雇用の流動化や経験豊富な管理職の中途採用のニーズの高まりなどから転職者数が増加する傾向にある中で、労働者が競業する企業に転職してトラブルになるケースも見受けられます。本稿では、競業他社への転職に関して、転職労働者を雇用していた企業(以下「転職前企業」といいます。)及び転職労働者を雇い入れる企業(以下「転職先企業」といいます。)それぞれの立場における対応を説明します 。

 労働者には退職の自由がありますので、労働者が競業他社へ転職する場合でも、転職前企業は、労働契約に期間の定めがなければ、労働者の退職それ自体を制限することはできません(労働契約に期間の定めがある場合は、「やむを得ない事由があるとき」でなければ直ちに退職することはできないとされています(民法628条))。 労働者は、在職中は使用者に対して誠実義務(労働契約法3条4項)の一環として競業避止義務を負っていますが、退職した労働者については、労働契約が終了していることから、競業避止義務を課すには、契約上の根拠が必要です。

 この契約上の根拠としては、就業規則で足りるという考え方もありますが、退職後の競業避止義務は、労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)に対する制約となることから、後掲のような誓約書を提出してもらうなど、労働者の個別同意を得ておくことが有益です。

 そして、誓約書を取得する際は、労働者が退職後の競業避止義務を負うことについて自由な意思に基づいて同意したといえるように、労働者に対して誓約書によって何がどのように制限されるのかを丁寧に説明し、直ちに署名・押印を求めるのではなく熟慮期間を与えるなどしておくことが有益です。

 なお、退職後の競業避止義務の契約上の根拠がない場合でも、競業行為が不法行為となる場合もありますが、不法行為が成立するのは、後述する不正競争防止法に違反する行為を行った場合や、転職前企業の顧客情報を持ち出して顧客を奪うなど、悪質性の高い行為に限られます。

 その視点でも、転職前企業としては、誓約書などを用いて退職後の競業避止義務を定める特約を結んでおくことが望ましいです。