日本が世界に誇る各界の“知のフロントランナー”を講師に迎え、未来の日本人たちに向けてアカデミックな授業をお届けするTOKYO FMの番組「未来授業」。以前の放送では「誰が、蚊を増やしているのか」をテーマに、蚊によって広がる感染症のリスクについて東京慈恵会医科大学教授・嘉糠洋陸さんにお話を伺いました。

※写真はイメージです



嘉糠さんの専門は衛生動物学と寄生虫学。特にマラリアやジカ熱、デング熱などの感染源となる蚊の研究を長年続けており、研究室では万単位の蚊を飼育する言わば蚊のスペシャリストです。

毎年数億人の患者と数十万人の死者を出すマラリアをはじめ、ジカ熱やデング熱など、蚊はいろんな病原体を運び、人間に感染させます。

頻繁に流行するインフルエンザを例に見てみると、人から人へと飛沫感染でうつるものの、そのうつり方自体はそれほど強力なものではないと嘉糠さんは言います。
なんでも、ひとりのインフルエンザ患者が新しく生み出せるインフルエンザ患者の数はおおよそ1.5人ぐらいと意外と少なめ。

しかし、これが蚊によって運ばれる感染症となると桁違いに! 嘉糠さん曰く、マラリアやデング熱であれば、ひとりの患者に対し約100〜200人もの人が感染してしまうのだそうです。

それだけに「蚊が媒介する感染症の対策は非常に難しい」と嘉糠さんは話します。
というのも、例えば感染者を治療して別の人に感染させないようにと思っても、たったひとりでも患者がいて、そこからまた蚊が血を吸ってしまうと指数関数的に感染者が増えてしまうから。

そんな蚊について、嘉糠さんは「蚊は空を飛ぶ注射器。注射器にまるで羽根が付いて飛んでいるようなもの」だと言います。

嘉糠さんが“空飛ぶ注射器”と例える蚊を媒介として爆発的に広がる感染症、これを防ぐ手立てはないものでしょうか?

一番端的なものとして嘉糠さんが挙げたのは、蚊帳。これで十分に防げると言い、理論上では世界中の熱帯地域の人たち全員が蚊帳の中で寝るだけで、マラリアやデング熱といった病気は極端に減るのだそうです。

しかしながら、世界各国の隅々にまでそうした対策を行き渡らせるのは非常に難しいため、嘉糠さんをはじめとする研究者の間では、ここ10年ぐらい蚊の側から対策しようと働きかけているとか。

近年、さまざまな遺伝子組み換え技術がものすごい勢いで進歩していますが、嘉糠さんによると「マラリアやデング熱の病原体を持てないような蚊を作り、それを野外で優占種にすることによって、これらの病気を止めてしまおうといろんな角度から研究が進んでいます。その幾つかは現実的なレベルになってきていて、アメリカや南米では住民が住んでいるエリアで試験が行われ効果をあげているものもあります」と話すように、蚊による感染症を減らせる可能性が現実的なところにまでなってきているのだそうです。

海外から帰ってきた人が渡航先で感染して、日本に病原体を持ち帰ってきてしまうケースも相次いでおり、こうしたニュースがメディアでもたびたび報じられています。
そんな現状に、嘉糠さんは「個人的な考え方ですが……」と前置きしつつ、「デング熱だと海外から帰ってきて発症する方が判明しているだけで1年間で約200人前後。これだけグローバル化が進んだ世の中ですから、人の移動とともに病原体も移動して然るべきと、まずは我々の考え方を変える必要がある」と話します。

その上で、「むやみに蚊を増やさないこと!」と警鐘を鳴らす嘉糠さん。なんでも蚊は1回の吸血で大体卵200個ぐらいを産むのだそうです。それだけに「この夏に10回刺された人は、2000個の卵を作り出すことに加担したことになるんです。実は蚊を増やしているのは人間自身なんだという意識を持つことも大事」だと話してくれました。

<番組概要>
番組名:未来授業
放送日時:毎週月〜木曜19:52〜20:00
番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/podcasts/future/