奥野一成のマネー&スポーツ講座(6)〜プロ野球の球団名に見る日本経済の変遷

 前回は野球部顧問の奥野一成先生から、「部活の地域移行についてどう考えるか」という話を聞いた3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と、新入部員の野球小僧・鈴木一郎。その是非はともかく、社会の変化が中学生の生活にも大きな影響を与えることを知ったふたりだった。

 秋になり、ようやく涼しくなって練習にも力が入る野球部だが、プロ野球はシーズンを終えようとしている。練習が終わると、由紀と鈴木は奥野先生をまじえ、雑談に花を咲かせている。

由紀「いよいよ今年も日本シリーズが始まったわね」
鈴木「セ・リーグはヤクルト、パ・リーグはオリックスが優勝」
由紀「でも、日本のプロ野球のチーム名はだいたい企業の名前なんですね」
鈴木「広島は?」
奥野「広島は特定の親会社を持たない市民球団なんだ。ただし正式名称は広島東洋カープ。東洋というのは自動車メーカーのマツダの旧社名『東洋工業』に由来していて、今でもマツダとの関係は深い。あとで少し詳しく説明しよう」

 奥野先生は、授業では家庭科を担当している。家庭科の授業では今年から投資教育が行なわれるようになった。そして投資教育において、「企業」は大事なテーマのひとつとなる。

 現在の12球団は、セントラル・リーグがヤクルト、DeNA、阪神、巨人、広島、中日。パシフィック・リーグがオリックス、ソフトバンク、西武、楽天、ロッテ、日本ハム。

 ちなみに今のような2リーグ制になった直後の1951年は14球団で、
セ・リーグ 読売、大阪(阪神)、名古屋(中日)、松竹、国鉄、大洋、広島東洋
パ・リーグ 西鉄、南海、毎日、東映、大映、阪急、近鉄

 バブル経済のピークだった1990年は、
セ・リーグ 読売、阪神、中日、大洋、広島東洋、ヤクルト
パ・リーグ 西武、ダイエー、日本ハム、ロッテ、オリックス、近鉄

由紀「昔とは球団を経営する企業も結構入れ替わったようだけど、これって何を意味するのでしょうか?」

企業がプロ野球球団を保有する理由

奥野「たまたまプロ野球チーム名の変遷を調べたのだけど、1951年に2リーグ制になって以来、まったく変わらないのは、セ・リーグだと読売、中日、阪神、広島東洋の4つ。パ・リーグは、全部変わっているんだね。

 日本のプロ野球のチーム名には、ほぼ必ず、企業名が冠せられている。『どこに企業名が?』と思うのは、おそらく広島東洋カープだと思うけど、この「東洋」は東洋工業、現在の自動車メーカーのマツダのこと。

 だから広島東洋カープにとってのマツダは、読売ジャイアンツや阪神タイガースのように球団の親会社的存在のように見えるのだけれども、実は違う。もちろんマツダは筆頭株主ではあるのだけれども、マツダの創業家である松田家全体が持っている比率のほうが高いんだ。マツダも広島東洋カープについては「持分法を適用していない非連結子会社」に位置づけていて、球団経営への積極的な関与はしていないことになっている。市民球団と言われる所以だね。

 そして、それ以外の球団に関しては、親会社が存在するのだけれども、球団経営は、当然のことながらお金がかかる。だから、球団を持っている企業は、それを持つ明確な理由が必要になるんだ。

 ちなみに、2リーグ制になったばかりの頃の球団名を見ると、鉄道会社が多いと思わないかい?

 セ・パ両リーグを見ると、阪神(阪神電鉄)、国鉄(現在のJR)、西鉄(西鉄グループ)、南海(南海電鉄)、阪急(阪急電鉄)、近鉄(近畿日本鉄道)、東急(東急電鉄)というように、14球団中7球団が鉄道会社を親会社に運営されていたんだ。

 さて、どうしてだろう?」

鈴木「知名度を上げるため」
由紀「うーん、利用客が増えるから?」

奥野「そうだね。ふたりとも一応、正解ということにしておこうかな。

 プロ野球は、言うまでもなく娯楽のひとつだよね。大勢の人たちが観戦する娯楽に企業名を冠しておけば、当然のことながら広告効果を得ることができる。知名度も上がる」

もっと親会社が変化してもいい

奥野「でも、一番の理由は、由紀さんが言うように利用客を増やすためなんだ。それぞれの鉄道沿線に野球場があれば、その鉄道を利用して人が移動し、観戦しに来てくれる。こうして利用客が増えれば、鉄道会社の売上も増える。

 もっと言えば、鉄道会社のビジネスは電車を動かして人や荷物を運ぶだけでなく、その沿線に百貨店、住宅、娯楽施設などを企画して街づくりを進め、それらとの相乗効果で、さらに鉄道利用者を増やす狙いがあったんだ。こうして人を集めるための広告効果として、プロ野球がひと役買ったとも考えられるよね。

 でも、時代は変わっていく。いつまでも鉄道会社が親会社として球団運営をする時代ではなくなり、国鉄はヤクルトに、西鉄は太平洋クラブ→クラウンライターという変遷を経て、同じ鉄道会社の西武鉄道に、南海はダイエーを経てソフトバンクに、阪急と近鉄はオリックスに再編され、楽天が新球団を設立したんだ。

 でも、僕の本音を言うと、『もっと大きく変わっていてもいいんじゃないの?』と思うんだ。

 たとえばアメリカの場合、今から30年前にはAmazonもGoogleも存在していなかったのに、両社ともそれぞれの分野で世界の覇権を握っているでしょ。アメリカ経済の強さは、まさにこうした企業のダイナミズムに支えられていると思うんだよ。

 日本の企業が今よりも、もっともっとダイナミズムに溢れていたら、たとえば読売や阪神、中日、ロッテ、日ハムのように、日本のバブル経済がピークだった時から、まったく変わっていないチームのオーナー企業が、根こそぎガラッと変わっていた、なんてことも十分に考えられるよね」

鈴木「確かに読売とか中日は新聞社でしょ。うちもそうだけど、新聞なんて取っていないし。これから先、経営が厳しくなった企業は、球団を手放すなんてことがあるかも」
由紀「ネット系で有名な会社ばかりになるかもしれないわねー。GMOジャイアンツとか、サイバーエージェント・ドラゴンズとかね」

起業家が育たない国、日本

奥野「鈴木君の言うことは、結構、的を射ているかもしれないね。確かに電車に乗っていても、昔は皆、新聞を広げて読んでいたのが、今はスマホだからね。レガシーメディアと言われているなかでも、新聞は特に厳しいかもしれない。球団を運営している余裕も、どんどん削られていくかもしれないね。

 ここから少し経済の話をしたいんだけど、この国は30年前の企業の時価総額が世界で一番大きかったりするんだ。だけど、企業の新陳代謝が起こらなくて、アントレプレナー(起業家)がなかなか育たない国でもある。

 では、なぜ日本ではアントレプレナーが育たないのだろう。

 もちろん、日本でもそこそこの成功を収めた起業家は存在するのだけれども、しょせんは井の中の蛙で、その成功は日本国内でしか通用しない。Amazonやgoogleのように世界を席巻してしまうレベルの会社が、全くといっていいくらい出てこない。

 アントレプレナーが育たない理由については、お金を出す人がいないからだと思っている人が意外と多くて、『ベンチャーキャピタルがリスクを取らないからダメなんだ』とか、『機関投資家がしっかりしないといけない』といった批判の声もあるようなんだけど、金融業界で働いている知人に言わせると、『そうじゃない。お金は儲かるところに自然と流れていくものなので、無理やりお金のパイプを太くしても、アントレプレナーは育たない』ということなんだ。

 つまり、お金以外のところでアントレプレナーが育つ環境を整える必要があるんだ。そのためには、旧態依然とした企業がずっと居座われるような、新陳代謝が起こりにくい企業環境を変えなければならない。そんなことを、プロ野球チームの変遷を見て実感したね」

【profile】
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。