※この記事は2013年08月24日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第286回

　福島第一原発の事故により、牛乳を出荷できなくなったことを苦にして、堆肥舎に「原発さえなければ」と書き残して自殺した酪農家(*1)の遺族が、東京電力に慰謝料の支払いを求めた訴訟の第一回口頭弁論が行われた。
　東電は自殺の原因は男性側にあるとして、争う姿勢を見せたという。(*2)

　このニュースを「東電許すまじ」の文脈で扱っている人をネット上で見て、僕は寂しくなった。どうして彼らは酪農家の死を、そう簡単に「旗」として利用することができるのだろうか？

　厳しいことを言うようだが、僕は死者の都合というのは二の次に考えるべきだと思う。誰が何を主張しようと、その人間が死者である時点で、生者の意見よりも下にあると考えるべきだ。生きている人間のために社会があるのであり、死んだ人間の想いのために、社会が改変されるべきではないはずだ。

　そうした意味では、この訴訟が遺族の今後の生活のために行われる限りは支持もできる。
　しかし、このニュースを扱う一部の人がするように、死んだ酪農家の「原発さえなければ」の言葉を「旗」にして何かが主張されるべきでなないと、僕は思う。

　誰かの死によって生み出された「旗」は強く、多くの同情を集めることができる。しかしそれと引き換えにした人の死を、僕たちは肯定するべきなのだろうか？

　死がその人のみに及ぼされるのなら仕方ないのかもしれない。個人が最終的に死を選ぶ権利はある。しかし死による「旗」を強いものとして扱えば扱うほど、からなず新たに死を望む人を生み出す。また、社会の側にも誰かに旗を生み出してもらうことを望む心情が生まれてしまう。

　チベット問題で高僧が中国に対して抗議の焼身自殺を行ったが、そうした行為は結局は為政者には何らダメージにならず、また新たな自殺志願者を生み出すだけなのではないだろうか。

　また、靖国の英霊と呼ばれる兵士たちが、今の時代にどのように扱われているかを考えれば、誰かの死を「旗」として扱うことのグロテスクさは容易に理解できるのではないか。

　死ぬことが力になるなどと、僕は誰にも思ってほしくない。
　必死になって生き延びることよりも、尊い死があるなどと、僕は誰にも思ってほしくない。

　人間は生き延びてこそ人間なのであり、何かと戦うならば、行きて戦うべきなのだ。
　それは死者を蔑ろにすることではない。生を尊び、生者を優先的に考えること、死者の意志を未来に伝えることに他ならないはずだ。

*1：新築の壁に残した無念　福島・酪農家の男性自殺（朝日新聞）
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201106190452.html
*2：福島の酪農家自殺訴訟　東電、争う姿勢「原因は男性に」（朝日新聞）
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130821-00000038-asahi-soci