ブラック大学の内部からみた現状
今回は、『はてな匿名ダイアリー』から転載させていただきました。
■ブラック大学の内部からみた現状
東北大学がブラック企業にノミネートされた。
俺は東北大学を今年卒業した社会人だが、覚えてる範囲で概略をつらつら述べてこうと思う。
俺がいたのは理学部のとある学科だ。そこでマスターまでとった。
修論を書いてる時は心労でマジで死ぬかと思った。何度か理学部にある総合棟から身を投げそうになった。
今から話す内容はあくまで一部の事である。特定を避けるためにあえて抽象的にしてある。すまない。
いくつかの研究室に明かりがついている。しかも、決まって同じ部屋に。
東北大学のすべての研究室がブラックということではない。特定の研究室がブラックなのだ。
しかし、そのブラック研究室の労働環境は想像を絶する。
土日も来るのは当たり前、深夜12時を回っても帰る学生がいない。つまり、週七日フルで働くわけだ。
言葉で書くと簡単だが、実際にやってみると相当きつい。行方不明になる先輩を何人も見てきた。
体調が悪くなっても学校に出てくることはざら。休むとそこで実験がストップする。その影響で実験動物やサンプルが死んでしまうわけだ。そうするとさらに実験は後退する。
そうして体を壊してしまう人も何人もいる。
全体でみると8割から9割はそのまま卒業するが、残りの人たちはそういうブラック研究室に知らずに、もしくは夢を見て入ってしまい、大学を去らなければならなかった人たちだ。
そういう中で教授や准教授などはどうしているか。
当然彼らも同じような労働環境で働いている。(基本的に学生は教授らが帰ってからでないと帰れないが)
だが彼らは過酷な労働環境に対する耐性が強い。自分にできるのだから他の教員にも、学生にもできるという考え方を強く持っている。
その考え方と研究成果に対するプレッシャーがブラック研究室を生む。
研究室には進歩状況の発表がどこにでもあると思う。ブラック研究室はそれが圧倒的に厳しい。
そこで実験をしていないと思われる学生(つまり他の人と比べて早く帰っている学生)がつるしあげられる。
そこでまず実験能力について否定される。理学部を選んだ学生は大なり小なり研究者になりたいという夢を持っている。
それをまず徹底的に否定される。研究室においては先生方の言うことが絶対だ。
そして次に人格否定が入る。それを食らって心が折れない学生は少ない。
では実験をしていれば大丈夫かと言うと、そうでもない。研究成果が出なければつるしあげられる。
結局、運よく研究成果が出るまではつるしあげられるのだ。
俺は自分の大学しか知らないが、少なくとも、毎年一人、博士課程の学生が死んでいる。そして学部でも修士でも死ぬ人がいる。
それはほとんど報道されない。大学がもみ消すこともあるし、遺族が公表したくないということもある。
震災の後処理で死んだ人も結構たくさんいた。研究室だけではなくサークルでも。
人が死んでることは、ブラック研究室によって洗脳されている俺たちにとってはさほど大きく響かない。
それよりも研究成果を出さなければ自分が社会的に死ぬことが本能的に分かっているからだろうか。
次は自分かも。死への欲求は甘く、現実はあまりに辛い。そういう風に思っている人が結構いると思う。
そもそも今回の話が大きくなったのは働いている教員が亡くなったからだ。
大学内で自ら死を選ぶ学生については大きく取り上げられない。未来を担う人材とか言っておきながらだ。