢が効いているのでしょうか。

中国は現在、台湾と直接対話するチャネルを持たないので、軍事威嚇や果物の禁輸措置などあらゆる方法を使って台湾や国際社会にメッセージを発信している。台湾から外交関係を奪うのもその1つだ。


今回、どこまで中国が意図した通りだったかはわからないが、中国は台湾と外交関係を持つ国に、常にさまざまな工作を行っており、その国を意図したタイミングで動かそうとしている。

とくに中南米諸国との外交は、台湾だけでなくアメリカに向けてのメッセージにもなる。中南米には台湾と外交関係をもつ国が複数ある。それはこの地域が元々アメリカの裏庭であり、アメリカの影響力が強かったからだ。

アメリカは中国を承認しているが、戦略的に重要な位置にある中南米の国々には台湾との外交関係を維持するように後押ししていた。ところが近年、アメリカの中南米諸国への影響力が低下し、そこに中国が進出してきた。

軍事的圧力と外交圧力は「車の両輪」

――中国はどのような形で相手国への影響力を強めるのでしょうか。 

わかりやすいのは経済援助や投資をテコにした働きかけだ。中国と台湾の「外交競争」は相手国の内政とも密接に関わっている。

近年、中南米や太平洋の島嶼国では、選挙のたびに「親米か親中か」が、大きな争点となっている。中国の援助は中南米では軍事協力がセットになっていることもあり、アメリカやその同盟諸国は警戒している。 

日本では台湾有事の議論があり、軍事的な事柄に関心が集まりがちだ。中国は軍事圧力と外交圧力を車の両輪のように考えており、両方とも徐々に強化している。その背景には、経済的な交流によって台湾との統合を推進できていないことに加え、アメリカとの競争関係が強まっていることがある。

かつてアメリカは、中国が民主化するよう期待して対中関与政策を続け、アメリカと中国は戦略的な協調関係を保ってきた。その頃は、台湾で陳水扁政権(2000〜2008年)が独立を志向するような動きを見せれば台湾がトラブルメーカー扱いされた。中国はアメリカを通して台湾問題をマネージしていた。

しかし米中が競争関係になると、台湾問題は米中間の争点の一つになり、中国はアメリカを通して台湾をマネージすることが困難になった。中国は軍事力や外交力によって自分たちが台湾との「統一」を諦めていないことを示し、そのためにさまざまな手段を使えることを誇示している。

――中国の習近平国家主席は、経済的手段による統合はうまくいかないと見ているのでしょうか。

胡錦濤政権(2002〜2012年)のとき、中国は経済的な融合が進めば台湾との「統一」は近づくと思っていた。しかし交流が進めば進むほど台湾の人たちの意識は中国から離れてしまった。


ふくだ・まどか 国際基督教大学教養学部卒、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、同後期博士課程単位取得退学。この間、台湾政治大学国際事務学院東亜研究所博士課程へ留学。博士(政策・メディア)。国士舘大学21世紀アジア学部専任講師、同准教授、法政大学法学部准教授を経て、2017年より現職。主著に『中国外交と台湾-「一つの中国」原則の起源』(慶應義塾大学出版会、2013年)、第25回アジア・太平洋賞特別賞

習氏が総書記になった2012年頃に中国と台湾の交流はピークを迎えた。しかし、その頃を境に、中国から見ると多くの問題が出現し、経済関係を深化させることは難しくなった。

例えば2014年、中国と台湾のサービス貿易協定の審議過程がおかしいと、台湾では学生を中心とする社会運動が起きた。その結果として、中国との交流を進めていた国民党から現在の民進党に政権が交代した。

つまり、習氏は共産党のトップに就いた直後から、中国と台湾との関係においてさまざまな問題が表面化するのを目の当たりにしてきた。そのため習主席は、胡錦濤政権が進めた政策を否定し、それとは違うことをやらねばと思っている。

台湾侵攻を視野に入れた軍事演習で軍事力を誇示したり、貿易で特定品目の禁輸などを懲罰的に使ったりと、習氏の時代になって中台関係における中国の力の使い方は大きく変わった。

台湾問題は中国にとっては国内問題であるが、中国の対台湾政策にはその時々の中国外交の方針や姿勢が端的に反映される。2010年代に入って、中国は日本に対して尖閣諸島の周辺で公船の行動などにより現状変更の能力を誇示し、レアアースの輸出禁止など経済関係を懲罰目的に利用したこともあった。

その後、こうした行為を他国との間でも行ったことによって、とりわけ欧米や日本など先進民主主義諸国の中国への信頼感は低下した。さらに、中国のような相手と強固なサプライチェーンを維持することへの不安感が、経済安全保障の議論へと繋がってきている。

中国は日本による台湾独立支持を警戒

――そもそも日本政府は台湾問題について、どういう立場を示しているのでしょう。

日本は1972年の日中国交正常化時に、中華人民共和国が「中国を代表する唯一の合法政府」だと認めることには同意した。これが1970年代に多くの西側諸国が中国を「承認した」という意味だ。

今日の中国は「一つの中国」原則を主張しているが、この原則のなかで中国にとって最も重要なポイントは「台湾は中華人民共和国の一部」であることを相手国に認めてもらうことだ。

「台湾は中国の一部」だという主張については、すべての国が無条件で認めたわけでなく、アメリカはそれを「認識」し、日本は「理解し、尊重」した。これに加え、1972年の日中共同声明には日本が「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持」することが書かれている。

これは、第2次世界大戦時のカイロ宣言にのっとって日本は台湾を中華民国へ返還し、その中華民国に代わって、1972年以降は「中国」を代表する政府として中華人民共和国を承認するという意味だ。

日中国交正常化交渉で、中国は日本が「理解し、尊重」するだけでは納得しなかった。というのも、日本は敗戦までは台湾を植民地統治し、第2次大戦後は台湾独立運動の拠点ともなっていたからだ。だから日本がポツダム宣言までさかのぼり、台湾への立場をできるだけ明確に示すことで中国はようやく納得したのだろう。

日本としては、敗戦した旧宗主国として台湾問題について自ら何かを言う資格はないが、その時点での現状としては台湾が中華人民共和国の一部だとも言えないという立場をとった。

中国は日本が台湾の独立を支持するのではないかと今も恐れている。日本人には想像しがたいことだが、日本が台湾を再び植民地化しようとしているという議論も中国にはある。中国の軍拡に対応して日本も防衛政策を変化させているが、中国はそれを日本の台湾に対する野心のあらわれだと捉えて警戒している面がある。

――日本は「台湾海峡の平和と安定」を掲げ、現状維持を求める立場です。中国にとって「現状維持」は受け入れがたいのでしょうか。

「現状」の内容次第ではないか。台湾海峡の現状は、誰から見るかによってまるで異なるからだ。

台湾やその友好国から見れば、台湾には中国とは異なる政府と、その政府が統治し、中国とは明確に線引きされた領土や人民が存在して、事実上の独立を保っているのが「現状」だ。

「台湾は中国の一部」だと主張する中国は、「一つの中国」原則が国際社会において尊重され、諸国は台湾の独立を決して認めず、支援もしないのが「現状」だと見る。

例えばアメリカは中国が主張する「一つの中国」原則とは内容が異なる「一つの中国」政策を採ってきた。「台湾は中国の一部」であることを完全には認めず、台湾の安全保障に関与し続けてきた。1979年の米中国交樹立後にアメリカ議会が台湾関係法を制定し、アメリカ政府の台湾防衛への関与が継続したので、中国は一貫してアメリカに対する不満を抱いてきた。

以上の2つの異なる「現状」は突き詰めると両立しないが、これまでは認識の違いを「一つの中国」という言葉で曖昧化することで均衡を保ってきた。中国もこの40年余りの間、「一つの中国」原則と「一つの中国」政策の齟齬を黙認してきた。

しかしこの均衡が近年、不安定になっている。中国が経済発展や軍事力の増強で実力がついたことに加え、日米が「一つの中国」を尊重せず、台湾が事実上独立しているかのように振る舞っているとして不満を募らせ、抗議を繰り返すようになった。 

中国が軍事的にも外交的にも強硬政策を採れば、かえって台湾では反発心が高まり、台湾の自立性や中国との違いを強調する方向へと動く。中国は、独立傾向を強める台湾が日米と関係を深め、民主主義や自由の価値を唱えるのは許しがたいという認識を強めている。

違いを突き詰めてはならない

――日本やアメリカは中国にどう向き合うべきでしょうか。

台湾への軍事侵攻やグレーゾーン事態の継続によって現状変更ができると中国に認識させないよう、日米が関わることは重要だ。一方で、「統一」や「独立」などの原則問題で中国を追い込みすぎて、さらに強硬な姿勢を採らせてしまうことも望ましくない。

台湾が民主化する以前、新冷戦という国際環境の下で中国とアメリカ、西側諸国との関係が良好であった1980年代、中国は声高に「一つの中国」原則を主張していなかった。台湾が民主化し、冷戦後の国際社会においてそれが評価されるようになると、1970年代に各国と約束した「一つの中国」原則があったはずだという主張を強めていった。

中国外交は、自らの主張の実現が難しくなると思えば思うほど声高に唱える傾向がある。近年は、国際社会において「一つの中国」原則が尊重されていないことに大きな危機感を抱いているので、自身の影響力を及ぼしやすい国際会議、多国間外交、二国間外交などの場において「一つの中国」原則を支持する旨の内容が共同声明に盛り込まれる頻度が大幅に上がっている。

台湾独立を支持する諸国が増え、将来的な「統一」の可能性が潰えるのではないかと中国は疑心暗鬼になっている面もある。日米など主要国は「一つの中国」を尊重する基本的な立場は変わっていないことを折に触れて伝えていくことが必要だ。台湾でもこのことは理解されており、主要政治家で直ちに独立すると主張する人はいない。

ところが、中国の台湾独立に対する警戒心は強く、「頑固な台湾独立分子」への批判を繰り返し、近年ではこれらの政治家に対する制裁措置まで発表している。「統一か独立か」という二元論で台湾について議論するのは危険だ。

中国と台湾、そして日米など関係諸国は、維持されるべき台湾海峡の「現状」について認識を異にしつつも、その違いを突き詰めないことで、微妙なバランスを保ってきた。このような構造を念頭に置きつつ、台湾をめぐる国際関係を理解し、日本の役割を考えることが重要だ。


(劉 彦甫 : 東洋経済 記者)