投手の負荷の高い登板の<長期的><短期的>影響を考える。
第97回全国高等学校野球選手権大会も大会中盤に突入。1回戦では、延長戦も続き、投手の球数が増えたゲームも見られたが、今回は、その「投手の球数」について、データの視点から掘り下げて考える。過去に甲子園で500球以上投げた投手は長期的にみて活躍しているのか?など、興味深い内容が満載!
プロ以上の負荷が、短期間に集中的にかかる甲子園球児甲子園球場を舞台とする全国大会の場では、過去いくつもの名勝負が演じられ野球ファンを虜にしてきたが、その多くの中心にいたのは投手だ。
過酷な連投に耐えなければならなかったケースも多い。最近では、2年前の第85回選抜高校野球大会で、済美高の安樂 智大投手(現楽天)(関連コラム・インタビュー)が5試合で772球を投げ、ファンの声が賛否分かれたことがあった。さかのぼれば、2006年に行われた第88回全国高校野球選手権大会でも、早稲田実業の斎藤 佑樹投手(現日本ハム)が948球を記録したこともある。
安楽や斎藤のケースをプロ野球の記録と比較してみると、ローテーションの中心となってフル回転するエース級の投手が1ヵ月で記録する球数よりも多い。 今シーズン5月で最も多くのボールを投げた則本 昂大投手(楽天)(2014年インタビュー)は、30日間で633球。メジャーリーグでも5月の最多投球数だったデビッド・プライス(タイガース)も30日間で656球だ。 甲子園で行われる全国大会は春のセンバツで10日前後、夏の選手権大会でも15日前後である。つまり、半分以下の日数でプロ投手以上の球数を記録しているのである。
高校生の投手の球数が問題になるのはこの部分で、登板間隔が短く1試合で投げる球数も多い。 プロの投手が登板間隔を空け、球数を抑えるのは故障防止、コンディション維持のためとされている。これらは当然高校生にも必要とされるものだが、一発勝負のトーナメント方式という制度が、登板間隔と球数の制御をむずかしくしている。
高校野球を経ずにプロ野球選手になるルートは現在のところまだ未整備だ。こうした環境の中で、故障を回避しながらキャリアを積んでいかなければいけないのが、プロを目指す投手たちなのである。
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[page_break:〜長期的視点〜 夏の甲子園で500球以上を記録した投手のプロ入り後]〜長期的視点〜 夏の甲子園で500球以上を記録した投手のプロ入り後「甲子園優勝投手はプロで通用しない」という言説を聞くことがある。厳しい環境の中で投げ続けたため、何らかの故障を抱え、プロ入り後大きく成長できないことがあるはずだ、というイメージからくるものだろう。
そこで1980年から2009年までの夏の選手権大会で、500球以上を投じた投手を対象にその後のキャリアを追いかけてみる。 500球を基準にしたのは、4試合以上に先発として登板、1試合平均で125球を投じるような主戦投手というイメージに基づいている。4試合を戦うということは、チームは8強もしくは4強以上になったことになる。 そして、プロでの一定の成功を意味するであろうキャリアの基準としては「500投球回以上」「100試合登板以上」とした。ある程度の期間一軍戦力にならないと達成がむずかしい数字だ。
1980年代は、荒木 大輔氏(早稲田実業〜ヤクルト〜横浜)や桑田 真澄氏(PL学園〜巨人〜パイレーツ)(2013年インタビュー)らが全国区の人気を集めた影響もあったのだろうか、甲子園で活躍した投手の多くがプロ入り。500球以上を記録した投手39人のうち、20人が入団した。 その中で500投球回、100試合登板を果たしたのは8人。まずまずの割合で戦力になったといえるだろう。しかし、高校卒でありながらドラフト1位で入団した投手も9人と多く、この結果が「期待された割には働けなかった投手」という印象を強めた可能性はある。
その影響か、1990年代に入ると甲子園のヒーローのプロ入り、ドラフト1位指名は共に減少した。活躍したのが松坂 大輔投手(横浜高〜西武〜レッドソックス〜メッツ〜ソフトバンク)くらいしか思い浮かばない人もいるかもしれない。プロ入り後結果を出した投手の割合は下がっていない。
一方で夏の甲子園で500球以上を記録したケースは、1980年代の42回から35回に減ってもいる。エース一辺倒の戦いから分業制を組み入れたチームが増えたせいだろう。過渡期といえるかもしれない。
2000年代に入ると、500球以上を投じた投手はさらに減るが、投手としてのプロ入り、高校卒入団した人数は反対に増加。 ダルビッシュ 有投手(東北高〜日本ハム〜レンジャーズ)や田中 将大投手(駒大苫小牧〜楽天〜ヤンキース)(2013年インタビュー)らは夏の甲子園で500球以上を記録したが、プロに進んでも大活躍した。しかし、メジャーに移籍してからはどちらも肘を故障し、その後の回復が心配される渦中にある。
80年代から一貫して、夏の甲子園で8強以上に進んだチームのエースは、約半数がプロから評価され、入団後もある程度戦力になっていたようである。短期間での500球という負荷が、必ず投手生命を脅かすとはこの結果のみでいってしまうことはできない。 高校時代に活躍した投手ほどプロ入団後に大きな期待が寄せられ、結果を求められる。故障を発生、もしくは活躍できなかった場合は、高校時代の投げ過ぎと結びつけられやすい。その結果が「甲子園優勝投手はプロで通用しない」といった言説を生んでいる可能性はある。
ただ、根っこには周囲の甲子園での投手の酷使に対する危惧があるのは間違いない。関係者はそれを受け止め、故障防止のための線引きを積極的に探っていく責務があるだろう。
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[page_break:〜短期的視点〜 150球を記録した投手、次の試合の成績は]〜短期的視点〜 150球を記録した投手、次の試合の成績は前述の安樂投手は2013年春のセンバツ2回戦で延長13回232球を投げ、その1試合の球数の多さについても話題になった。 今季、6月28日までに消化したプロ野球の試合858試合のうち、150球以上を記録したのは4月24日の井納 翔一投手(DeNA)(2015年インタビュー【前編】【後編】)の153球、5月30日の菊池 雄星投手(西武)(2010年インタビュー・2011年インタビュー・2014年インタビュー)の153球と2回しかない。だが、甲子園では2010年以降の春夏11大会、計958試合で77回も発生している。
少ない選手の数でやりくりしなければならない高校野球では必然ともいえるが、日程がタイトな甲子園大会で1試合に多くの球数を投げてしまうと、その試合には勝てても、主戦投手のパフォーマンスは落ち、勝ち進むことに影響が生まれはしないか? そうした戦術的なマイナスはもとより、パフォーマンスを落とした状態でさらなる登板を重ねれば、様々な無理が生まれ故障やアクシデントにつながることも危惧される。 そのあたりを把握すべく「150球以上を記録した投手の次の試合の成績」を確認した。
1)2010年以降、150球以上を記録して勝利したチームの投手を拾い出す。2)150球以上投げた試合は32試合。この試合での成績を<A>とする。3)150球以上投げた試合から中3日以内に再登板したときの成績を<B>とする(計49試合。<A>よりも多いのは、中3日以内に2試合以上登板した投手がいるため)。4)150球以上投げた試合から中4日以上空けて再登板したときの成績を<C>とする(計10試合)。5)<A><B><C>の平均を比較する。*同じ大会での2回目以降の150球以上の登板は<B><C>として計算。
150球以上を記録し勝利した投手の多くは延長戦を投げ抜き、防御率も非常に優秀<A>。つまり、エースの好投で勝利をもぎ取っていたといえる。 しかし、次の試合が中3日以内だと防御率は悪化、投球回数も完投を記録できないラインにまで下がっている<B>。中4日以上空けることができた場合<C>は、防御率は悪化しているものの中3日以内での再登板<B>よりは改善され、投球回数も同じ傾向を示した。三振奪取率に至っては上昇しており、登板間隔とコンディションの関係は深そうだ。
集中的なトーナメント戦を戦う場合、このあたりの変化は本来戦術に取り入れられるべきだろう。あとがないという理由で投手に負担をかければ、その試合に勝ったとしても次戦以降は持てる力を十分に発揮できない。甲子園という大舞台で1試合でも多く試合をしたい、させてやりたいという思いは誰しもが抱くだろうが、優秀な投手を擁し全国制覇を目指せるような陣容のチームなどは、投手のコンディションをうまく管理することによって、より高い目標を実現できる可能性もある。
また、認識していない関係者はいないと思うが、登板間隔の短さによるパフォーマンス低下を示唆する結果は、身体的なダメージの発生を予想させるものであり、普通に考えればそのような登板は減らすべきだろう。
最近は、甲子園の日程を緩和すべきとの声が大きくなっているようだ。ただ、今春のセンバツでプロ注目の投手として評判になった高橋 純平投手(県立岐阜商)(2015年インタビュー【前編】【後編】)は、1試合100球で投げ切ることを目標にしていると伝えられ、球数を減らすことを意識したようなピッチングを見せた。激しい消耗を避けるためには、大会そのものの制度変更を待つだけではなく、本人を含めた現場が工夫することも重要だろう。
チームで勝利を目指すスポーツゆえに、ある角度からは「目の前の試合に全力を尽くす」ように見えない投球を目指すことはむずかしいこともあるかもしれない。 しかし、地方予選から始まる長い戦い勝ち抜くためには、コンディションを管理し、トータルで高いパフォーマンスを発揮する--もちろんケガをせずに最後の試合を終えるということも含めて--という発想が、結果的に近道になることもあるというのは、選手にも指導者にも意識を向けてほしいところである。
(文・高多薪吾+DELTA)
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