山本由伸が投げる時は若月健矢が、宮城大弥と山粼福也が先発する時は伏見寅威がマスクをかぶる。そして田嶋大樹のときは半々──つまり、バファローズのキャッチャーにレギュラーはいない。若月と伏見の2人を併用しているからだ。伏見はこう言った。

「キャッチャーのローテーションというわけではないですけど、ピッチャーとの兼ね合いと相手チームとの相性で誰になるのか、予想を立てて過ごしているという感じです。宮城と福也の時は確実にいくと思っていますが、田嶋に関しては若月と併用なので、読めない部分もあります。


若月健矢とともにオリックス投手陣を支える伏見寅威

 今年は山岡(泰輔)の時もけっこう(マスクを)かぶりましたね。相手チームとの兼ね合いもデータとして出ていて、このチームに対して僕はどのぐらいの防御率で抑えているのか、若月はどうか、このピッチャーの時にはいつもなら僕がいっているけど、相手がこのチームだからいかないとか......そんな感じなんだと思います」

 たしかに、山本が投げた試合はすべてキャッチャーが若月かというと、そうではない。今シーズン、伏見も山本と6試合、組んでいるし、宮城は3試合、山粼福も2試合、若月と組んでいる。田嶋は伏見が9試合、若月が8試合とほぼ半々で、頓宮裕真が起用されることもある。

「先発しない試合であっても途中から出る可能性があるので、まずは相手バッターの雰囲気やどんな対応をしているのかをベンチから見ています。同時にウチの先発したバッテリーがどういう攻め方をしているのかを見ておいて、終盤、試合に出た時、2打席目、3打席目にああいう攻め方をしていたから、自分が出た時にはこういう考え方でいいかな、というあたりは意識していますね。もちろん僕がたくさん試合に出たいという気持ちはありますが、併用することでチームがいい方向へいっていますから、こういうのもアリなのかなとも考えています」

今シーズンのベストゲーム

 以前、若月が「伏見さんは左ピッチャーをリードするのがうまい」と言って、こう話していたことがある。

「(山粼)福也さんと組んだ時の伏見さんは緩急の使い方が抜群で、いろんな球種を万遍なく使いながら相手バッターに的を絞らせない。うまいなぁと思います。そういうところ、僕ももっと勉強しなきゃ、ですね。僕は四隅を突くようなタイプでないピッチャーに対しては、わりと自信があるというか......球種が多いピッチャーよりも力で押すピッチャーのほうが得意なのかもしれません。とにかくストライクが入る球種をどんどんストライクゾーンの中へ突っ込ませるイメージでリードするんです。実際、伏見さんに『どうやってリードしてんの』って聞かれると、それだけでもう、うれしくなっちゃいます」

 その言葉を伏見に伝えると、彼はこう言った。

「いやいや、僕より若月のほうが試合に多く出ているので(実際は、今シーズンの先発マスクは若月が52試合、伏見が66試合)、僕が優れているなんて思ったことはないんですが、若月はピッチャーを生かすのがうまいんです。ふだんだったら僕が使わない球でも『とりあえず一回、使ってみました』と言って使えちゃう。ピッチャーができることを優先して、ピッチャーのよさを引き出しているのが若月だと思っています。

 僕も同じことを意識しているつもりでも、やっぱり人それぞれ考え方が違って、どうしてもサインの出し方も変わってくる。緩急の使い方が武器だと言ってもらうことは多いけど、でも、たまたま僕が組んでいるピッチャーが緩急を得意としているということもあるんですよね。僕が若月に聞いた時には、『緩い球を使うタイミングがわからないし、怖い』とも言っていて、ああ、そういう感情を持っているのかと驚きました。僕にはそういう感情がないから、もしかしたらそこは僕の長所なのかもしれません」

 伏見にとって、今シーズン、忘れられない試合がある。9月2日、ZOZOマリンでの一戦。マリーンズの先発は佐々木朗希だった。

「あれは僕のなかでの今年のベストゲームだと、勝手に思っています。あの試合はめちゃくちゃ大事な試合でした。福也が先発だったんですけど、マッチアップ的に言えば佐々木朗希くんのほうに分があると思うじゃないですか。でもその試合、1−0で勝ったんです。先制点を与えないことを意識していたら、5回、僕の内野ゴロで1点が入った。福也は5回まで投げて、そこから山?颯一郎、阿部翔太とつないで、下馬評を覆しました。福也も頑張ってくれましたし、僕もいいリードができたんじゃないかなと思えた試合でしたね。

 あの時期、福也はネガティブになっていて、いろんなことがうまくいっていなかったんです。登板間隔も、開いたり狭くなったり、使われ方が福也にとっては難しくて登板に合わせるのが難しい時期だった。だから、まずは福也に気合いを入れました。『そんな弱気になるんじゃねえ』って......それで福也の目つきを変えさせてからマウンドへ送り出したら、うまくいきました(笑)。相性が悪いバッターには徹底的に合わないボールだけで押したり、そういう工夫がうまくハマったんです」

指揮官からの無言のアドバイス

 札幌白石シニアでプレーしていた中学3年の時、伏見は初めてキャッチャーをやるように言われた。チームにキャッチャーがいなかったというのがその理由だったが、このポジションが伏見には合っていたのだという。

「やってみたら楽しくて、キャッチャーが気に入ったんです。もっとキャッチャーとしてうまくなりたい、もっといいキャッチャーになりたいと思ってずっと野球をやってきました。最初の頃はバッターの裏をかいたりするのが気持ちよかったんですけど、今はもう大変なことしか......(苦笑)。試合に勝って、マウンドに集まってピッチャーとハイタッチする時の達成感を味わう、その瞬間のためだけに頑張っているという感じですね。

(中嶋聡)監督はキャッチャー出身ですけど、本当にしゃべらないんです。ああしろ、こうしろと言われたことは一度もありません。でも監督を見ていると、考えることは絶対にやめるなというスタイルを求められているのかなと思います。監督から直接、ドンと言われたことはないんですけど、担当コーチの方を通じて、毎試合、いろいろ言われることがあって、おそらく監督は、打たれた時、この球を投げて打たれたら仕方ないとか、そういう"仕方ない"という言葉を使ってほしくないんじゃないかなと、僕は感じています」

 クライマックス・シリーズのホークス戦、バファローズにとってのキーマンは柳田悠岐だった。柳田にいかに仕事をさせないかというところに集中して、スコアラーと若月とミーティングを重ねた。

 実際、柳田にタイムリーは打たれたものの、ホームランを打たせなかったことがバファローズ勝利のポイントになっていたのだという。そして迎えたスワローズとの日本シリーズ、当然、村上宗隆がキーマンとなる。

「村上ですか? 抑えるイメージは......全打席、デッドボールかな(笑)。もちろんそれは冗談として、彼は三冠王ですからね。あれだけの打率を残しながらあんなにホームランも打てるということは、ちょっとやそっとじゃ崩されないということです。だから、気持ちよく振らせないようにしなきゃと思っています。内外、高低、緩急、すべてを駆使して向き合うしかない。

 昨年の日本シリーズでは同じキャッチャーの(中村)悠平がMVPを獲りましたが、ああいう場で、あれだけのパフォーマンスを出せるなんて、すごいなって、悔しさよりも差を感じさせられたんです。同い年ですから絶対に負けたくないという気持ちはあるんですけど、ウチはキャッチャーは併用なのに悠平は全試合に出て、打順も6番とかを任されていて......キャッチャーとしてだけでも大変なのに、チームをいろんな面で支えている。だからこそ、今年は悠平には負けられない、絶対にこっちが勝つんだという気持ちでやらなきゃと思っています」