【赤木智弘の眼光紙背】私たちはアベノミクスに何を望むのか - 赤木智弘
※この記事は2013年03月23日にBLOGOSで公開されたものです
赤木智弘の眼光紙背：第264回リフレ政策による経済成長が続いている。
私は経済成長自体は、十分に素晴らしいことであると考えている。理由はいろいろあるが、極めて単純なことを言えば、たとえ物価が上がるとしても、その分だけ給料の額面が上がるということは、もう10年以上同じような額面の収入しか得ていなかった人たちにとっては、確かな成長を感じられる変化になるに違いないからだ。
しかし「アベノミクス」なる言葉に対して、私は全く賛同することができない。
アベノミクスとは、決して安倍晋三内閣による、リフレ政策を軸とした一連の経済政策を指す言葉ではない。そもそも安倍内閣はアベノミクスという言葉を使っていないはずだ。
であるならば、アベノミクスとは、その言葉を良しとする人たち、すなわち「私たち」が、安倍政権に望む経済政策の形そのものであると考えられる。
日本が国民主権である以上は、為政者が何をするかよりも、国民、すなわち私たちが何を望むかを考えることが重要である。
私は「私たち」が安倍政権に望む経済政策の形は「努力した者が報われる社会」なのではないかと考えている。
安倍政権は、わざわざ企業に対して「賃金を上げるように」というプレッシャーを与えている。そして大手企業のいくつかが昇給や、ベースアップに手をつけたことが報じられている。
一方で、そうした方策は正社員にのみ適用され、非正規労働者の賃上げはまだまだ先の様子である。不景気の時には非正規が真っ先に賃下げや首切りの憂き目に遭いながら、景気が良くなっても正社員ばかりが昇給の恩恵を受ける。更に言えば、安倍政権は「インフレ目標」と口にしつつ、なぜか真っ先に生活保護の引き下げを実行している。まさに好景気であろうと、こうした格差問題は決して無くならないという現実がそこに垣間見える。
しかし、こうした格差は、すでに日本では当たり前のこととして肯定されてしまっている。なぜなら正社員は正社員になるべく努力している人たちであり、一方で非正規労働者や生活保護の受給者は、そうした努力を放棄した怠け者であると、世間からは見られているからである。
これこそがまさに「努力した者が報われる社会」である。私たちはアベノミクスに「努力した者が報われる社会」の実現を託しており、そして現在のところそれは私たちに承認されていると考えるほかないのである。
「努力」とは常に結果から推測されるものである。結果的にこの社会的地位に居るものは、それ相応の努力をしたというのが、社会的な理解である。
例えば、ビジネス誌などで「成功者の手帳の使い方」を特集した記事を読むときに、私たちはさも「この人はこんな上手い手帳の使い方をしたから、いろいろな予定などを立派にこなして、この地位についた」のだと考えてしまう。しかし、そうした特集では当然のことながら成功者しか扱われない。例え事業に失敗し破綻した者が、その成功者とまったく同じ手帳の使い方をしていたとしても、私たちはそれを知ることはないのである。
努力もこれと同じで、例えいろんな人がどのような努力をしようとも、その努力が顧みられるのは一部の成功者のみである。失敗した人の努力の多少を世間の人が知ることは決してないのである。
故に、とある成功者は「努力したから成功した」などとは、決して言えず、私たちは「努力したから成功したのだろう」と憶測するしかないのである。その上で「努力が報われる社会」を目指すとすれば、当然それは「成功者＝努力した者」という仮定を真実であると強情に言いはり「成功者が多額の報酬や社会的評価を受け取る社会を目指す」ということにしかなり得ない。
一方でその逆もまた真なりである。失敗者はその結果から、努力が足りなかったとされてしまう。
結果として「努力したものが報われる社会」とは、今現在の社会的な地位に応じて、地位の高い人間には厚遇を与え、低い人間からは奪い取る社会にしかなりようがないのである。
いくら経済学者がアベノミクスを賛美しようとも、そこに込められる期待すなわち私たちの想いは、長い低成長の時代に蓄えてきた、他者への暗くてジメジメとした怨念である。他人を蹴落とし、いつか人間としての差をハッキリさせてやるという、捻くれ曲がった自己承認欲求なのだ。
だからこれからもアベノミクスは翼賛される。正社員の給料が上がるたびに。そして、非正規労働者や生活保護受給者が苦しむたびに。それこそが「私たち」が望んだ社会の形なのだから。
プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。
・@T_akagi - Twitter
