家とEVをつなぎ、相互に電力を融通し合う「V2H」。電力の効率的な利用を後押しする役割が期待される(写真:日産自動車)

2050年のカーボンニュートラル(二酸化炭素排出量の実質ゼロ)に向けて、自動車業界も対応を迫られている。その主役と目されるのはEV(電気自動車)だが、普及に向けた課題もある。

『週刊東洋経済』10月9日号は「EV産業革命」を特集。欧州を震源に巻き起こるカーボンニュートラルの動きに、トヨタ自動車を筆頭とした日本の自動車産業はどう対応していくのか。EMS(電子機器の受託製造サービス会社)世界最大手の台湾・鴻海精密工業や中国・ファーウェイといった異業種の参入により、車づくりはどう変わっていくのか。激動の自動車産業に迫る。

EVの価格の高さや品ぞろえの少なさ、充電インフラの不足などから日本でのEV普及は遅れている。また、日本は7割を火力発電に依存しているため、EVによるCO2削減効果への疑問やEV普及によって増える電力量を心配する声もある。こうしたEVに対する疑問や、普及に伴うさまざまな課題をどう解消していけばよいのだろうか。

脱炭素化を研究する櫻井啓一郎氏に聞いた。

電力不足に対応する時間は十分にある

――EVが普及すれば、電力不足になると心配する声があります。日本自動車工業会の会見で、豊田章男会長(トヨタ自動車社長)が「国内の乗用車がすべてEV化したら、夏の電力使用のピーク時に電力不足になる。解消には発電能力を10〜15%増強しないといけない。これは原子力発電で10基、火力発電なら20基に相当する」と述べています。

国内の乗用車総保有台数約6200万台が全部EVに置き換わったとして、1年間に必要な電力を試算すると現在の日本の年間総発電量の約1割となる。

だが、問題はEVの普及によって増える電力量よりも、充電するタイミングが重なることだ。豊田会長の試算は、それを念頭に置いているのではないかと思う。


――約1割増える電力はまかなうことができる、と。

今すぐに新車販売をすべてEVに切り替えたとしても、約6200万台の乗用車をすべてEVに置き換えるのに15年かかる。その前に新車販売をすべてEVにするにも何年もかかる。対処する時間は十分にあるはずだ。

――そもそも日本は電力の約7割が火力発電由来です。EVに切り替えてCO2排出量は減るのでしょうか。

今の日本の電力構成を前提に見積もると、送電と充電のロスを考慮しても、EVのライフサイクル(製造時から廃棄時まで)全体でのCO2排出量はハイブリッド車(HV)と同程度になる。

ただ、日本が今後(再生エネルギーの比率を増やすなど)電力の(CO2の)低排出化を進めていけば、販売済みのEVのCO2排出量も減少していく。欧州やアメリカのカリフォルニアのようにすでに電力の低排出化が進んでいる地域では、現時点でもHVよりEVのほうが何割も低排出になっている。

――再エネは太陽光にしろ、風力にしろ、稼働が不安定という問題があります。


さくらい・けいいちろう/1971年生まれ。博士(工学)。太陽電池の研究に20年ほど従事した後、現在は地域の脱炭素化の研究に従事。安い中古リーフに6年ほど乗っている。ガソリンスタンドで洗車ついでに空気入れを頼みたいが、ガソリン買わないので気が引けるのが目下の悩み(写真:筆者提供)

EVの蓄電能力を利用することで太陽光や風力を有効に活用できる。現時点でも太陽光による電力が余ることがある。今はその余った電力を捨てている。

一方、EVは大容量の電池を積んでいるが、どの時間帯でも約9割の車両は駐車されている。電力が余る時間帯に安くEVを充電し、電力需要が高いときにEVにためておいた電気を使うことで、捨てられるはずだった再エネ電力を有効活用できる。

そうすれば再エネ事業者の採算性が改善して需要ピーク時の電力コストを抑えられるため、EVを持たないユーザーにとってもプラスになる。何より国全体で再エネ電力を増やし、カーボンニュートラルへと近づくことができる。

EVと家とで電力を融通し合うV2H(ビークル・トゥー・ホーム)や、EVを電力系統全体で有効活用するV2G(ビークル・トゥー・グリッド)と呼ばれるシステムも期待できる。現在は高価だが、EV用の車載インバーター(モーターの回転速度を制御する装置)の活用で安価にできる余地がある。

カギは充電タイミングの分散

――充電のタイミングが集中する問題に対応できますか。電力逼迫時に一斉にEVが充電をすれば、停電が起きる懸念もあります。

ユーザーがEVを充電するタイミングについて何も対策をしないと、電力需要のピーク時に充電も集中し、必要な発電容量が増えてしまう。だが、EVの機能をフルに活用すれば、ピーク時の電力需要を下げることが可能だ。

例えば、夕方帰宅してすぐに自宅でEVを充電しようとすれば、住宅での電力需要が増えるタイミングと重なるのでよくない。帰宅してEVをコンセントにつないでもすぐに充電が開始されるのではなく、夜中に電力需要が下がってから自動的に充電を始められるようにしなくてはいけない。

実は、EVの多くには充電のタイミングをコントロールする機能が搭載されている。朝の7時に充電を終えるようにセットしておけば、残量から逆算して(電力需要の少ない)夜中に自動で充電を開始してくれる。こうした機能があることは、EVの保有者にもあまり知られていない。販売時点でこの機能をオンにしておくようにすると、充電の需要が集中するリスクの回避に有効だろう。

――消費者がEVの購入に消極的な理由として、充電インフラの不足もあります。

自宅での基礎充電と外出先での急速充電――この2つのインフラを整えなくてはいけない。ただし国全体の電力需給の観点からは、日常では基礎充電を使うようにして急速充電の利用は遠出をする際に絞るなど、補完的な位置づけにすべきだ。

基礎充電は先ほど述べたV2Hでメリットを出していく。職場には充電できる環境がまだ少ないので、その整備も必要になる。

――急速充電は補完的な位置づけだとしても、国内の急速充電器はまだ少なく、ガソリンの給油に比べると時間がかかります。EVが普及すれば、充電待ちの行列ができるのではないでしょうか。

海外では150〜400キロワットと高出力な充電器を多数設置するインフラ整備が進められており、休憩時間中に充電するだけで遠出が可能になりつつある。対して、日本の高速道路には出力が最大90キロワットまでの充電器しか設置されていない。基数も少なく、充電待ちも長くなりがちだ。

ただ、EVの充電はガソリン車の給油よりも便利な点がある。EVならコンセントにつないでから、その場を離れて用事を済ませることができる。トイレに行ってもいいし、食事をしてもいい。タバコだって吸える。夏場ならエアコンをかけて車内で待っていてもいい。ガソリン車は給油中に車を離れにくいので、用事を済ませてから給油しないといけない。

また、急速充電器そのものが進化しているため充電時間は短くなっている。ガソリンなら給油にかかるのが約3分としても、代金を払ったりしていればトータルでは5分くらいはかかるものだ。EVの充電なら充電の終了と同時に支払いまで自動でできる。さらに急速充電が進化すれば、充電時間の長さはそこまで気にならなくなるのではないか。

業務用の車両などでは無線充電の利用も考えられており、すでに規格化も済んでいる。

課題を解決することがビジネスチャンスになる

――急速充電が進化すれば、短時間に大量の電力が必要です。電力システムへの負荷が大きく、対応するには多額の設備投資が必要になります。

そのとおり。例えば、東名高速道路の海老名サービスエリアには現在、上り下りのそれぞれにガソリンの給油機が9台ある。そこで1時間に給油する台数や給油量と同じだけEVを急速充電しようとすれば、おそらく鉄塔を使うような送電線を追加しないといけない。高速道路事業者がそこまで投資をするのは難しいだろう。

サービスエリアでも電力需給が逼迫する時間、急速充電が混雑する時間などで充電料金を高くすることが考えられる。ただ、サービスエリアに太陽光発電や蓄電池を設置すれば、送電線の容量を減らすことができる。投資額は増えるが非常用の電源にもなり、災害対策としても意味がある。いずれにしろ課題があれば、それを解決することがビジネスチャンスになる。

――こうしたインフラ整備には多額のコストがかかり、一方で収入は限られます。民間企業がきちんとしたビジネスモデルを描けるのでしょうか。

EVは猛烈な勢いで価格低下が進んでいるため、車単体で儲けるのは難しくなるかもしれない。安くなったEVを活用してどんなビジネスを展開するかが重要になるのではないか。

EVと自動運転を組み合わせた運送業、家の電力とEVを組み合わせたV2Hのサービスなど、EVを活用して業界の垣根を超えたサービスを考えていくことになる。

急速充電器はこうした新しいビジネス候補の1つになるだろう。実際、テスラは自前で急速充電器「スーパーチャージャー」を整備して顧客サービスの強みにしている。最近は他メーカーに充電網を開放するという話もあるが、その場合はテスラに巨額の収入をもたらすとも言われている。

欧州は充電網に対する民間投資を呼び込めている

欧州では先を争うように事業者が急速充電器を整備している。ユーザーは契約している事業者なら安く充電できるが、契約外の事業者だと高い。事業者は携帯電話のローミングにも似たこの商売で競っており、よい充電器の設置場所は取り合いになっている。充電網に対する民間投資を呼び込めているといえる。

EVの電力が余っているときに系統につないで電力会社に売るといった商売もあるかもしれない。周辺サービスを含めて今から取り組んでいくことが大事ではないか。

――EVシフトが進むと、雇用への打撃は避けられません。

今後EVの価格が安くなって充電環境も整うと、EVがメジャーになると見られている。すでに、ノルウェーなどの国では実証されていることだ。

ただ、EVは部品点数が少ないうえに車両価格も下がっていくため、生産台数あたりの雇用も減ると見られている。

しかも、各国が巨額の支援を行い、コスト・規模・技術のすべてにおいて激しく競い合っている。欧州は中国などへの対抗を念頭に、域内での生産・雇用を確保するように動いている。アメリカも同じ。EVをあきらめることは、自動車産業をあきらめると同義だと捉えられている。

EVが普及すると、どのみち産業構造も変わらざるをえず、その変化の規模も大きくなるはずだ。それが日本も含め、各国の自動車業界が政府への支援を求める理由になっている。国全体でこの課題を認識しておく必要があるのではないか。