ロシアの総選挙が迫っていた9月上旬、ロシア政府が複数の大手テック企業に野党の抑圧を指示したとき、企業側は断固として拒絶した。ところがわずか2週間後、アップルとグーグルが「Smart Voting」というアプリをアプリストアから削除している。このアプリは、野党指導者であるアレクセイ・ナワリヌイと彼が率いる党がウラジーミル・プーチン政権に対抗する票を集約するための主要なツールだった。

「ロシア政府による力ずくの“脅し”の中身と、圧力に屈したアップルとグーグルが本来なすべきだったこと」の写真・リンク付きの記事はこちら

その後、Telegramとグーグル傘下のYouTubeも、ナワリヌイが公開していた野党候補者に対する推薦コメントへのアクセスを制限した。もちろん、プーチンは大喜びだった。

関連記事:アップルとグーグルが、ロシアで反体制派の「投票支援アプリ」を削除したことの重み

米国のテックプラットフォームの突然の屈服は、野党とロシア国民とのコミュニケーションを難しくしただけではない。外国のテック企業を無理に従わせたり脅したりして言いなりにさせるために、社員をロシア国内に駐在させるというクレムリンの新たな政策の危険な有効性も証明したのだ。

インターネットの技術的検閲について、いま世界中の政治家とアナリストが議論を続けている。こうしたなか今回の出来事は、力にものを言わせる旧態依然としたやり方でもインターネットに対する国家の支配を明確に強化できることを、改めて強く印象づける結果となった。

ロシア政府の“力ずく”への方針転換

プーチン政権はデモ参加者を殴打し、ナワリヌイを暗殺しようとして失敗したあとに毒を盛り、その後遺症からまだ回復していなかった彼を投獄するなど、長きにわたって力で弾圧してきた。それを考えれば、ナワリヌイの投獄をきっかけに全国規模の抗議活動が巻き起こったことを受けて、クレムリンが選挙においてあらゆるリスクをコントロールしようとしたことは意外ではない。

そしてそのなかには、米国のテック企業に対する力ずくの強要も含まれていた。

プーチンの最大の標的のひとつは、ナワリヌイのSmart Votingプロジェクトだった。このプロジェクトは、プーチンの与党である統一ロシアから議会の議席を奪うことを目的に、関心の高い有権者に推薦候補者の情報を広めようとするもので、ここ2年ほど成功を収めていた。

そこでロシアのインターネット規制当局は米国のテックプラットフォームに対し、Smart Votingの検閲という不合理な要求をしてきたのである。ロシアのモバイルネットワークのプロヴァイダーは、ナワリヌイのグループが統一ロシアの対抗馬リストの文書を投稿したというだけで、ロシア全土で「Google ドキュメント」へのアクセスをブロックできている。ところが、アップルとグーグルが野党のアプリの削除に抵抗すると、政権はプログラミングコードではなく、“腕力”による力ずくの戦略へと方針転換してきたのだ。

“人質作戦”に屈したグーグルとアップル

プーチンは今年7月、ロシア市場で事業を展開している外国のテック企業に対し、ロシア国内にオフィスを開設するよう義務づける法律に署名した。これはロシアの国家安全保障法が遵守されることを確実にするための措置だとロシア政府は説明するだろうが、実際には脅すべき相手をロシア国内に確保することが目的である。

まだすべてのプラットフォームがオフィスを構えたわけではないものの(Twitterはまだ抵抗している)、アップルとグーグルはオフィスを開設した。このためアップルとグーグルが検閲の要求に応じようとしなかったとき、クレムリンは武装した男たちをモスクワのグーグルのオフィスに送り込んで、何時間も居座らせた。

また、ロシア議会はナワリヌイのアプリに関する分科会にグーグルとアップルのオフィスの代表者を召喚し、両社を非難して脅迫した。ロシア政府はグーグルの特定の社員を名指しし、グーグルがアプリを削除しない場合はその社員を起訴すると述べたと報じられており、アップルに対しても同様のことが起きた可能性が高い。

そして翌朝になると両社は屈服し、Smart Votingをアプリストアから削除した。アップルはさらに譲歩し、iOS15の新機能「iCloud Private Relay」をロシアで無効にした。Private Relayとはユーザーのプライヴァシーを保護する機能で、例えば「Safari」を使ってウェブを閲覧する際には、ユーザーの身元や閲覧内容が誰にもわからなくなる。

このPrivate Relayの無効化によって、国民のオンライントラフィックを監視するロシア連邦保安局の(すでに高かった)能力がさらに強化されたことは間違いない。ロシアで野党が広く利用しているYouTubeは、ナワリヌイ陣営が野党の有力候補者の名前を列挙した動画を削除し、Telegramはナワリヌイが提供していた選挙サーヴィスへのアクセスを遮断した。

物理的な脅迫という得意技

今回の失敗は、数十年にわたって米国が唱えてきた「インターネットの自由」という言葉が見当違いだったことを露呈した。欧米のテック企業が独裁主義の国家で事業を展開すれば民主化につながるというという考えは、幻想だったのである。

例えば「アラブの春」が起きたときは、米国の多くの識者が地元のブログや市民による組織化の重要性を無視し、この民主化運動を「Twitter革命」と呼んだ。当時の国務長官だったヒラリー・クリントンは2010年、独裁政権がインターネットを活用していることに言及したが、それでもクリントンの主張は、より多くの欧米のテック企業が独裁国家に進出することが「自由」を促進するという一般的な見方を反映したものだった。

ところが、自由を促進するどころか、欧米のテック企業が物理的にロシアに存在したからこそ、プーチンの意向に逆らえなくなったのである。

映画やマスメディアは現代の検閲を、国内のインターネットトラフィックをフィルタリングしたり、好ましくないウェブサイトにDDoS攻撃を仕掛けたりすることであるとして描いている。しかし、人々を物理的に脅す(拘束、逮捕、起訴、あるいはそれ以上のことをする)ことが依然として極めて効果的であるという事実を、今回の出来事は思い出させる。

物理的な脅迫は、ロシア政府がインターネットをコントロールする際の基本モデルだ。例えば、何千もの外国のウェブサイトをブロックしなくても、ロシアには言論に関する曖昧で複雑で一貫性のない法律があり、政府はそれを好きなように行使できる。

ときには技術的なブロックを実施しながら、広範な監視と国内に“閉じた”インターネットの推進を、脅迫、嫌がらせ、逮捕、その他の旧態依然としたやり方と組み合わせて、強制的に市民を従わせる。プーチン政権はいま、外国のテック企業に対してますます強制力を強めており、素晴らしく有害な効果を上げているわけだ。

独裁政権に抵抗するためにできること

こうしたテック企業は独裁政権のもとで暮らす人々の自由度を高めていると主張している。だが、こうしてロシアで気弱な態度をとったことにより、ロシア人の自由をさらに失わせる結果になった。

また野党の候補者は、組織化したり情報を拡散したりするに当たり、海外のテック企業のプラットフォームに頼ることが本当に可能なのか、これまで以上に心配しなければならなくなっている。これらのプラットフォームとサーヴィスを政治活動に利用しようとしているロシアの国民も、同じことを心配するに違いない。

グーグル、アップル、そしてユーチューブをはじめとする企業は、クレムリンの脅迫相手となる社員を現地に駐在させることのコストとリスクについて、もっと真剣に考える必要がある。ロシアのオフィスを閉鎖すれば、ロシア政府は各社のウェブサイトに対して(4月にTwitterに実施したように)ロシア国内からのアクセスを制限するといった技術的措置をとるかもしれない。

それでも、こうした企業は独裁国家で技術的に遮断されそうになることには慣れている。それにメールや電話で検閲を要求されても、国家が社員を拘置所や尋問室に連行して身体的な安全を脅かすことができなければ、要求を無視することもはるかに容易だろう。

理論的に見て、独裁政権に抵抗するために遠く離れた場所からインターネットを使うことと、抵抗するために身を危険に晒すことはまったく別のことなのである。

※『WIRED』によるロシアの関連記事はこちら。