【赤木智弘の眼光紙背】声の大きなネット住人は、多数派ではない - 赤木智弘
※この記事は2011年07月30日にBLOGOSで公開されたものです
共同通信や地方紙などた立ち上げた、ニュース配信サイト「47NEWS」の公式マスコットキャラクターである「てくにゃん」が、ツイッター上で「日本で無期懲役とは事実上の無罪放免なのですにゃ…」などという明らかな事実誤認をツイートしていたことがわかり、ネット上で騒ぎになった。(*1)産経新聞などはなぜか「無期懲役は事実上の無罪放免」発言を取り上げていない(*2)が、ネットで一番問題発言として取り沙汰されていたのは、この発言である。
「無期懲役」という刑罰に対する事実誤認は、社会問題に詳しい人達にとっては、よく見る典型的な間違いの１つである。殺人事件が起き、無期懲役が確定するとネットの掲示板などには必ずと言っていいほど「無期懲役は数年で出所できる」「日本にも終身刑を導入するべきだ」と主張する人たちが現れる。さすがに「事実上の無罪放免」という先鋭的な表現は今回はじめて聞いたが、そのような感覚で無期懲役をイメージしている人は少なくない。
しかし実際には平成21年での仮釈放者の平均受刑在所期間は30年と２ヶ月であり(*3)、数年出でてくるという実態はない。もちろんこれは仮釈放が認められた受刑者だけの平均であって、仮釈放を認められないまま40年、50年務めている人もいる。またここ10年での獄中死は126人にのぼり、仮釈放者の数の２倍弱にのぼる。
もう１つ、日本の無期懲役と、外国の終身刑が違うものだという言われ方もするが、実際には単なる翻訳の違いのみであり、多くの国で終身刑と訳される刑が意味するものは「仮釈放ありの無期刑（刑罰が一生続く）」、すなわち日本の無期懲役と同質の刑である。
以上のことから、問題となったてくにゃんの発言は完全に事実誤認といえる。これが普通の人のアカウントであれば、単なる無知として無視すればいいだけの話なのだが、さすがにそのレベルの発言を通信社の公式アカウントがしたらアウトである。
他にもこのアカウントは、時折おかしな発言を行っている。すでにアカウントは無くなっているが、つぶやきのまとめ(*4)を見ると、報じられている「死刑は世界に誇れる極刑ニャーッ！」など以外にも、「台湾は極東で唯一のトモダチニャのに…。」「石原はやっぱり＊＊＊＊（検閲のためオフレコ。てくにゃんが終わっちゃうからニャ♪）なんだニャー。」などという発言もある。
こうして発言を追っていくと、時折ニュース内容から逸脱した「ネット上でのみ、よくみられる言論」が含まれているように、私には思える。
これをつぶやいた人が、ネット上の言論に感化されがちな人だったのか、もしくはネット上の人気を狙ってそうした逸脱発言を行ったのかは分からない。仮に後者だったとすれば、その考え方は間違っている。
ネット上でのみ強い言論というのは、少数の大きな声の出し方を知っている人たちによる言論に過ぎない。２ちゃんねるに書き込み、それが個人によるニュースサイトにまとめられ、そうしたまとめサイト同士が相互リンクをしたり、ツイッターで拡散されることによって、さもそうした言論を多くの人が支持しているように見えてしまう。
しかし、ネットで大きな声を出して、それを支持する人と、現実の人たちはイコールではない。ネットで大多数の支持を得ているような言論であっても、現実社会では少数派の先鋭すぎる暴論にすぎない場合は多々ある。
ネット社会で受けようとして、ネット社会で優位な言論を安易に持ちだしてしまうのだろうが、しかしネット利用者の大半はネット上で大きな声で話しているわけではない。多くのユーザーは、ネットでは声をさほど出していないところにいる。
ましてや、通信社のキャラクターをフォローしようとするような人は、無期懲役が数年で出られるような刑罰でないということくらい知っている。知らなくても調べられるだけの叡智はある。そうしたユーザーに向けて無知丸出しのツイートをすれば、批判されるのは当たり前の話である。
確かに、ツイッターの利用者が少なかった頃には、ツイートを通して企業の「中の人」の顔が透けて見えるだけでもよかった時代はあった。しかし今や、ツイッターの公式アカウントは数えきれないほど存在している。そうした中で愛される公式アカウントになるためには、例の公共放送広報局アカウントのような、企業アカウントでありながらも、コアなネット住民との距離感を完璧に推し量ることができるような驚異的な感覚をもつこと。もしくは、一般ユーザーに対し、企業代表として、ひたすら誠実に対応していくしかない。
そうした意味で、安易にネット言論に走った、てくにゃんアカウントは、コアなネット住民の考え方を安易に模倣してしまい、かつニュース内容を正確に伝えようとする誠実さも持ちあわせていなかった。そのことが露呈してしまったと言えるだろう。
今回は47NEWSのアカウントを取り上げた。しかし他にも、ゲームの公式アカウントが他機種を「ハードが微妙」などとして貶めたり、飲食店のアカウントが「アニメファンにまともな奴はいない」と偏見を晒すなど、企業のアカウントを使いながら、ツイートをしている人の驕りが見えてしまい、批判されるケースは少なくない。
ツイッターといえども、公式アカウントでのつぶやきは仕事である。テレビCMなど、大々的なキャンペーンをうつとか、近所にチラシを配るといった典型的な手法は、これまでに培われて来たノウハウが通用する。しかし、ツイッターで呟くことは、まだ十分にノウハウがない。またツイッター担当の人間へのイメージと、企業イメージがダイレクトに結び付いてしまいがちである。
そのことに対する自覚を十分にもってつぶやかなければ、今回のように思わぬ損害を受けることになってしまう。ツイッターの担当者も、担当者に任せる企業の側も、そのことをハッキリと認識するべきだろう。
*1：「日本で無期懲役とは事実上の無罪放免」 「47NEWS」不適切ツイートで謝罪（J-CASTニュース）
*2：「４７ＮＥＷＳ」ツイッター、不適切発言で閉鎖（MSN産経ニュース）
*3：無期刑の執行状況及び無期刑受刑者に係る仮釈放の運用状況について（法務省）
*4：「炎上中！４７ニュース公式マスコット『てくにゃん』のつぶやき」（Togetter）
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赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。
