女性地方議員襲う「有権者ハラスメント」の壮絶

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調査で明らかになった地方の女性議員を襲う有権者によるハラスメントの実態とは(写真:Fast&Slow/PIXTA)

自宅の前で待ち伏せ、街頭演説中に「説教」、熱烈な告白を断ったら嫌がらせのメール……。地方の女性議員に対して、”有権者”がハラスメント行為を行っている実態が研究によって明らかになった。

研究を実施したのは、お茶の水女子大学大学院の茺田真里氏。同氏は東京都と埼玉県の地方自治体議員で野党に属する50歳以下の女性議員のうち、SNSなどで情報発信をしている3人のツイートを分析したほか、7人へのインタビューを実施。結果、議員たちがオンライン上で受けるハラスメント構造が浮かび上がってきた。これが、地方自治体における女性の政界進出を阻む原因の1つの理由になっているのではないか、と見る。

若手女性議員の数は圧倒的に少ない

実際、地方議会における女性議員、特に40代以下の若手女性議員は圧倒的に少ない。市川房枝記念会女性と政治センターの2019年6月1日時点の調査によると、全国の女性地方議員の総数は4608人でこれは全体の14.0%に過ぎない。

市区議会では28議会で、町村議会では274議会で女性議員がいない。しかも、平均年齢は57.9歳で都道府県、市区議会、町村議会と自治体の規模が小さくなるほど年齢が上がり、いずれの議会においても最も多いのは60歳以上70歳未満の層だ。

全国市議会議長会が行った2020年7月の集計では、全女性議員に占める40歳未満の女性の比率は6.2%(議員全体では1%)と、少数中の少数。高齢化の現状を反映しているのでは、と人口比を見ると2021年2月1日現在の日本の人口1億2562万人に対し、議員に出馬できる25歳以上、39歳未満の人口は2018万人。人口の16%を占めており、そのうち女性が半分とすると8%。人口比よりもはるかに少ないことがわかる。

女性議員、特に若い議員が誕生しにくい理由はいくつかある。若い人の場合、時間とお金がなければ立候補できないというハードルがあるうえ、女性だと家庭や地域社会という壁もある。

列国議会同盟(IPU)が2006〜2008年に行った、世界110カ国の国会議員272人を対象とした調査では、議員になることを阻害する要因として女性議員は、「家庭責任が女性に集中していること」「性別役割分業意識」「家族からの支援不足」「自信の欠如」を挙げている。

地域社会からの支援を得にくい状況もある。男性議員の場合は、出生地と選挙区の一致割合が8割近い一方で、女性議員で一致している割合は3分の1のみであることが、1996年の竹安栄子氏の研究で指摘されている。これは、女性は夫の地元に嫁いだり、夫の転勤で移動したりすることが影響している。結果、特に初立候補する無所属の女性議員の場合、後援会等の支持基盤を持たない場合が多い。

それでも地方議会の場合、自分の属性に近い人に投票する傾向があり、女性は比較的当選しやすいと指摘するのは、2011年から川崎市議会議員を2期務め、現在は官民共創を掲げるPublic dots & Companyの取締役を務める小田理恵子氏だ。

「ただ、地盤がない場合、大きく違うのは当選後。投票した人と接点がないので政治活動を応援してくれることはありませんが、地盤があれば応援してもらえる。そこで地盤がない女性は外に向かって障壁を作らず、広く対話をして支援を広げようと考えます」

支援者を名乗って「つきまとい」まがい

実際、2010年の『地域社会における女性と政治』(東海大出版会)によると神奈川県下の市議会議員306人(男性236人、女性70人)から回答を得たアンケート調査では行事やイベントに参加する議員は男女でほぼ同じ割合だったが、ホームページでの議会報告や活動報告、街頭駅頭でのあいさつ、住民からの相談を受けるなどの活動は女性議員のほうが活発に行っていた。

足りない地盤を、支援者を獲得することで埋めようとするわけだが、これがハラスメントにつながっている場合がある。政党の後ろ盾がないうえ、秘書がいる国会議員と違いすべてを自分で対応しなくてはならない野党の50歳以下の女性地方議員で、最もハラスメントを受けているのは1期目なのだ。

支持基盤も固まっておらず、公人という意識もあって有権者をブロックできないと考えている議員もいるからだろうか、女性地方議員を、手近なアイドルや、自分の承認欲求を満たす存在とみなすような人を呼び寄せてしまうこともある。

そうした人の中には支持者や支援者を名乗ってくる人も多い。選挙ボランティアとして集まった男性に自宅の前で待ち伏せされたり、毎日手作り弁当にメッセージを添えて告白され、それを断った結果、選挙に必要な資料その他を廃棄されて警察沙汰になったケースもある。

熱烈な賞賛のメールを送り付けた後、自分の意に染まない行動をした、すぐに返信がなかったなどといった理由から手のひらを返し、今度は「お前なんて人間のクズだ」といった長文メールを1時間に数件のペースで送り続ける例もあった。選挙区に関係なく、女性議員だけを支援するという名目で付きまとう人も少なくないという。

ツイッターなどで知った街頭演説の予定を頼りに議員を追いかけ、説教する男性もいる。

ある1期目の女性議員は、選挙活動を始めた頃、街頭演説の告知を何度かした際、地方議会とは関係のない、安保や党の戦争に対する考え方について1時間ほど「どう思うんだ」と毎日たくさんの人に詰め寄られたという。駅に立つとわざわざ近寄ってきて「あなたは無知だから教えてあげよう」といった説教を繰り返されたら、街頭演説も嫌になるだろう。
 
実際、茺田氏がインタビューした7人の女性議員のうち、6人はストーカーなどの被害を恐れて街頭演説の告知をしなくなった。続けているという議員1人は、男性議員あるいはスタッフ同行で街頭演説を行っているという。

議員が嫌がらせを告発しにくい事情

立場の弱さという意味では、議員は公人とされる点も大きい。議員の場合、電話番号、住所などがすべて公開されており、SNSでの情報発信は自宅前での待ち伏せを可能にする。

「女性議員が延々説教されたり、『死ね』『1回やらせろ』といったメッセージや卑猥な画像を大量に送りつけられていても、それを告発しないのにはいくつか理由がありますが、議員に特有なのは公人だからという意識です」と茺田氏は指摘する。公人という立場上、誹謗中傷やハラスメント被害を受けることはしようがない、我慢しろという意識が周囲だけでなく、議員本人の中にあるのだ。

SNSで何をやっても加害者がペナルティをほぼ課せられることがない、という現実もある。茺田氏の研究で主に対象となったツイッターの場合、法的な削除要求をしても、それらが実際に削除対応される可能性は極めて低いと茺田氏はいう。

ツイッター社はホームページ上で自社の透明性に関するレポートを年に2回公開しており、2019年7月から12月に同社に寄せられたコンテンツやアカウント削除の法的削除請求は51カ国で2万7538件に上る。そのうち、日本からのものが1万2496件と最多で、世界全体の45%を占めている。ところが、そのうち、コンテンツが表示制限されたものはわずか2.3%に当たる284件に過ぎず、アカウントが表示制限されたものに至ってはゼロである。

しかも、2014年の総務省の調査によると、アメリカの35.7%、韓国の31.5%、イギリスの31%などに比べ、日本でのツイッターの匿名利用率は75.1%と非常に高い。複数のアカウントを作れることはご存じの通りで、今のところ、日本のツイッターでは悪意のある人間はやりたい放題ができる状況にある。

研究を行った茺田氏は、被害を受けてもそれに対する対処が困難なうえ、SOSを出すこともできないインターネット上の構図によって、女性議員が追いつめられる状況を目の当たりにしたという。そんな思いをするのに、なぜ発信を続けるのだろうか。

これに対して茺田氏のインタビューに応じた最も渦中にある1期目の3人は、市民とのつながりを大事にしたいと答えた。インスタグラムやツイッターを通じて女性から相談が入ることもあり、そうした対話を続けていきたいからだという。

幸い、状況は少しずつだが変わりつつある。民間ではフリーWi-Fi自動接続アプリ「タウンWiFi byGMO」が、SNS誹謗中傷対策サービス「SNS PEACE」の提供を開始。誹謗中傷メッセージと不快な画像を自動でミュート、非表示にできるほか、人の目によるチェックを経て悪質なユーザーをブロックすることもできる。

アメリカで誕生した「Block Party(ブロック・パーティ)」という自分宛のツイートをフィルタリングできるサービスでは、警察や弁護士などに相談する際に証拠として提出できるよう、被害ツイートをまとめたレポートを作成するための機能を開発中だという。

先輩議員の体験や対処法を共有

議員サイドも動いている。インターネット利用で議員同士がつながりやすくなり、先輩議員の体験や対処法などの情報が共有されやすくなっているのだ。

そうした活動が成果を生んでもいる。議員はこれまで名前はもちろん、自宅住所も公開されていたが、昨年若手女性議員の集まり「ウーマン・シフト」が国に申し入れをし、2020年7月に総務省がこれについて各都道府県の選挙管理委員会に向けて技術的助言という形ながら通知を出したのだ。

告示時点では住所は市区町村まででよく、ネット公表時には住所はなくてよいといったもので、旧姓の利用も以前よりやりやすくなった。実際の運用は各自治体の選挙管理委員会に任されるが、これを機に少しでも女性の、これからの世代の人たちに政治への道が開かれていくこと、そしてそれが男女格差のみならず、広く日本を変えていくことを期待したい。