パウエルFRB議長は本当にインフレを制御できるのか。筆者は懐疑的だ(写真:ブルームバーグ)

まずは7月下旬からのアメリカの金融当局の動きを振り返ってみよう。同月の26〜27日に開かれた連邦公開市場委員会(FOMC)では、大方の予想通り0.75%の利上げが行われた。政策金利であるフェデラルファンド・レート(FF金利)の誘導目標は、年2.25〜2.50%に設定された。

「楽観的なパウエル議長の見通し」は、正しいのか?

一方で、量的引き締め策となる連邦準備制度理事会(FRB)のバランスシートの縮小も、当初の予定通り実施される。すなわち、9月からは保有債券について、通常国債を月600億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)を同350億ドル圧縮。縮小の規模をそれまでよりも2倍に拡大する。

内容はタカ派的だったが、株式市場の反応はこれとは裏腹に、このとき(27日)のアメリカ株は大きく上昇した。ジェローム・パウエルFRB議長の記者会見が始まった後に買いが加速したのを見ても、市場が議長の発言内容を好感したことは間違いなかった。大幅な金融引き締め策を打ち出してもなお、市場はFOMCの内容を「ハト派的」だと受け止めた。いったい、議長会見のどのあたりが買いを加速させるきっかけとなったのか。

筆者が7月FOMC後のパウエル議長の会見を聞いて印象に残ったのは、やはりリセッション(景気後退)に対する楽観的な認識だ。記者からは何度となく、将来的にリセッションに陥る可能性やリスクについて質問が行われた。だが、議長はリセッションのリスクを強調するような発言をすることはなかった。

足元の雇用市場の好調さを理由に、「アメリカ経済が景気後退に向かっているとは考えてはいない」という見通しを頑なに維持していたその姿は、昨年春までインフレについて、「一時的な要因によるもの」との認識を何度も繰り返していた姿と重なって見えた。また、そうした議長の発言を好感して株式市場に買いが集まるというパターンも、当時をそのまま再現しているかのようでもあった。

結局、昨年はインフレに対する認識が誤りで、必要以上に積極的な金融緩和策を維持したことが現在の高インフレをもたらしたことは、もはや疑いのない事実だ。だが「景気後退の前触れ」とされる2年債と10年債の利回りの逆転が7月5日以降続いているという事実を無視して、景気後退の懸念をひたすら押さえ込もうとするその姿勢を見ていると「パウエル議長は再び判断ミスをしてしまうのでは?」との不安を抱かせるのに十分なものだった。

現在のインフレは、新型コロナウイルスの感染爆発に端を発した物流などの混乱、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻、さらにそれを受けたロシアに対する欧米の制裁措置による穀物やエネルギー不足など、主に供給面の問題によってもたらされていることは間違いない。それだけに今回のインフレ退治は、金融政策で需要をコントロールすることしかできないFRBにとって、かなりやっかいなものであることは間違いない。

6月の会合で0.75%の「サプライズ利上げ」を行った際には、積極的な金融引き締めを行って需要を減少させ、インフレを押さえ込む当局の強い意志が見てとれた。筆者も「パウエル議長もようやく本腰を入れ始めたか」と思ったのだが、どうやらそうでもなかったようだ。

インフレを押さえ込むためには、事実上、景気を悪くしてでも需要を落とすことしか打つ手がなく、議長はもっと市場に対して覚悟を迫るべきだ。もちろん、インフレを押さえ込むことができなければ将来的に経済がもっと深刻な状況に陥るのだから、景気後退に陥るリスクに関しても、オブラートに包むべきではない。下手に景気後退に関して楽観的な見通しを示し、株価を押し上げるような行為は、明らかに逆効果となる。

もし、こうした議長の楽観的な見通しを受けて企業や消費者の景況感が持ち直すことがあれば、せっかく沈静化する兆候が見え始めてきた市場のインフレ期待が再び高まりかねない。それは何よりもFRBが警戒しているシナリオのはずだ。

CPIの内容次第では、緊急利上げの可能性も浮上

一方で、パウエル議長は次回9月20〜21日のFOMCでの利上げ幅について、大幅利上げを継続する可能性は高く、今後のデータ次第では再び0.75%の利上げに踏み切る可能性も残っているとの見解も示している。だが、果たしてそれで十分なのであろうか。

8月5日に発表された7月の雇用統計では、非農業雇用数が6月から52万8000人増と、事前予想を大幅に上回るサプライズとなった。パウエル議長が雇用市場の強さを何度となく口にしていたのも、納得できる内容だ。時間当たり賃金も前年比で5.2%と、今年に入ってから5%を上回る高い伸びを維持し、市場予想も大きく上回った。

いよいよ、10日の日本時間21時半には7月の消費者物価指数(CPI)が発表される。もし、前年比で9.1%となった6月の伸びを上回るようなことになれば、市場で1%の利上げ観測が改めて浮上してきそうだ。

また関係者の間では、9月のFOMCを待つことなく、8月に緊急会合を開いて利上げに踏み切る可能性を指摘する声も出ている。8月25〜27日には、ワイオミング州の避暑地であるジャクソンホールでカンザスシティー連銀主催のシンポジウムが開かれる。FRBの高官が一堂に会するこの席で緊急会合を行い、利上げを決定するというサプライズだ。

結局はすべてが今後のインフレ動向次第ということだろう。7月のCPIの結果次第では、尻に火がついたパウエル議長が極端な引き締め行動に打って出ることも十分にありうるので、やはり注意が必要だ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(松本 英毅 : NY在住コモディティトレーダー)