小学校の「あだ名禁止」「さん付け奨励」で教育の現場はどうなった?

近年、小学校で「あだ名」を禁止したり、「さん付け」で呼ぶことを奨励する小学校が増えているという。こうした風潮は本当にいじめのリスクを軽減できるのか? 大人たちはどう考えるべきなのか? そのメリット・デメリットについて東京学芸大学附属世田谷小学校の教諭・沼田晶弘氏に訊いた。

「あだ名」禁止と「さん付け」奨励は別のトピックス

――最近、「あだ名禁止」や「さん付け奨励」を行う小学校が増えてきるようですが、教育の現場では以前からそのような動きはあったのでしょうか?

あだ名がいじめの原因となる可能性がある……というのがひとつあって、「じゃあ、あだ名をやめましょう。その代わり全員『さん付け』にしましょう」となり、今のこの流れになっています。

しかし、「あだ名禁止」と「さん付け奨励」は少し分けて考えた方がいいと僕は考えています。というのも「さん付け推奨」についてはもっと以前から議論されていました。昔から男子は「君(くん)」、女子は「さん」で分けて呼ばれていましたが、「男女で分けるのはおかしいのではないか。『さん』で統一しよう」という意見は何十年も前からあったんです。

「あだ名禁止」と「さん付け奨励」は別の話

そこに近年、「あだ名を禁止にしてはどうか」という考え方が台頭してきたので、あだ名でなかったらなんと呼ぶかを考えた時、「『さん付け』にしよう」と。なので「さん付け」は、「あだ名禁止」が出てきたのにつれて、代替措置として注目を浴びてはいますが、元々の狙いは「あだ名禁止」とはまったく別のところで議論されていたものです。

――「あだ名」にはどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか?

あだ名は人との距離を縮めたり、ある子をすごく光らせたりすることができます。いじめられっ子がヒーローになったり、あだ名を手がかりに自分に自信が持てた子のケースを、実際に間近で見てきました。

ただ、あだ名をつけられても本人が嫌じゃなかったらいいんだけど、本人が嫌がっているのに呼び続けるのがいっぱいあるから、それがいけないという話で。

その上で、「あだ名を禁止したからいじめがなくなる」という考え方は短絡的だと感じています。

運動会で「手をつないで横一列にゴール」は都市伝説

――教育の現場では、皆さんあだ名についてどのように考えていらっしゃるのでしょうか?

「あだ名禁止」の学校はまずあだ名を使ってはいけないですが、「あだ名禁止」としていない学校でも、あだ名にまったく無警戒ということはほぼないと思います。うちの学校がまさしくそうで、禁止令こそ出ていないけれど、先生はみんな「気をつけなければいけない」と考えています。

メディアでは、「あだ名禁止」をしている学校などの極端なケースが取り上げられる場合が多く、世間にそのインパクトを与えがちです。しかし、一時期話題になりましたが、たとえば「徒競走で手をつないで横一列にゴール」という話、僕ら先生からすると見たことも聞いたことないほとんど都市伝説なんですけど、めちゃくちゃ有名になっていますよね(笑)。

それと似ていて、「あだ名禁止」もインパクト先行で世の中に広まっちゃったのかな、という気はしています。

――先生方が「あだ名の使い方」や「さん付け奨励」への理解を深めるために勉強する機会はあるのでしょうか?

そういったことに関する研修があり、勤務の一環として受ける機会が何度もあります。しかし、それが効果を上げているかというと、残念ながらそうはいい難いです。話す方も聞く方も、その研修はあくまで“業務の一環”なので、正直なところ、トピックとして語られている問題を“自分ごと”として感じにくい……という構造的な問題があります。

「下の名前で呼ばないで」と叱られたことも…

――沼田先生のクラスでは、「あだ名」はどのように扱われているのでしょうか?

うちはあだ名を使っています。最初は「○○くん」「○○さん」と呼びますが、機を見て「お互い仲良くなってきたことだし、みんな先生のこと『ぬまっち』って呼んでいいから、みんなのことファーストネームで呼んでいい?」って交換条件を出すんですよ。このステップは非常に大事だと考えていて。

ぬまっち学級では段階を踏んで対話しながら距離を縮める

というのも、以前ハンナ(仮名)という、当時2年生の、外国の名前の女子児童がいたのですが、担任になって2日目か3日目に「ハンナ」と呼んだら、「下の名前で呼ばないで」とすごく叱られたんですね。そこで「呼び方はいい加減に考えてはいけない問題だ」と危機感を新たにしました。

それで、ファミリーネームの方でずっと呼んでいて、4月中のある日もう一度「ハンナって呼んでいい?」と聞いたら、「いいよ」と返事があって。その機会にクラスのみんなに、「『ぬまっち』って呼んでいいから、ファーストネームで呼んでいい?」と聞いたところ、1人「嫌だ」と言った子を除いて、みんなから「いいよ」と。

その「嫌だ」と言った子のことだけはちゃんと苗字で呼んでいたのですが、5月の終わり頃、提出された日記に「ファーストネームで呼んでください」と書いてありました(笑)。

意地を張って言い出せなかったのでしょうね。「1か月つらい思いをさせてしまったな」と反省しました。それ以来ファーストネームで呼ばれるのが「嫌だ」と答えた子に対しては、「じゃあOKになったらすぐ言ってね」、「1人だけずっとボクも苗字で呼んじゃうことになるよ」って伝えると相手は「じゃあ、やっぱりファーストネームで呼んでください」と答えるようになりました。常に子どもには逃げ道を用意してあげるように努めています。

デメリットがあるからやめるのではなく…

――「あだ名禁止」と大人がルールを決めることで、子どもが、あだ名を通して相手の気持ちを慮る機会を失ってしまうという懸念があります。

たしかに、あだ名がなくなれば、あだ名の分だけ相手の気持ちを考えるという機会は減ります。だからといって、子どもたちが生活していて、あだ名の占める割合が元々そんなに多かったかといったら、多くもないです。

「相手のことを慮る機会」は、あだ名に頼らなくても他にいくらでもあるので、今指摘があった、世間で言われているような懸念は、ボクは感じていません。

――最後に、大人が「あだ名」とどう向き合っていくべきと考えているか教えてください。

保護者と担任が連携できれば望ましいです。学校では呼ばれてニコニコしているあだ名でも、本当は嫌で、家ではダメージが出ている場合もあるわけですよね。そうした時は担任の先生に知らせてくれれば、「そうなの、じゃあやめようか」という話にできます。家と学校の双方向からケアができるわけです。

あだ名は使いようによっては非常に有益ですが、危険な部分もあるということは、やっぱり理解しないといけないと思います。その上で、「駄目だからやめる」ではなく、「こういうリスクがあるんだ」ということを先生たちが学んで、そのリスクマネジメントをしっかりとやっていくべきだと考えています。

取材・文/武藤弘樹