鳥飼茜の“女子マンガ”対談「女たちはいま何を求め、どこへ向かおうとしてるのか」
女だから傷つけられる現実。女同士だからつながれる希望。マンガ家・鳥飼茜さんの作品は、女たちが直面する痛みや喜びの生々しさに満ちている。シリアスに、ときにコミカルに描かれるのは、わかり合えない性と生─。
女たちはいま何を求め、どこへ向かおうとしているのか。気鋭の人気作家と女子マンガ研究家・小田真琴さんが語り尽くした。
大人の女性向けのコミックス
鳥飼 まずは小田さんにお聞きしたいのですが、“女子マンガ”の定義というのは?
小田 “大人の女性向けのコミックス”でしょうか。これまで女性向けのマンガって少女マンガというくくりしかなかったんです。
男性向けは少年マンガ、青年マンガと、年齢とともにステップアップできるんですけどね。女性の場合、少女マンガ以降はレディコミになってしまいますから。
だから“女子マンガ”っていうカテゴリーを明確にすることで、たくさんの作品に光を当てたいと思ったんです。
鳥飼 そうですね、女子マンガというカテゴリーが広まったおかげで活躍の場が増えたり、いろんな場で堂々と女のことが描けるようになりましたよね。マンガに限らず、今までのエンターテイメントって全部、男の人の言葉で語られていたから。
小田 それは僕も思います。
鳥飼 男の人の言葉を憑依させてしゃべるしかないみたいな世界の中で、唯一、読む人も描く人も女の人も、安心して受け取れたのが少女マンガだったんじゃないかなって。
例えば、萩尾望都先生の作品は自由だし、輝いているし、いま読んでもめちゃくちゃアバンギャルドだし。
─男性視点ではなく、女性の視点で表現できるもの。それが女子マンガの源流・少女マンガにあった、と。
岡崎京子は男子を黙らせる
鳥飼 あと、私的には友近さんが出てきたことがすごく大きいと思ってるんです。
小田 友近さんって芸人の?
鳥飼 そうです。私は大阪人だから、テレビにはいつも芸人さんが出ていて、周りも芸人さんの言葉をベースに会話をしていて。それを創っているのは男の人なんですよね。
でも、友近さんが出てきたとき、男の人が笑った。笑われたんじゃなくて、笑わされたんだと思うんです。私が高校、大学のころでしょうか。
小田 マンガ家だとどのあたりの人になるんだろう?
鳥飼 当時の私は、「岡崎京子さんは男子を黙らせられる」って思いましたね。
小田 確かに。みんな、打ちのめされてましたね。
鳥飼 女のカルチャーでここまで飛ばして描けるんだって、すごく心強かった。
小田 それも高校生くらい?
鳥飼 中学生のころ、ファッション誌についているマンガをヤンキーの女の子に借りたんですけど、それが岡崎京子さんの作品でした。
タイトルは忘れてしまったのですが、冷蔵庫に女の子が入っていたり、裸が描かれていたりして、「うわ! すごい!」って。
小田 岡崎作品だと、どんなマンガが好きですか?
鳥飼 うーん、難しい……。物語でいえば『リバーズ・エッジ』で、でも『くちびるから散弾銃』も好きです。登場人物たちの生々しさみたいなものをすごく感じたし、会話に惚れぼれしました。
小田 描きなぐっているように見えて構図とか完璧なんですよね。読み手が支配される。
鳥飼 岡崎京子さんは作品そのものがもちろんカッコいい。当時は音楽とファッションのクロスカルチャーの時代で。
小田 いわゆる'90年代の渋谷系ですよね。
鳥飼 コーネリアスとかフリッパーズ・ギターとかがカッコよくて、それを好きなことがイケてるっていう空気があって。私も当然、オザケンや小山田くんが大好きで、愛読書は『オリーブ』でした。
小田 '90年代のサブカルは男の子のカルチャーですよね。
鳥飼 そうなんです。男の人の文化がカッコいいことからは逃れられなかった。ただ、彼らは岡崎京子さんと交流があって。
私自身が子どもだったこともあって、イケてる人たちに認められていることで、より岡崎さんにカッコよさを感じていました。
小田 そのころの心境って覚えていたりします?
鳥飼 何かを創るなら、まず男の人に認められたいと思っていましたね。いま考えると寒気すらしてきますが(笑)。
『地獄のガールフレンド』や『おんなのいえ』などで女の人をたくさん描いてきたら、女の人がすごく好きになって。いまは、いろんな女性に読んでもらいたいと思ってます。
結婚はひとりよりも孤独
─『地獄のガールフレンド』は10月からFODでドラマ化、配信されますね。
小田 女の人たちの話している様子がとにかく楽しいマンガですよね。最初に読んだとき、岡崎先生の『くちびるから散弾銃』を思い出しました。
鳥飼 光栄です。実は先日、ドラマ化にあたってふと読み直したら、けっこうおもしろかった(笑)。
小田 『遅く起きた朝は…』とか『やっぱり猫が好き』みたいな感じがして、楽しい。
鳥飼 どうして3巻でやめちゃったんだろう。読んでいて「もっと続いて〜」って(笑)。
小田 いまからでも続編を。
鳥飼 う〜ん。この時代に何を描けばいいのかなって。
小田 いまって自由を求めなくなったのかもしれない。
鳥飼 うん、きっと自由がわからないんだと思う。
小田 自由すぎるとわからないのかもしれないですね。
鳥飼 これまでの人生を振り返ってみると、自由って寂しいし、責任と孤独とセットなんです。そのことをみんながなんとなく感じ取って、それならいらないって。かわりに、自由に近いAセット、Bセットを選びたいと思っているように見えるんです。
小田 ある程度、制限があるなかで自由なほうが幸せを感じるのかもしれないですね。
鳥飼 はい。私自身、結婚して“思っていたのと違う”っていう気持ちで、この1年を過ごしてますから(笑)。
私、婚活に関する取材を受けたりして、既婚者未婚者いろんな人と話して、結果なんで人は他人と生涯折り合って生きていくという難題を携えた「結婚」をしたがるのだろうかとよく考えるようになりました。
小田 僕もそれは感じてます。
鳥飼 私が焦ったのは、自分の結婚の形が思った以上に自由だったから。ほぼ別居婚で相手も私も自由に生きてるし、相手をどれくらい信頼するかも、要求するかも全部自由。
その結果、相手が怒ったり、私が不機嫌になったりする責任、放っておかれる孤独は、全部セット。これは結婚だけじゃなく、誰かと過ごすのってそういうことなんだと思う。
小田 ひとりよりも孤独。
鳥飼 とりあえず結婚したい人が多いのは、きっと自由に限界を感じているから。誰か気に入った人と一緒に住んで、ごはんを作って子どももつくってというセットが欲しいんだなぁって。
結婚がいいっていう人も、結婚なんてするもんじゃねぇっていう人も、どっちも正解なんだと思う。
小田 鳥飼さんの結婚は?
鳥飼 まあ、合格点かなぁ。最近、自分の持ち物に文句を言うのはやめようって思っているんです。また変わるかもしれないですけど。
ごく普通の女性の、のちの姿
―9月から連載が再開された安野モヨコさんの『ハッピー・マニア』の続編では、主人公の重田カヨコが離婚をつきつけられ、年齢も45歳に。
鳥飼 安野モヨコさんの『ハッピー・マニア』は10代のころに読んで、しびれました。今もしびれていますけど。
小田 最近は主人公が年を重ねた作品も増えた。実際、読者も高齢化していますしね。
鳥飼 それはあると思います。老いって大事な話ですよね。
小田 親が病気になったとか、親が死んだとか。
鳥飼 まさに入江喜和さんの『たそがれたかこ』ですね。入江さんがやっていることって最先端だと思う。特別きれいなおばさんじゃなくて、ごく普通の女性の、のちの姿を描いていますよね。
かなわないこともあって、やりたいこともあって、だけど身体が追いつかないっていう現実。それがいちばんロック。
小田 入江先生しか描けない作品ですよね。
鳥飼 何に吠えればいいかをちゃんとわかってる。
小田 鳥飼さんの作品は、ファンタジーものとか男性が主人公のものもあって、きっとお描きになりたいものがたくさんあるんだろうなぁと思うんですが、今後は何を?
鳥飼 この数年間、何度か(『行け! 稲中卓球部』の作者)古谷実さんに「鳥飼さんギャグ漫画やりなよ」って言われてまして。
最初はそういう冗談かと思って流していたのが、よくよく聞いてみると大人のコメディーがいいんじゃないかって結構、私もなるほどと思ってしまった。あと、本当はホラーもやりたい。
小田 ギャグとホラーは両立できますよ。楳図かずお先生とか、伊藤潤二先生とか。
鳥飼 まぁ、それは先々のことで、連載中の『サターンリターン』では女の人生をちゃんと描いていこうと思っていますので。女子マンガの席は空けておいてください(笑)。
小田 もちろんです!
(取材・文/熊谷あづさ)
●PROFILE●
とりかい・あかね ◎1981年大阪生まれ。2004年デビュー。現在、『サターンリターン』(ビッグコミックスピリッツ)、『ロマンス暴風域』(週刊SPA!)などを連載中。ほかに『おはようおかえり』『おんなのいえ』『先生の白い嘘』『地獄のガールフレンド』など作品多数
おだ・まこと ◎女子マンガ研究家。『FRaU』、『SPUR』、『ダ・ヴィンチ』、『婦人画報』などで女子マンガについて執筆。2017年『マツコの知らない世界』(TBS)に出演。自宅の6畳間の本棚14棹の8割は少女マンガ。お菓子をこよなく愛する編集者の顔も持つ