ベーカリーチェーン、サンジェルマンのマヌルパン(撮影:梅谷 秀司)

韓国の屋台で大人気のマヌルパンが、巷で話題を呼んでいる。「マヌル」とは韓国語でニンニクのこと。丸いパンに、クリームチーズを挟みニンニクを効かせた、甘じょっぱさが魅力の総菜パンだ。

このパンを10月6日に横浜店で限定販売を始め、11月1日から55店で販売を開始したのが、ベーカリーチェーンのサンジェルマン。11月は当初の見込みの2倍、11月の新商品で最も人気という好調な売れ行きだ。

「マヌルパン」どんな味なのか

同社のマヌルパンは、表面はカリッとしていて、ニンニクの香りとクリームチーズの甘じょっぱさが、いい感じのコンビネーションになっている。意外にニンニクがきつくないのは、数種類の油脂を組み合わせ、マイルド目に仕上げているから。

1個260円(税務き)と少し高めだが、「女性のお客様が『話題のマヌルパンを売っている!』と、買っていかれます。1970年から続くブランドなので比較的高年齢層のお客様が多いのですが、マヌルパンについては30〜40代の方も買ってくださいます」と同社の広報担当の浅野雄太氏。

プロモーションは、インスタグラムで発信するほかは、「悪魔的なおいしさ」とうたうポスターを掲示、窓際の目立つ場所にパンを陳列する、店員の飛沫が客にかからないよう注意しつつ、「マヌルパンいかがですか」と呼びかけるといった店頭展開のみ。それでも売れ行きが好調なのは、テレビなどのメディアやSNSで話題になっているにもかかわらず、まだ売っている店が限られていることも大きいようだ。

現在、マヌルパンの取り扱いがあるのは、いくつかの個人店のほか、ベーカリーチェーンでは、首都圏中心のサンジェルマン、ポンパドウル、三重県・愛知県で展開する513ベーカリーなどごくわずか。ブームの火付け役は、今年5〜6月に期間限定販売を行った「俺のベーカリー」で、現在も12月31日までの限定で販売中だ。人気グルメインフルエンサーのウルフ氏とコラボして開発、「俺の罪悪パン」と命名したそのパンが話題を呼び、流行が始まっている。

「マリトッツォの次」として目をつけた

浅野氏が「いつもはトレンドに乗るのは遅め」と言うサンジェルマンが、いち早くマヌルパンを開発できたのは、「パンのトレンドとして大きく伸長したマリトッツォが下火になっていたとき、次のパンのトレンドとしてマヌルパンを見つけたため、販売する方向に舵を切った」(浅野氏)から。次のトレンドは何か、あらかじめ目を光らせていたのだ。


マヌルパンの中はこんな感じ。大量のニンニクとクリームチーズが入っている(撮影:梅谷 秀司)

特に人気が高い客層も40〜50代と、マリトッツォと似た傾向があるという。つまり、盛り上がる要因の1つは、マリトッツォで流行のパンを試す楽しみを知った人たちが、「次の流行は何か」と探していたことではないだろうか。そこへマヌルパンが話題となり、さっそく試してみたというわけだ。

どちらも外国発祥のパンだが、菓子パン・総菜パン好きの日本人の好みに合い人気に火が付いた。実は外国発、というところが流行のポイントだと考えられる。

ブリオッシュに大量の生クリームを挟む、というマリトッツォの発想は、ありそうなのにあまりなかった。紹介されるや否や流行したのは、明らかに日本人が好きなタイプのパンだったからである。

まず、ふわふわの柔らかいパンを愛する人が多い。定番のイチゴのショートケーキや、10年ほど前に一世を風靡した一巻きロールのロールケーキなど、たっぷりの生クリームを使ったスイーツも好きな人が多い。日本人好みの組み合わせが大ヒットし、今や日本各地のパン屋、カフェその他でさまざまなアレンジマリトッツォが販売されるに至っている。

しかし、どこでも気軽に食べられるようになってしまったことから、新鮮味はなくなった。次に目新しいパンを探していた人たちが見つけたのが、マヌルパンだ。こちらは、たっぷりのニンニクを使うところが、ニンニクを効かせた食品が目立つ韓国らしい発想である。

そして、クリームチーズと組み合わせた甘じょっぱさは、醤油と砂糖などの甘じょっぱさをこよなく愛する日本人好みである。また、パンとニンニクの組み合わせ自体は、ガーリックトーストですでにおなじみである。目新しさとなじんだ味を併せ持つパンがヒットするのは、必然と言える。

「新しいけれど、親しみやすい」という共通点

2つの流行から見えるのは、世界的にもバラエティが豊富な日本の菓子パン・総菜パンは、その存在が当たり前になり過ぎ、あまり目立たなくなっていたからかもしれない。パンはもはやブームという言葉がそぐわないほど、次々と新しいアイテムがヒットする。


サンジェルマンでは、マヌルパン用のポスターを作るなどしてプロモーションをしている(編集部撮影)

しかし菓子パン・総菜パンで最近流行したものはそれほど多くなく、具材を選べるコッペパン、各地のご当地パンが目立つぐらいだ。そのうちご当地パンについては、話題を知ることができても、ご当地以外の人が日常的に手に入れることは難しい。

そこへ登場した、イタリア発のマリトッツォ、続けて注目を集める韓国発のマヌルパンは、目新しいと同時に親しみやすい。なぜ日本で今までなかったのだろう、と思わせるほど日本人の好みに合っている。新しい発想は、外の世界にあったのだ。そのうえ外国で人気、という点自体に話題性がある。

特に興味深いのが、マヌルパンだ。韓国のストリートフードや若い世代に人気の料理は、2010年代後半の第3次韓流ブームでいくつもヒットしている。チーズタッカルビ、チーズドッグ、高級かき氷と、次から次へと出てきている。

一昔前まで、外国発の流行といえば先進国の欧米の一部に限られていたが、近年はアジアの経済発展が著しい。特に韓国では次々とさまざまなトレンドが発生し、その情報が入ってくるようになった。ネガティブな側面も含め、日本の影響を多く受けてきた隣国ならではの文化的な親しみやすさも、流行を飛び火しやすくさせていると言える。

コロナ禍の2020年からは第4次韓流ブームと言われる。現地へ行くことはできないが、映画『パラサイト 半地下の家族』やドラマ『愛の不時着』、BTSなどK-POP、韓国のエッセイ集や小説の刊行が相次いで書店で韓国コーナーができるなど、日本にいても楽しめる韓国発の流行が爆発。良質な作品を次々と発信する韓国文化のファンが増え、流行が生まれやすくなっていることも、韓国で話題のパンに好奇心をそそられる人を増やしているのではないだろうか。

わかっているけれど、やめられない

ところでニンニクを効かせたパン、という特徴から連想するのは、最近流行しているジョージア料理の強烈なほどニンニクを効かせたクリームシチュー、シュクメルリだ。考えてみればここ数年は、刺激の強い食が次々とヒットしている。強炭酸ドリンク、唐辛子と花椒を効かせた麻辣ブーム、スパイスカレーなどである。

今という時代は興味深いことに、糖質制限、オートミール、ヴィーガン料理など、健康維持のための食への関心が高まる一方で、濃厚ラーメンの店が巷で多いなど、カロリー過多の背徳的な食も流行する。コロナ前から、SNSでバズるレシピは、天かすや青のりが入った「悪魔のおにぎり」や、めんつゆを効かせた「無限ピーマン」など、味にパンチがあり病みつきになるものが多かった。

健康のため、油脂や糖分、炭水化物を摂り過ぎないほうがいい、と頭でわかっていても、いや、わかっているからこそ、たまには濃厚でアンヘルシーな食のおいしさに浸りたい、と考える人は多いのだろう。マヌルパンのニンニクの刺激とたっぷりの油脂は、間違いなく人々を魅了する。

これから、マヌルパンを売るパン屋はもっと増えるかもしれない。何しろ、最近のパンの大きな流行は、既存店にとってあまり恩恵がなかった。先に挙げたコッペパンも、2013年から人気が続く高級食パンも、主に専門店が販売している。しかし、マリトッツォとマヌルパンは、パン屋がこれまでの技術を生かして販売することができる。マヌルパンの話題性にひかれてやってきた客は、ほかのパンも買っていくかもしれない。

流行を楽しみたい消費者にとっても、販売を拡大したいパン屋にとっても魅力的なパン。それがマヌルパンである。