自動車販売の現場には値引きという慣習がある(写真:kou / PIXTA)

永年親しく付き合ってきた自動車販売会社の営業担当者と話しながら、新車の値引きや下取りの価格、注文装備の無償提供などを何度か交渉して、購入に至る。日本のクルマの買い方の典型である。


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アマゾンや楽天、ZOZOTOWNなどインターネットでさまざまな商品が買えるようになった日本において、一向に進まないのが自動車のネット販売だ。新車購入の見積もりまではできるが注文を確定できないメーカーがほとんど。新車販売の慣習であるメーカー希望小売り価格からの「値引き交渉」もできないため、見積もりした金額は一定の目安にしかならない。

そもそも新車販売現場における値引きは、「ある顧客には10万円引き、別の顧客は15万円引きというように、非常に不透明な販売方法」(業界関係者)でもある。

日本国内で自動車のネット販売を行っているのは、米国テスラ・モーターズだ。テスラのホームページへ行き、車種を選び、カスタムオーダーであればデザインスタジオで欲しい注文装備を選択して予約を入れる。在庫車のなかから選べる。そして希望の条件を入力すれば、その場で現金価格やローン返済の金額が明らかになる。日本で慣習になっている値引き交渉はないが、明朗会計ではある。

購入希望者の販売店訪問回数が減少傾向にある

最近の日本では新車購入希望者の販売店訪問回数が減少傾向にある。理由は、新車情報を事前にネットで仕入れ、性能や装備、価格などを、競合車とネット上で比較して希望車種を絞り込み、販売店へ足を運ぶ際には試乗で実物を確かめる程度という消費者が増えているからである。

それでも、テスラのようにインターネット上で注文を確定するところまでは来ていない。逆にテスラは、販売店という箱ものを数多く用意することをせず、試乗拠点を先に準備し、あとは消費者がインターネット上で決断するのみという、新しく参入してきたからこその手順であるのに対し、従来の自動車メーカーは販売店網を整えているので、試乗など実車確認と最終決断は店でという手順になる。

とはいえ、既存の販売店においても、何度も値下げ交渉をしたりする手間に負担に感じており、値下げ無しでの定価販売へ持ち込めないか模索している状況である。

マツダは「価格の訴求」から、「価値の訴求」へ

たとえばマツダは、「価格の訴求」から、「価値の訴求」へ販売の考え方を変えた。競合他社と比較しながら値引きし、値段で勝負するのではなく、マツダ車の商品性を認識してもらい、販売価格の妥当性を理解してもらう売り方へ変えたのだ。

例を挙げれば残価設定ローンの残存価格を高く設定することにより、定価販売でも月々の支払金額が高くならないようにしている。3年の月払いで新車価格の55%(半値以上)に残存価格を設定するのは、業界でも高い水準にあるという。

そのためには、新車そのものの価値を消費者が高く評価してくれるような商品性を実現しなければならない。たとえば技術ではSKYACTIV、デザインでは魂動デザインを訴求することにより、新しい感動を与えてくれるクルマになったという期待を持たせた。

また価値の訴求は、単に性能や装備の諸元や、見た目のデザインだけではなく、それら価値を実感してもらうため試乗時間を長くとり、その試乗では営業担当者は同乗せず、消費者が自ら行く先を選ぶことができる。たとえば少し高速道路を走ってみたり、いつも使う道を選んでみたり、自宅で車庫入れを試してみたりできる。自分のクルマになったらどうかというシミュレーションを、他人(営業担当者)の目を気にせずやってみることができるわけだ。

気兼ねなく、気軽に新車との接点を持てるようにという意味では、ホンダが青山の本社1階に新車展示をはじめた。日産自動車も横浜の本社で同様の場を設けている。

輸入車では、メルセデス・ベンツが東京・六本木にメルセデス・ミー(当初はメルセデス・ベンツ・コネクション)を新設し、軽食や喫茶を楽しみながら間近に新車を見られるようにした。クルマに興味があっても無くても、身近さを覚えてもらうためのこの施設は、羽田空港でも実施された。クルマだけでなく、母国スウェーデンの文化を新車と一緒に体感してもらう空間として、ボルボは東京・青山にボルボスタジオ青山を昨年開設している。

BMWは、営業をしない車両説明員(BMWではジーニアスと呼ぶ)を置き、購入を前提としなくても消費者は聞きたいことを自由に尋ねることができる空間として、BMWグループ東京ベイを東京・青海に開設した。ここではBMWとMINIの試乗車を豊富にそろえ、近隣を試乗できる。

企業やブランドの印象だけでなく、実車を目の当たりにしたり、乗り込んでみたり、試乗したりという体験の場を増やす取り組みが行われている。

インターネットを活用した販売の取り組みは

インターネットを活用した販売の取り組みでは、ボルボスタジオ青山が試験運用を行っている。この拠点のみ限定となるSMAVOリースプログラムは、オンラインの注文によりリース料金を支払うだけで、ケア・バイ・ボルボという付帯パッケージが設定され、一般的な保証のほかに、点検や消耗品の交換なども含まれる。

たとえばタイヤ交換も期間内であれば無償でやってくれる。ことに年間走行距離の多い人は、4本セットで数十万円もするケースがあるタイヤがタダで交換してもらえるのは嬉しいことだ。それだけでも値引きしてもらう以上の値打ちがあるかもしれない。ほかに、車体やホイールの傷の補修も、条件内で無料になる。

ただしこのオンライン注文は、現在のところボルボスタジオ青山のみの販売方法で、ほかのボルボ販売店では扱っていない。ここで成功すれば、全国の販売店へ展開される可能性がある。

定価販売をしながら、顧客の予算の中から月々の支払いがしやすく、なおかつ得をしたと実感できる販売方法が模索されている。

値引きなしの定価販売でも、残存価格が十分に高く設定され月々の支払いがしやすくなったり、その後のサービスが無償提供されたりということのほうが、実は快適にクルマを利用できると実感する消費者が増えていけば消費者の平等が確保され、販売店側も余計な手数を掛けずに営業することができるようになっていく。

クルマは数年と長く利用するものだから、買うときだけの損得ではなく、使って、手放すときまでを視野に得する買い方が、賢い買い物になっていくのではないだろうか。