【赤木智弘の眼光紙背】「無差別殺人者の勝利条件」 - 赤木智弘
※この記事は2013年04月21日にBLOGOSで公開されたものです
アメリカのボストンで発生した爆発事件は衝撃的だった。事件発生現場がゴールのすぐ側ということもあり、当たり前にビデオカメラが回っており、事件発生直後の早いうちから、楽しいマラソン大会が阿鼻叫喚の地獄絵図に変貌する映像がネットにアップされていた。その爆発は、決して驚くような大爆発では無かったものの、確かにあの爆発で命が奪われた人がいると分かるだけの説得力をもった映像だった。
さて、僕がこれを書いている現在、防犯カメラの映像などから容疑者が判明し、銃撃戦で容疑者のうち一人が死亡したなどの情報が入ってきている。しかし、この事件が報じられた当初は、日本のマスメディアが、根拠など全くないままに、イスラム系の犯行ではないかと予断をもって報じていたように感じた。
また、向こうの警察も有色人種を見張ってたなどの話もある。危機を前にして世界にはびこる、有色人種への差別感が、一時的にあらわになったようだ。
この種の無差別殺傷の何が卑劣かといえば、それは決して罪のない一般市民が犠牲にさらされるからではない。恐怖による「他者」への憎悪を振りまき、社会における紐帯の根拠である、人々の信頼関係をズタズタに引き裂く、社会そのものへの攻撃だから卑劣なのだ。
今回のようにテロなどの事件が起き、人が恐怖に怯えるときに、日頃であれば当たり前のように隠している「他者」に対する差別心がハッキリと現れる。
「やっぱりあいつら怪しいと思っていたんだ」そんなつぶやきが、様々な場所から漏れ聞こえるようになる。ネットで誰もが繋がる今の時代であればなおさらだ。ネット上の大衆の声のみならず、匿名同士で仲良くしていた相手が、自分が所属する国や民族などへの差別を口にすることもあるだろう。そうしてなんの罪のないマイノリティが、周囲からの偏見に傷つくことになる。
今回の事件ではすぐに容疑者が特定されたということで、これ以上余計な不信感は産まないのかもしれない。しかし、事件が起きてわずかの間に、何の根拠もなく犯罪予備軍と見られた人たちの痛みは、けっして癒されることはない。
こうした事件が起きると、必ず危機を煽る人たちが現れる。それは決して無責任な大衆ではなく、著名人が危機から身を守ろうと主張したり、公共団体がマスメディアを利用して、危機感を感じさせようとすることもある。
しかし、危機感が不要とは言わないが、真っ当な危機感と「他者」への悪意は、けっして明確に区別されるものではないということを、常に自覚しておきたい。
「誰かが私たちに危害を加えようとしている」と考えるときに、やはり自分の周囲の人たちや、自分たちに似た立場にいる人達は「他者」から外して考える。自ずと私たちは「他者」を攻撃することになる。
しかし、そのことは社会の信頼関係を損じることであり、そうした考え方が当たり前のこととして論じられる傾向が社会的に増大した時、社会を揺るがすことを目的とした無差別殺人者は勝利するのである。
こうした事件は、決して犯人を捕まえて終わりではない。そうした差別への抵抗なしには、私たちは無差別殺人者に勝つことはできないのである。
プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。
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