軍事とIT 第246回 爆発物と起爆装置(3)近接信管
今回は、近接信管(proximity fuze)の話を取り上げてみたい。これによって高射砲・高角砲の威力が一気に増したという大発明である。おそらく、信管の分野に初めて本格的に電子技術を持ち込んだ製品ではないだろうか。しかも真空管しかない時代に、である。
○対空射撃は数で勝負
さまざまな種類がある「○○砲」のうち、航空機を撃ち落とす目的で作られたものを、高射砲という。帝国海軍では高角砲といっていたが、意味は同じだ。
これは頭上を飛んでいる航空機を相手にするので、仰角を高くとる必要がある。つまり、砲身を真上に近いところまで向けられるようになっているわけだ。しかし、砲身を敵機に指向できるだけでは不十分。撃った弾が当たって、敵機を破壊できなければ仕事にならない。
ところが、飛行機は高速で飛行しているし、機動性も優れている。だから、弾を直撃させるのは簡単ではない。
撃った弾が敵機のところに到達するまでには、若干の時間を要する。ということは、敵機の未来位置を見定めて、そこに向けて撃たなければならない。しかし、敵機が水平直線飛行をしていればまだしも、高度や針路は一定ではないから、未来位置を精確に予測するのは難しい。
そこで代案として、弾幕を張ることになった。つまり、大量の弾を撃ち上げて、投網をかけるようにするのだ。それで当たってくれれば儲けものというわけだ。
さらに、敵機の高度を測定して、その高度に達したら砲弾が起爆するようにした。そこで前回に言及した時限信管が登場する。弾速と高度がわかっていれば、起爆までに要する時間は計算できるから、それを時限信管にセットしてから撃つ。
とはいえ、やはり運任せの部分が大きいので、1機を撃ち落とすために何千発もの高射砲弾を使わなければならない、というのが実情であった。いささか割の良くない取引である。
○VT信管の登場
そこでアメリカ海軍では「それだったら、敵機が弾の近くに来たら信管が作動して、起爆するようにすればいいのではないか?」と考えた。しかしこれは、1940年代のテクノロジーでは「言うは易く、行うは難し」の極めつけである。
いろいろな方法を検討した結果、電波を出す方式になった。つまり、信管が周囲に電波を出す。近くに敵機が来れば、その電波が反射して戻ってくる。
その時、弾と電波反射源の間に速度差があることから、反射波に対してドップラー効果が発生して、周波数が変化する。そこで、送信波と反射波の周波数の差によって発生する唸り(ビート)を増幅して、それが一定以上のレベルに達したら起爆装置を作動させることにした。
さて。理屈はわかった。後はそれをどう実現するかだが、なにしろ集積回路どころかトランジスタもない時代である。仕方がないので真空管で回路を作ることになった。こうして登場したのがVT信管である。
実現しなければならない回路を大別すると、「電波を出す回路」「電波を受信して送信波と混合する回路」「唸りを増幅して信管を起爆させる回路」になる。そして、それぞれを1個ずつの真空管で実現したのだから驚く。しかも、それらを信管のサイズ(弾の口径を考えると、手のひらに載るぐらいのサイズだろう)の中に押し込めなければならない。
それだけでなく、弾を撃ち出した時にかかる衝撃に耐えられるようにしなければならない。おまけに、撃った弾は弾道を安定させるために高速で回転しながら飛んでいく。その際の遠心力にも耐えられなければならない。
そして、高角砲の弾で使うものだから、一発や二発では話にならない。品質を確保しながら何万個も大量生産できなければならない。
ちなみにVT信管という名称の由来だが、「VT = Variable Time」で時限信管の一種であると勘違いされることを企図した、という説がある。実際には時限信管ではなく、近接信管なのだが。
なお、ドップラー効果を利用する代わりに、一定の時間内に電波が戻ってきたら起爆する仕組みも考えられる。電波の速度は秒速30万km、これを秒速に直すと83,333m/s。仮に10メートル以内に敵機が入ったら起爆することにした場合、電波が往復する距離は10m×2=20mだから、電波が往復するための所要時間は20m÷83,333=0.00024秒となる。
その微少な時間差を精確に検出できれば、この方法にも実現性はある。しかし、数個の真空管だけで実現するとなると、どうだろう。
○現代の近接信管
現代でも、近接信管は対空兵器で広く使われている。高射砲とか高角砲とかいったものは滅多に出てこなくなったが、地対空ミサイル・艦対空ミサイル・空対空ミサイルでは、弾頭を起爆させるための信管が近接信管になっているのが普通だ。そして、弾の周囲に電波を出して、その反射によって「敵機が危害半径内に入った」と知るところは同じである。
なお、ミサイルによっては、電波ではなくレーザーを使用することもある。
今なら電子技術が進歩しているので、昔と比べれば、近接信管を実現するためのハードルは低くなったといえるかもしれない。とはいえ、コンパクトにまとめつつ高い信頼性を実現しなければならないのは同じだから、決して容易な仕事ではないだろう。
航空機だけでなく、地上目標に向けて砲弾やミサイルを撃つ場合にも、近接信管を使用することがある。地面に突っ込む直前に起爆させて、周囲に弾片をばらまきたい場合がそれだ。この場合、電波やレーザーを出す向きが、対空ミサイルの場合と異なる。砲弾や対地ミサイルは地面に向けて突っ込むのだから、前方に向けて電波やレーザーを出さなければならない。
余談だが、核爆弾も空中で起爆させるので、近接信管に類似した仕組みが必要である。自由落下式の核爆弾なら気圧高度計でも同じことを実現できそうだが、弾道ミサイル(またはその先端に搭載する再突入体)は落下の際に空力加熱に晒されるので、圧力検出用の穴を開けなければならない気圧高度計を使うわけにも行かないだろう。となると、電波を利用する方が確実そうだ。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。
○対空射撃は数で勝負
さまざまな種類がある「○○砲」のうち、航空機を撃ち落とす目的で作られたものを、高射砲という。帝国海軍では高角砲といっていたが、意味は同じだ。
ところが、飛行機は高速で飛行しているし、機動性も優れている。だから、弾を直撃させるのは簡単ではない。
撃った弾が敵機のところに到達するまでには、若干の時間を要する。ということは、敵機の未来位置を見定めて、そこに向けて撃たなければならない。しかし、敵機が水平直線飛行をしていればまだしも、高度や針路は一定ではないから、未来位置を精確に予測するのは難しい。
そこで代案として、弾幕を張ることになった。つまり、大量の弾を撃ち上げて、投網をかけるようにするのだ。それで当たってくれれば儲けものというわけだ。
さらに、敵機の高度を測定して、その高度に達したら砲弾が起爆するようにした。そこで前回に言及した時限信管が登場する。弾速と高度がわかっていれば、起爆までに要する時間は計算できるから、それを時限信管にセットしてから撃つ。
とはいえ、やはり運任せの部分が大きいので、1機を撃ち落とすために何千発もの高射砲弾を使わなければならない、というのが実情であった。いささか割の良くない取引である。
○VT信管の登場
そこでアメリカ海軍では「それだったら、敵機が弾の近くに来たら信管が作動して、起爆するようにすればいいのではないか?」と考えた。しかしこれは、1940年代のテクノロジーでは「言うは易く、行うは難し」の極めつけである。
いろいろな方法を検討した結果、電波を出す方式になった。つまり、信管が周囲に電波を出す。近くに敵機が来れば、その電波が反射して戻ってくる。
その時、弾と電波反射源の間に速度差があることから、反射波に対してドップラー効果が発生して、周波数が変化する。そこで、送信波と反射波の周波数の差によって発生する唸り(ビート)を増幅して、それが一定以上のレベルに達したら起爆装置を作動させることにした。
さて。理屈はわかった。後はそれをどう実現するかだが、なにしろ集積回路どころかトランジスタもない時代である。仕方がないので真空管で回路を作ることになった。こうして登場したのがVT信管である。
実現しなければならない回路を大別すると、「電波を出す回路」「電波を受信して送信波と混合する回路」「唸りを増幅して信管を起爆させる回路」になる。そして、それぞれを1個ずつの真空管で実現したのだから驚く。しかも、それらを信管のサイズ(弾の口径を考えると、手のひらに載るぐらいのサイズだろう)の中に押し込めなければならない。
それだけでなく、弾を撃ち出した時にかかる衝撃に耐えられるようにしなければならない。おまけに、撃った弾は弾道を安定させるために高速で回転しながら飛んでいく。その際の遠心力にも耐えられなければならない。
そして、高角砲の弾で使うものだから、一発や二発では話にならない。品質を確保しながら何万個も大量生産できなければならない。
ちなみにVT信管という名称の由来だが、「VT = Variable Time」で時限信管の一種であると勘違いされることを企図した、という説がある。実際には時限信管ではなく、近接信管なのだが。
なお、ドップラー効果を利用する代わりに、一定の時間内に電波が戻ってきたら起爆する仕組みも考えられる。電波の速度は秒速30万km、これを秒速に直すと83,333m/s。仮に10メートル以内に敵機が入ったら起爆することにした場合、電波が往復する距離は10m×2=20mだから、電波が往復するための所要時間は20m÷83,333=0.00024秒となる。
その微少な時間差を精確に検出できれば、この方法にも実現性はある。しかし、数個の真空管だけで実現するとなると、どうだろう。
○現代の近接信管
現代でも、近接信管は対空兵器で広く使われている。高射砲とか高角砲とかいったものは滅多に出てこなくなったが、地対空ミサイル・艦対空ミサイル・空対空ミサイルでは、弾頭を起爆させるための信管が近接信管になっているのが普通だ。そして、弾の周囲に電波を出して、その反射によって「敵機が危害半径内に入った」と知るところは同じである。
なお、ミサイルによっては、電波ではなくレーザーを使用することもある。
今なら電子技術が進歩しているので、昔と比べれば、近接信管を実現するためのハードルは低くなったといえるかもしれない。とはいえ、コンパクトにまとめつつ高い信頼性を実現しなければならないのは同じだから、決して容易な仕事ではないだろう。
航空機だけでなく、地上目標に向けて砲弾やミサイルを撃つ場合にも、近接信管を使用することがある。地面に突っ込む直前に起爆させて、周囲に弾片をばらまきたい場合がそれだ。この場合、電波やレーザーを出す向きが、対空ミサイルの場合と異なる。砲弾や対地ミサイルは地面に向けて突っ込むのだから、前方に向けて電波やレーザーを出さなければならない。
余談だが、核爆弾も空中で起爆させるので、近接信管に類似した仕組みが必要である。自由落下式の核爆弾なら気圧高度計でも同じことを実現できそうだが、弾道ミサイル(またはその先端に搭載する再突入体)は落下の際に空力加熱に晒されるので、圧力検出用の穴を開けなければならない気圧高度計を使うわけにも行かないだろう。となると、電波を利用する方が確実そうだ。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。