インターネット百科事典のWikipediaは現代社会において最も読まれている事典であり、学習や勉強に役立つだけでなく、娯楽目的の読み物としても面白い記事が存在します。アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・ダブリンで社会学部准教授を務めるタハ・ヤセリ氏が、「2022年に英語版Wikipediaで最も閲覧された記事ランキング」を作成したところ、なんと1位は「2022 FIFA World Cup(2022年FIFAワールドカップ)」や「2022 Russian invasion of Ukraine(2022年のロシアによるウクライナ侵攻)」といった2022年に話題となった項目を差し置いて「Cleopatra(クレオパトラ)」だったことが明らかとなりました。

Wikipedia_100_most_viewed_articles_2022 - wikipedia_100_most_viewed_articles_2022.pdf

(PDFファイル)https://tahayasseri.files.wordpress.com/2023/01/wikipedia_100_most_viewed_articles_2022.pdf

2022 wasn't the year of Cleopatra - so why was she the most viewed page on Wikipedia?

https://theconversation.com/2022-wasnt-the-year-of-cleopatra-so-why-was-she-the-most-viewed-page-on-wikipedia-197350

計算社会科学者であるヤセリ氏は、1年の終わりに英語版Wikipediaで最も閲覧された記事ランキングを作成し、読者らがその年に注目したトピックについて分析しているとのこと。たとえば2020年は「COVID-19 pandemic(COVID-19のパンデミック)」「US presidential election(アメリカ大統領選挙)」「Kobe Bryant(コービー・ブライアント)」などが注目を集めたほか、2021年には「Squid Game(イカゲーム)」「European Football Championship(UEFA欧州選手権)」などがよく読まれたとのこと。

そして、2022年に最も閲覧された英語版Wikipediaの記事トップ10が以下。3位の「2022 Russian invasion of Ukraine(2022年のロシアによるウクライナ侵攻)」や5位の「2022 FIFA World Cup(2022年FIFAワールドカップ)」、6位の「Elizabeth II(エリザベス2世)」8位の「Elon Musk(イーロン・マスク)」といった2022年に話題となった項目を差し置いて1位に輝いたのは、意外なことに「Cleopatra(クレオパトラ)」でした。



ヤセリ氏は、上位に名を連ねている項目の多くは2022年に話題となったニュースと関連していたり、「Bible(聖書)」や「YouTube」といった影響力の強いものだったり、メディアや大衆文化の影響を受けていたりすると指摘。たとえば2位にランクインしている連続殺人犯の「Jeffrey Dahmer(ジェフリー・ダーマー)」は、実話を基にしたドラマ「Monster: The Jeffrey Dahmer Story(ダーマー)」がNetflixで配信された2022年9月21日以降に閲覧数が急増したとのこと。

しかし、1位にランクインした「クレオパトラ」は2022年に大きな話題となった印象はなく、年間の閲覧数推移を見ても特定のイベントと結びつけることはできないとヤセリ氏は述べています。

以下のグラフは、左が「ジェフリー・ダーマー」の2022年の日間閲覧数推移を表したもので、右が「クレオパトラ」の日間閲覧数推移を表したもの。「ジェフリー・ダーマー」はドラマが配信された2022年9月に爆発的な増加を見せていますが、「クレオパトラ」は年間通じて一定以上の閲覧数があることがわかります。また、「ジェフリー・ダーマー」は一気に300万件を超える閲覧数を獲得した日がありましたが、「クレオパトラ」は多い日でも40万件ほどであり、特定のイベントによって閲覧数が急増したというわけではなさそうです。



ヤセリ氏がこの謎について調べたところ、Googleの音声認識アシスタントであるGoogle アシスタントアプリに原因があることが分かりました。2016年にリリースされたGoogle アシスタントは、記事作成時点では少なくとも10億台のデバイスに組み込まれており、月間ユーザー数は数億人に上ります。そして、アプリをデバイスにインストールして使い始めようとすると、Google アシスタントを使って実行できるプロンプトの例が表示されます。

プロンプト例には「Open YouTube(YouTubeを開く)」「Show Cristiano Ronaldo on Instagram(Instagramでクリスティーナ・ロナウドを表示する)」といったものに加え、「Try saying: Show Cleopatra on Wikipedia(言ってみてください:Wikipediaでクレオパトラを表示する)」というものが含まれているとのこと。つまり、Google アシスタントを使い始めたユーザーが、まずはプロンプトの例に従ってクレオパトラのWikipediaを開くように命令しているため、クレオパトラの記事がコンスタントに閲覧されているというわけです。

以下は、Google アシスタントがリリースされてからの「クレオパトラ」の閲覧数推移を表したグラフ。2020年にGoogle アシスタントが普及して以降、どんどん閲覧数が増えていることがわかります。



今回の事例は、データサイエンティストやウェブ分析家が調査に使うGoogle検索やWikipedia閲覧数のランキングが、デザイナーによる何気ない決定に左右される可能性があることを示しています。また、多くの人々がプロンプトの例に従ってクレオパトラのWikipediaを閲覧したことから、企業が消費者に与える影響の強さもうかがえます。

もちろん、クレオパトラのWikipediaが大量に閲覧されることがGoogleにメリットをもたらすとは考えにくく、Googleに「もっと多くの人をクレオパトラに詳しくしてやろう」という意図があったとも思えません。また、人々がクレオパトラとガイウス・ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)の関係について詳しくなったところで、社会的に害があるわけではありません。

しかし、今回の事例は大企業の小さな変更や設計上の決定がデジタルテクノロジーを通じて大勢のユーザーに届き、世間に大きな影響を及ぼすことを示す好例だとヤセリ氏は指摘。「ハイテク企業やメディアが世間の注目を形作り、影響を与える上で持っている大きな力を見逃してはなりません」と、ヤセリ氏は述べました。