11回、サヨナラ打を放った川島(4)に駆け寄るソフトバンクナイン=ヤフオクドーム

写真拡大

◆ 白球つれづれ〜第36回・年俸格差と野球偏差値

 これまで、何度も少年野球教室に立ち会ってきた。東尾修、中畑清、石毛宏典ら名だたるプロOBたちが、真っ先に言うのが基本の大切さだ。

 キャッチボールなら相手の胸にめがけて投げること。ゴロは手で取りにいかず下半身からリズムを作ること。走塁は最後まで手を抜かないこと。基本中の基本。これを繰り返して鍛え上げ、なおかつ投打に天賦の才を有す者だけがプロの門を叩く。果たして今年の日本シリーズ。ソフトバンクと横浜DeNAの戦いで明暗を分けたのはこうした、基本プレーの巧拙だったのではないだろうか?

 開幕前に話題を呼んだのは両球団の年俸格差だった。外国人選手を除く選手の年俸総額(2016年)はソフトバンクが42億800万円に対してDeNAは15億8622万円(選手会調べ)。12球団トップと最下位の開き。前者がシーズン、クライマックスシリーズを順当に勝ち上がってきたのに対して、後者はリーグ3位からの下剋上狙い。下馬評も当然のことながらソフトバンク優位は動かない。

 ところが、短期決戦では時としてチームの勢いやラッキーボーイの出現で流れは変わる。ベイスターズ側から見れば地元・横浜に戻ったあたりから普段着の野球ができるようになってきた。第3戦に惜敗して王手をかけられたが、続く第4戦でルーキーの浜口遥大があわやノーヒットノーランの快投。さらにJ・ロペス、筒香嘉智、宮崎敏郎のクリーンアップに当たりが戻ってくる。第5戦も接戦を制して勢いを掴んだかに見えた。

 運命の第6戦。勝者と敗者を染め分けたのはちょっとしたスモールベースボールの巧拙だ。DeNAが2点をリードして迎えた8回。一死三塁から砂田毅樹が柳田悠岐を一塁前の投ゴロに仕留めながら三走・城所龍磨の生還を許して1点差に。この場面、城所は三本間で一度立ち止まっていたのだから、投手は挟殺プレーに持ち込むのがセオリー。ここで、捕手や一塁手からそうした指示はなかったのか?

 結果、9回に内川のソロ本塁打で試合は振り出しに戻る。さらに延長11回、一死一二塁で松田宣浩の三ゴロを宮崎が捕球して三塁を踏んで一塁へ。併殺完成かと思ったら一塁に悪送球。ここでも松田が全力疾走で相手にプレッシャーをかけている。この直後に川島慶三の劇的なサヨナラ打が飛び出した。

◆ 両者の巧拙

 このシリーズを記録から検証すると、ベイスターズのチーム打率.239、7本塁打に対して、ホークスは同.219に4本塁打。だが注目すべきは四球と盗塁で後者が大きくリード。盗塁に限れば2個と6個、しかもベイスターズはことごとく盗塁を失敗し、チャンスの芽を摘まれている。

 逆にホークスは柳田が出塁すると今宮健太が手堅く送りクリーンアップにつなぐ。捕手が投球をはじいたわずかなスキも見逃さず得点につなげている。今宮と言えば第2戦の「神の手」の激走もあった。一度はアウトの判定からビデオ検証の末に決勝点につながったが、これも一瞬のミスが許されない場面での究極の走塁だった。

 「当たり前のことを当たり前にやることを常に心がけている」日本一の堅守を誇る今宮はまだ26歳。隙のない攻走守はもう名人の域に達している。

 確かに第4戦の終盤に摂津正と五十嵐亮太の豪華敗戦処理には驚いた。2人併せた年俸は実に7億5000万円。年俸格差は確かにあるが、一方で育成出身の石川柊太や甲斐拓也らは1000万以下のサラリーでも活躍している。このチーム内競争がもう一つの強みだろう。

 シーズン中から松田や内川聖一らの主力がベンチの最前列で大声を張り上げている。シリーズのクライマックスでは守護神のD・サファテまでが大きな仕草で全軍を鼓舞。最高の結末の後はみんなで歓喜の涙を流している。DeNAの善戦は賞賛できるが、勝敗の分岐点となった野球偏差値の差はまだ大きい。

 難攻不落の黄金軍団を倒すためにライバルは切磋琢磨する。これで13年の楽天から日本シリーズはパリーグの5連勝。「人気のセ」などとあぐらをかいている余裕はもうない。

文=荒川和夫(あらかわ・かずお)