※この記事は2013年05月20日にBLOGOSで公開されたものです

菅付雅信氏（編集部撮影） 写真一覧
「武器としての教養」をキャッチフレーズに”ジセダイ”の若者に向けて、様々な分野の知識を提供する星海社新書。この星海社新書の著者へのインタビューシリーズ第4回は、『中身化する社会』の著者で編集者の菅付雅信さんに話を聞きました。【取材・執筆：永田　正行（BLOGOS編集部）】



「見栄を張る」「上辺を飾る」ことが通用しなくなってきている


━まず、著書のタイトルにある「中身化」とは、どういうことなのか教えてください。

菅付雅信氏（以下、菅付）：「中身化」というのは、僕が作った造語です。現在、ソーシャルメディアによって、社会の様々な部分で可視化が進んでいる。そうした可視化が進んだ先の状態。もう中身が見えていることが当たり前になっている状態のことを、うまく表現できないかなぁ、と考えている中で生まれた言葉なんです。

「可視化」という言葉は、様々な場面で使われていますが、可視化だけでは済まない、そのさらに先にある状態を表現したいと思っていました。「本質的」という言葉もあるのですが、「本質化」と言ってしまうと美しすぎる。ソーシャルメディアによって「無防備に見えてしまう」という状態も含めて表現したかったんですよ。そこで「中身化」という言葉を使いました。見せたくて見せている状態というよりも、自然と流出せざるを得ないような状況ですね。

━著書の中では、そうした時代における具体的な行動として、人々の消費活動がより本質を求める方向に向かうといったケースをあげていますよね。「中身化した社会」では人々の行動はどのように変化するとお考えですか？

菅付:第１章で「ソーシャルメディアが見栄を殺す」と書いたのですが、ソーシャルメディアを通じて、その人自身、あるいはその人が所属する集団に対する情報を得るというケースが増えてきていると思うんです。例えば、ＡさんとＢさんが初めて会って、そこで非常に大事な商談をする、取材をするという場合に、事前にお互いが何をするかというと、お互いの名前を検索しあうと思うんですよね。こういう状況は実際に生まれているでしょう。

つまり、人の第一印象というものが、パッと見の外見ではなくて、ソーシャルメディア上の評判によって決まるということが既に起きている。これが「中身化」の一つの大きな特徴だと思います。つまり、外見的なイメージはそれほど重要ではない状態になってきている部分があると思うんです。

━こうした「中身化」という潮流は、何故生まれてきたのでしょうか？

菅付:パソコンやスマートフォンを使うことが当たり前になって、情報量が増加したことが原因だと思います。商品を購入する場合でも、実際に購入する前に、その商品について様々な情報を知っているという状態が当たり前になっています。そういう状況においては、単純なイメージ操作が通用しません。

もちろん、それでも騙される人は騙されるんでしょうが、多くの人が騙されなくなってきてると思いますし、基本的なコミュニケーションの「解像度」が上がってきていると思うんです。つまり、「見栄を張る」「上辺を飾る」ことが通用しなくなってきている。これだけ情報量が増え、かつそれを検索する技術を多くの人が身につけているのですから。

これは著書の中でも触れたのですが、テクノロジーが人間の習慣を変えてしまうことは、頻繁あります。例えば今、恋人同士が直筆のラブレターを交換することは滅多にないのではないでしょうか。そういうカップルがいたとしても、極めて少ないと思うんですよ。また、街を歩く際に地図帳を持ち歩く人もかなり少ない。スマートフォンがあれば、まず地図の類を持ち歩く必要はあまりないですからね。

こうした事例と同じように、ソーシャルメディアの登場によって、コミュニケーションの解像度が上がることで、見栄を張る必要性がお互いになくなってきていると僕は思っているんです。

━Twitter上では、よく”炎上騒ぎ”が起こったり、中身化することによるデメリットもありますよね？

菅付:どのテクノロジーにもいい部分、悪い部分があります。ですから、テクノロジーは人間にとって大きな進歩をもたらすと同時に、大きな弊害ももたらすわけです。車の登場によって便利になったけれど、大気汚染や渋滞・交通事故といった様々な問題が新たに生まれたのと一緒です。

それと同じように、ソーシャルメディアの普及についても、よい部分がある一方で、守りたいと思っている人のプライバシーまで見えてしまうといったケースや、拡散しなくていい情報が拡散してしまうといった状況が生まれているのも事実でしょう。

しかし、ソーシャルメディアがない生活に戻れるのか、というと戻れる人もいるでしょうが、現在使っている人がまったくない状態にまで戻るのは、なかなか難しいだろうと僕は思います。であれば、どうやってうまく付き合っていくのか、ということが重要になってくるのではないでしょうか。

━この本の中では、そうした状況の中で、どのように生きていけばいいのか、という部分にも触れていますよね。

菅付:現在、お互いに結構見えるし、見られているという社会が到来しつつあります。そうした状況では、情報を上手く扱って、如何に自分を”匿名的な存在”にしないようにしていくか、ということが問われていると思います。

もちろん、「自分は匿名でいい」と思う人もいるでしょうけれど、僕はそういう方は、そんなに多くないと考えています。なるべく自分という主体を確立して、固有名を持った存在として、世の中に関わっていきたいと思う人が多数なのではないでしょうか。そこで必要なのは、自分の名前を出し、自分の意見を出し、そして自分の生き方を見せる、もしくは見えてしまうことに対する覚悟だと思います。そういう覚悟が、今後は問われてくるんじゃないか、と僕は思っています。

━菅付さんは元々編集者ですが、編集者というのは本来裏方なのではないか、と思っています。ただ、現在のWebの編集者やライターというのは、自身の書いた記事、アウトプットの効果を最大化するために自分自身も表に出て行かなくてはならない部分も出てきている。菅付さん、ご自身が「裏方のままではいられないな」と考え始めたきっかけは何かあったのでしょうか？

菅付:それは、やはりソーシャルメディアを使い出したことです。編集者というのは、基本は裏方だと思いますし、今でもそう思っています。しかし、Twitterやfacebookを実名でやっていて、そこで何かしら意見を言うと、それに対して賛同しない意見も当然出てきます。それが例え少数であったとしても、自分の意見に対して反論が出てきたときに、自分が矢面に立たされているんだ、ということを改めて感じたんです。

反論している側が実名を出している場合もあるし、匿名で誰か分からない場合もあるけれども、自分に対してネガティブな意見が飛んでいる状況があったときに、自分も単なる匿名の存在、裏方という状況を隠れ蓑にしてはいけないと思ったんです。

相手からしてみれば、自分が意見をぶつけている相手が、著名なフリーのライターだろうが、裏方的な編集者であろうがどうでもいいことです。そういう意味では、ソーシャルメディアは非常にフラットな世界だとも思います。

━自分の立場とか関係なくアウトプットに対して、フラットな意見が戻ってくるというのは、ソーシャルメディアの特性かもしれませんね。それは日々、ソーシャルメディアに触れる中で感じられたことなのでしょうか？あるいは、何かきっかけとなる出来事があったのでしょうか？

菅付:やはり一つの大きなきっかけとなったのは「3.11」ではないでしょうか。震災が起きた当時、Twitterというのは非常に有用なメディアだったと思います。誰が本当の事を伝えているのかよく分からないような状態の中で、Twitterは一つの有用なツールだったと思うんですよ。

あの当時、僕自身多くの情報をTwitter上で見ましたし、自分にとって有益だなと思う情報はリツイートしたり、多少意見も交えてtweetしたら、100回以上RTされる、といった経験をしました。その時に感じたのは、「自分が”匿名の誰か”であっては信用されないな」ということだったんです。それは多分、僕だけではなくて色んな人があの時期に思ったことだったのではないでしょうか。

また、3.11の前後に朝日出版社で「アイディアインク」というシリーズを始めるにあたって津田大介さんと半年間頻繁に会っていたのですが、津田さんもソーシャルメディアでは固有名を出すことが凄く大事だと。固有名を出す事ほどの信用はない、ということを仰っていて、それは僕もその通りだと思ったんです。それは有名人であるかどうか、といった問題ではなくて、「覚悟を見せる」という意味で重要だということです。

━自分が発信する情報に対して、一つの覚悟をもってやっていくという考え方がある一方で、「セルフブランディング(笑)」と呼ばれるようなソーシャルメディア上の評判だけをコントロールする方法もありますが。

菅付:それは短期的には通用するかもしれませんが、長期的にはボロが出ると思います。今出ているセルフブランディング的な本というのは、小手先な技術論で、結局自分のイメージを短期的によくしましょう、というようなものでしかない。就職活動における「面接の達人」みたいなものと同じで、単なる技術論だと思うんですよね。

ソーシャルメディアというのは、ある程度生き方が出てきてしまう部分がある。本の中でも引用していますが、村上春樹が「どんな風に書くかは、どんな風に生きるかだ」ということを言っています。それと同じでソーシャルメディアを、どんな風に使うか、というのは、どんな風に生きるかだと思うんですよ。生き様というか普段の生活、考え方がにじみ出てくる、露呈していくものなので、小手先の技術論は通用しないと思います。

━ニュースをツイートするにしても自分が普段どんなメディアに触れているかということが、どんどん明らかになってくるわけですから、怖い部分もありますよね？

菅付:そういう意味では、やはり中身に自信がない人にとっては、正直しんどい時代だと思います。逆に言うと早いうちから中身、すなわち自分のコンテンツを充実させなきゃいけない、と考えて修練してる人にとっては、凄く良い時代が来ていると思います。

とにかく、自分が意見を出す場合には、言っている意見が評価の対象になっている、ということを当然の前提として受け止めておいた方がいいと思うんですよね。ましてや、ネガティブコメントする場合はそれが自分に返ってくる可能性があるということを意識した方がいい。ポジティブなコメントとネガティブなコメントは全然違いますからね。

「中身化」した社会のメディアに求められるものは「ファーストハンド」であること


━今までは、個人の部分のお話しを聞いてきたのですが、中身化が進んだ社会におけるメディアには、どのような役割が求められているとお考えですか。

菅付:メディア・バイイングという意味での広告は、少しずつ効かなくなってくるだろうと僕は考えています。「これは広告です」といって出てくるもの自体を先進国の人達はどんどん信じてなくなってきていますから。

安価な消費財の場合は違うと思いますが、10～20万円のものを買う人というのは、以前よりも調べてから行動を起こしている。これは、様々な形の統計的な調査で明らかになっています。そうした状況下においては、広告のメッセージを信じてもらえません。これはもう、止まらない傾向なのではないかと思います。

そういう中でメディアはどうして行けばいいのか。僕は二つの大きな方向性があると思っています。あくまで広告目線で考えた場合ですが、一つはありとあらゆるチャンネルを使ってコミュニケーションを取っていくという方向性です。メディアのバイイングをして、テレビを筆頭にラジオ、新聞、雑誌という４マス媒体を使い、さらにイベントやPR、ソーシャルメディアを利用していく包括的なコミュニケーションを行う手法です。これを僕は「WHOLE COMMUNICATION」と呼んでいます。使えるメディア、チャンネルをすべて使ってやっていくという手法は、現実利用され始めていると思います。

もう一つは、ある特定のターゲット、層をピンポイントでバチっと抑える手法が考えられます。全体ではなく特定の層を抑える「SPECIFIC COMMUNICATION」です。絨毯爆撃ではなくピンポイント爆撃みたいな手法ですよね。

ただ受け手が以前と比較して、より検証的になっているということは間違ありません。ですからメディア側も、受け手は以前よりも疑ってかかってきていることを前提としながらやって行かなきゃいけないと思います。

━新聞などのマスメディアについては、どうお考えですか？

菅付:単純に今メディアの数が多すぎるから、すべてにおいて淘汰せざるを得ないと思います。日本の場合、テレビ局の数も多すぎるし、ラジオ局の数も多すぎます。新聞の全国紙も雑誌の数も多すぎて、オーバーマーケット状態です。完全に需要と供給のバランスがおかしくなっているので、これは淘汰せざるを得ない。こうした状況はネットでも変わりません。だから、もうちょっと淘汰された方が強くなると思います。それはもう需要と供給としてはおかしいので、淘汰されるべきでしょう。

また、プロのメディアマンにとって重要なことは「ファーストハンド」であることですよね。いかにオリジナルのソースに触れているか、取材ができているか、コネクション持てているか、現場の渦中の人間の声を引き出せているか、といった部分です。ファーストハンドであり続けるポジションにいる人、集団というのはサバイブできるでしょうし、それは世の中にとって絶対に必要です。しかし、ファーストハンドじゃない人、集団は厳しくなりますよね。

━「ファーストハンドである」というバリューをどう出していくか、ということがメディアが中身化する社会を生き抜く上では、重要なことになってきているということですね。

菅付:ただ一方で、情報のキュレーションであったり、編集というものにも僕はそれなりに価値があると思っています。それをやり続けるというのは、かなりプロフェショナルな技術が必要だと思います。

また、「ファーストハンドであること」がより重要になるのと同じように情報量は爆発的に増え続ける一方なので、それを的確にまとめて、しかるべき人に的確な形で伝えていく、その情報の編集・キュレーションには価値があるでしょうね。ですから、ファーストハンドの価値が高まると同時に情報の編集・キュレーション能力も重要になると思います。どっちが上、どっちが下ということはないと思いますね。

━キュレーターに求められる資質は、どのようなものだとお考えですか？

菅付:浴びるように情報を触れながら、その中でホントに的確なものを見抜いていく見識だと思います。目を鍛えるってことじゃないですかね。

また伝え方も重要だと思います。専門的な内容であれば一般の人に伝わりやすくするために、一回分かりやすく翻訳してあげる必要がある。情報を選びながらも、一般の人に届きやすくする翻訳能力があるということが非常に重要だとと思います。

━最後に、読者へのメッセージをお聞かせください。

菅付:あとがきにも書いたのですが、21世紀になって人として生きる上で大事なことが変わってきているのではないかと思います。去年ニューヨークやサンフランシスコに滞在した際に、そのことを僕は痛感しました。見栄を張るような”余計な”ことにエネルギーを使うのではなくて、自分が生きる上で本当に大事なことは何かを考えて選択と集中をして、お金や時間を使っているという印象を受けたんですよね。逆に言うと僕らの生活には無駄な事がまだまだいっぱいあるんじゃないかなぁと。

例えば、日々生活している中で食べること着ることに関して「これってホントに本質的な消費をしているだろうか？」ということを考え直した方がいいと思ったんです。そこが、この本で一番伝えたい事なんです。この可視化、あるいは中身化が進む社会の中で色んな事が見えてきます。「あ、これは余計だったな。無理してやんなくてもいいな」って事も見えてくるはずだと僕は思ってるんですよ。

自分にそんなに必要ではないもの、周りが「やったらいいよ」と言うけれど、「ホントに自分にとって本質的なのか」「ホントはいらないんじゃないか」「これって単に周りに合わせてかっこつけているだけなんじゃないか」ということを思い切って止めちゃって、本当に本質的なこと、自分の生きる上で大事なことだけに選択と集中していく事が、中身化する社会で大事なことなんじゃないでしょうか。

━本日はありがとうございました

プロフィール


菅付雅信（すがつけ まさのぶ）
編集者／菅付事務所代表。1964年宮崎県宮崎市生れ。法政大学経済学部中退。『月刊カドカワ』『カット』『エスクァイア日本版』編集部を経て独立。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』『リバティーンズ』の編集長を歴任。出版からウェブ、広告、展覧会までを編集する。著書に『東京の編集』、『編集天国』、『はじめての編集 』。マーク・ボスウィック写真集『Synthetic Voices』でニューヨークADC賞銀賞受賞。

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