宮崎交通の運行拠点である高千穂バスセンター。延岡駅と結ぶ路線バスのほか福岡や熊本と結ぶ高速バスが発着する(筆者撮影)

ローカル鉄道の廃止反対理由として、「鉄道がなくなると町がさびれてしまう」としばしば述べられる。しかし現実には鉄道の乗客が高齢者と高校生だけとなり、利用客数が極端に減少してしまったからこそ廃止論議が起こる。消えた鉄道の沿線地域と、鉄道を代替した公共交通機関は今、どうなっているのか。今回は国鉄特定地方交通線から一度、第三セクターになったものの、水害で廃止された高千穂線の沿線を見る。

水害に襲われやすい地域

延岡市は宮崎県北部にある産業都市で、熊本市や福岡市とも経済的なつながりが深い。しかし、九州山地が間に横たわっており、まず建設された日豊本線は、ルートとしてはかなり遠回りとなった。

これに対し、直線状に熊本と結ぶ鉄道も計画された。豊肥本線の立野へ向けて昭和初期に建設が進められ、熊本側はまず1928年に立野―高森間が開業(現在の南阿蘇鉄道高森線)。延岡側は五ヶ瀬川沿いの険路を克服しつつ、1935年に日ノ影線延岡―日向岡元間が最初に開業した。これが高千穂に達し、高千穂線と改称されたのは戦後の1972年である。

しかし、高千穂―高森間が未開業のまま、国鉄は高千穂線を特定地方交通線に指定。第三セクター鉄道「高千穂鉄道」へ1989年4月28日に転換された。ところが、国鉄時代にもたびたび襲われていた水害に2005年9月に再び見舞われ、橋梁が流出。最終的に復旧が断念され、書類上、2008年に全線廃止に至っている。代替交通機関は並行していた宮崎交通の路線バスで、増便により対処している。

現在、延岡駅―高千穂バスセンター間の路線バスは、旧道(県道237号)経由とバイパス経由の両系統が交互に、合わせてほぼ1時間ごとに1日13往復が走っている。これは高千穂鉄道の最後のダイヤと運転本数の上では等しい。ほかに、延岡―熊本間の特急バス「たかちほ号」も、途中停車するバス停は限られるものの延岡―高千穂間でも利用可能だ。


延岡駅前の高千穂方面行き乗り場(筆者撮影)

ただ、訪問した7月14日には日之影町内の県道237号で大型車の通行規制があり、槇峰―日之影町立病院間は全便ともバイパス経由で運行されていた。旧道経由の方が所要時間が17分ほど長いため、時間調整を行いつつ走っている。

観光色豊かな代替バス

JR延岡駅は2017年にJRの新駅舎、翌年に待合室や書店などがある複合施設「エンクロス」がオープンし、面目を一新した。バス乗り場も駅前広場の南北2カ所に設けられている。延岡市内路線や近郊へ向かう路線のほとんどが、南側のロータリーに発着するのに対し、高千穂へ向かう路線だけが、長距離高速バスとともに北側のロータリーに発着する。他の路線と比べ内外の観光客の比率が高いと思われるだけに、この措置は案内上、わかりやすい。

まず延岡駅8時45分発(旧道経由)のバスに乗ると、やはり観光客らしき人が座っていた。車内の自動放送にも英語、ハングル、中国語が添えられている。空港からも新幹線駅からも、さほど近いとは言えない土地だが、渓谷美や神楽をはじめとした高千穂の人気の高さがさっそくうかがえた。


旧道を経由し高千穂へ向かう宮崎交通バス(筆者撮影)

バスは市街地を通り、途中のバス停で地元客を拾う。延岡駅近くには古くからの商店街が固まっているが、現状は他の都市と変わらず、営業していない様子の店が目立つ。イオンをはじめとするロードサイド形の大型店舗は、むしろ南延岡駅に近い、大瀬川より南のエリアに多い。

「神話街道」との愛称がある国道218号に入ると、ひたすら五ヶ瀬川に沿ってさかのぼってゆく。旧行縢(むかばき)駅に近い平田までは、別系統の行縢山登山口行きも1日3往復加わる。


平田付近を走る高千穂行き(筆者撮影)

平田でいったん降りて周囲を観察した後、11時15分発の旧道経由に乗り継ぎ、日之影町を目指す。細見、岡元(日向岡元)、吐合と駅名で覚えがある地名も現れる。ただ、完全に鉄道に沿ったルートではなく、例えば国道から離れる曽木は経由しない。そうした地区は、旧北方町から継承した延岡市の乗合タクシーに任されている。

「駅」を名乗るバス停が残る理由

2006年に延岡市へ編入された北方町の中心地が川水流。廃止後も、そのまま「川水流(かわずる)駅」を名乗るバス停がある。

鉄道に対するノスタルジーかと思われがちだが、道幅も狭い集落の中で、元の駅前広場が駐車スペースとして使えるため自家用車を停めやすい。つまりは鉄道時代と変わらず送迎の拠点でもあり続けているのだった。

駅自体は廃止されても、引き続き駅と称しておいた方が、わかりやすいのは確かである。家族が高校生を迎えに来る場面が、このバス停でも展開される。山岳地帯だけに、車がないと末端の輸送は担えない。

川水流から先、急流が削った谷はいちだんと深まり、平地はごく少なくなる。一方、田畑は山の上に開かれた土地に広がっており、棚田の風景が広がる。バイパスはそうした開拓地を通り、地形を半ば無視して長大トンネルで山を抜け、高い橋梁で谷をまたぎ越しているが、そちらに住まう人口も今や少なからず。双方に路線バスを振り分けなければならないゆえんである。

川水流から少し進んだ蔵田で、バイパス経由と旧道経由のルートが分かれる。バイパス経由は、延岡ジャンクションから蔵田交差点まで完成している自動車専用の北方延岡道路(九州中央自動車道)に合流。この先は一般道となり歩行者や自転車の通行もできるようになるが、高速運転に適した規格が高い道路である。

一方の旧道は、時に対向車との離合も難しくなるような隘路が続き、川面をすぐそこに見つつ走る。少しでも平らな土地があると、八戸、日之影といった集落がある。

日之影町の現在の人口は3200人余り。それが五ヶ瀬川に面した日之影の集落をはじめ、広い町内に散らばって住んでいる。さらに日之影町の場合、標高差がこれに加わり移動を困難にしてきた。


温泉宿泊施設として営業中の旧日之影温泉駅(筆者撮影)

温泉や高千穂鉄道の車両を転用した宿泊施設が今も営業している、元の日之影温泉駅は標高108mほど。これに対し、町のシンボルにもなっている青雲橋のたもとにある、バイパスに面した道の駅は標高230mほどある。そんな高所にも集落が散在しており、徒歩や自転車などでの往来は極めて難しい。

川沿いと高台を結ぶ町営バス

青雲橋自体も川面からの高さは137m。高さ100mを超える道路橋は、日之影町内に大小215基あるそうだ。そのような地形であるから、自家用車の運転ができない層のために、日之影町がコミュニティバス「すまいるバス」を走らせている。

かつては五ヶ瀬川沿いにあった町役場や日之影町国民健康保険病院、あるいは中学校なども、災害の際の対策拠点になるべく、今は水害のおそれがない高台へと移転している。

こうした施設と、宮崎交通の日之影駅前バス停や、日之影町立病院バス停などを結ぶ「循環線」は平日1日9便、土曜日は5便と運転本数が多い。他に、町内の集落と中心地を結ぶ系統も、運転日を決めて隅々まで走り回っている。


青雲橋を渡る「たかちほ号」(筆者撮影)


道の駅青雲橋に到着するすまいるバス(筆者撮影)

道の駅青雲橋13時10分発のすまいるバスで日之影温泉駅。さらに日之影温泉駅14時発で日之影町立病院まで乗ってみた。

コミュニティバスは1乗車100円とか、場所によっては無料というところもあるが、日之影町は300円。1日乗車券が500円と比較的、割高だ。急勾配、急曲線が続く悪路を走ってもらえるだけでもありがたいが、車両の傷みも早いであろうし、燃料費も高くつきそう。厳しい山間部の生活を支えている経費と考えると納得する。

日之影町立病院が宮崎交通とすまいるバスの小さなターミナルとなっており、待合室も設けられている。14時57分発のバイパス経由高千穂行きには、他の路線の運用との兼ね合いか小型バスが現れて、意表を突かれる。しかし、混雑はない。この便にも観光客は乗っていた。


日之影町立病院に到着した延岡駅行き(筆者撮影)


高千穂行きには小型バスも充当される(筆者撮影)

高千穂行きはここからすべて同じ経路となり、いったんバイパスを進む。自動車専用道の高千穂日之影道路(九州中央自動車道の一部)が完成しているが、バスは旧国道へ左折。高台の高巣野地区を通る。再びバイパスに合流すると、岩戸川をまたぐ雲海橋を通り、高千穂町へ入る。

道沿いには都市部でもおなじみのファミリーレストラン、ドラッグストア、携帯電話ショップなどが次々に現れ、山深い秘境をイメージしていると面食らう。この町は人口1万人以上。延岡市内を除くと旧高千穂鉄道沿線唯一の高校も高千穂町内にある。そして道路整備により、他県ナンバーや大型車も含めて自動車の通行量が多い。

訪日客でにぎわうバスセンター

旧高千穂駅前を通り、町の中心部にある高千穂バスセンターには15時20分に着いた。延岡駅からここまでバイパス経由でも1時間20分かかっている。しかし、高校生向けか朝7時台、8時台に高千穂へ着く便も設定されており、高千穂バスセンターからも朝5時台に延岡駅行きが2本出発。早朝からの流動がうかがえる。


福岡行きの「ごかせ号」(筆者撮影)

高千穂バスセンターには観光案内所や宮崎交通の営業窓口などもあり、小規模ながらも地域の交通の中核となっている。待合室にはインバウンド客の姿も多く、16時37分発の延岡駅発西鉄天神高速バスターミナル行き「ごかせ号」と、16時57分発の熊本駅前行き「たかちほ号」に分かれて乗り込んだ。前者は1日4往復、後者も2往復(うち1往復は期間限定運行)もあり、山間部の基幹交通機関である。


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(土屋 武之 : 鉄道ジャーナリスト)