「H」はエイチ、あるいはエッチと読むと思っていましたが、ウズベキスタンの警官が私のパスポートの番号をメモしていたとき、顔色一つ変えることなく「エヌ」と言っていました。これまでの常識は覆され、世界は拡張されました。ロシア語で使われるキリル文字だとHは「エヌ」なのです。ウズベキスタンはロシアと同じくソビエト連邦の構成国だったこともあって、日常的にキリル文字が使われていました。

こんにちは、自転車で世界一周をした周藤卓也@チャリダーマンです。キリル文字は鍛えたら解読できるようなりますが、タイ文字やアラビア文字はさっぱりでした。文字が読めないと目から情報が入ってこないので語学の習得もはかどりません。そういう私たちが使っているひらがな、カタカナ、漢字も外国の人にとっては奇妙なものでしょう。世界にはこれだけの文字がありました。

◆ヨーロッパ、カフカス

・ラテン文字/ローマ字(北米、南米、ヨーロッパ、アフリカ他)

ラテン文字は世界の主要言語である英語、フランス語、スペイン語に使われていることもあって、海外で1番見かける文字です。日本ではローマ字とも呼んでいます。世界中に普及した文字という利便性からアラビア文字だったトルコ語や漢字だったベトナム語にも採用されています。そもそもは古代ローマ帝国の公用語であるラテン語を表記するための文字でした。ギリシャ文字が元になっています。世界の標準と化したラテン文字は日本人の生活でも当たり前の存在ではないでしょうか。



・キリル文字(ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、ブルガリア、セルビア他)

キリル文字誕生にはギリシャ正教(東方正教会)が深く影響しています。まず、スラブ語圏(スラブ人地域)にギリシャ正教を布教するためグラゴル文字が作られました。このグラゴル文字はスラブ諸語の表記に適していましたが複雑でした。そのため、のちにギリシャ文字に近づける改良が加えられキリル文字となりました。そのままスラブ語圏で普及したキリル文字は現在もロシア、カザフスタンといった旧ソ連圏やブルガリア、マケドニア、セルビアといったバルカン半島で使われています。難しそうに見えるキリル文字ですが文字数は限られています。漢字には到底及びません。解読できるとスラブ諸語の語彙が増えますので、覚えてしまうことをおすすめします。



・ギリシャ文字(ギリシャ、キプロス)

ラテン文字、キリル文字の元になった文字がギリシャ文字です。ギリシャ語を使うギリシャやキプロスの文字。ギリシャ文字はγ線のガンマや、円周率を表すπ(パイ)、抵抗の単位となったΩ(オメガ)と、物理学や数学の単位にもなっています。アルファベットの語源となるα(アルファ)もβ(ベータ)もギリシャ語が由来。解読不可能とスルーしていましたが、Γはラテン文字でいうG、Рはラテン文字でいうR、というように一部がキリル文字と同じだったので、鍛えたらそこそこ読めるようになりそうな文字でした。



・グルジア文字(グルジア/ジョージア)

グルジアはイランとトルコの北、カスピ海と黒海に挟まれたカフカス地方の国です。今はジョージアと呼ばれています。この国のグルジア文字も独特でした。柔らかな丸みを帯びたかわいらしい文字となっています。



・アルメニア文字(アルメニア)

グルジアと同じカフカス地方にあるアルメニアにも独自の文字がありました。グルジア文字と似ていますが、横幅はなくスタイリッシュな形です。



ヨーロッパ、カフカスの文字はアルファベットという文字体系の分類があります。

◆中東

・アラビア文字(エジプト、他アラブ諸国)

アラビア文字はエジプト、ヨルダン、サウジアラビアといったアラビア語が公用語のアラブ諸国を中心に使われる文字です。一見するとミミズが這ったような字。そうなってしまうのは英語の筆記体や漢字の草書体のように、現在のアラビア文字における表記の原則が続け書きとなるため。しかし、基本は1字1字が独立しています。また、アラビア文字は右から左に進める表記(右横書き)が標準。イランのペルシア文字やパキスタンのウルドゥー文字もアラビア文字が元になっています。



・ヘブライ文字(イスラエル)

ヘブライ文字はイスラエルのヘブライ語の表記に使われています。こちらもアラビア文字と同じ右横書きが標準。ゴツゴツと角ばった文字でした。世界の文字の中ではかなりシンプルな形です。



アラビア文字、ヘブライ文字はアブジャドという文字体系の分類があります。

◆エチオピア、南アジア、東南アジア

・ゲエズ文字(エチオピア、エリトリア)

ゲエズ文字はエチオピアの公用語アムハラ語やエリトリアの公用語ティグリニャ語の表記に用いられます。シャーロック・ホームズの小説に出てくる踊る人形に似た文字もあったりとかなり独特。かつてはアクスム王国が栄えたりと、エチオピア一帯は世界史を学ぶ上では重要な場所で、アフリカでは珍しい独自の文字が今なお日常的に使われていました。



・デーヴァナーガリー(インド、ネパール)

デーヴァナーガリーは北インドの主要言語であるヒンディー語やネパールのネパール語の表記に用いられる文字です。文字の上部が横線で繋がっているのが特徴。普通の人がイメージするインドっぽい文字ではないでしょうか。しかし、実際のインドはいくつもの言葉が話され、さまざまな文字が使われています。



・ベンガル文字(バングラデシュ、インド)

そのインドっぽい文字ですが、ベンガル文字はデーヴァナーガリーよりは線が複雑でした。ベンガル人の言葉となるベンガル語に使用される文字です。ベンガル人の国がバングラデシュになります。また、コルカタ(カルカッタ)のあるインドの西ベンガル州でもベンガル文字は使われています。インド北東部のアッサム州のアッサム文字もベンガル文字とほぼ同一になるそうです。



・マラヤーラム文字(インド)

ドバイのあるアラブ首長国連邦、サウジアラビア、カタールといった湾岸諸国にはインドやパキスタンといった南アジアの国々の出稼ぎ先となっています。オマーンのホテルのレセプションも南アジアの人でした。そこにあった新聞が読めないと写真を撮ったのですが、どうやらインド南部ケーララ州で使われるマラヤーラム文字です。文字が繋がらず丸みを帯びていました。



・シンハラ文字(スリランカ)

インド洋の島国スリランカの大多数を占めるシンハラ人のシンハラ語の表記がシンハラ文字です。アットマーク(@)やカエルの顔に似た文字がありました。



・タミル文字(インド、スリランカ、マレーシア、シンガポール)

同じくスリランカで少数派であるタミル人のタミル語の表記はタミル文字でした。タミル人は南インドの主要な民族で、インドはもちろん移民となったマレーシアやシンガポールでもタミル文字は使われています。



・ターナ文字(モルディブ)

インド洋に浮かぶ島国モルディブにも独自の文字がありました。一文字一文字が2階建となるなんとも不思議な文字でした。



・タイ文字(タイ)

物は安いが不便はない。タイという国は物価と経済発展のバランスが取れたバックパッカーの楽園でした。ただ一つタイ文字という壁があって、乗り越えないとタイ語の習得がおぼつきません。目から情報が入ってきません。そのせいで、私は滞在した期間の割には、タイ語はさっぱりでした。



・クメール文字(カンボジア)

現地では隣国のタイ文字と一緒で解読できずほとんど気にしませんでしたが、改めて写真を見直すと別の文字でした。タイ文字より線がアグレッシブな印象。



・ビルマ文字(ミャンマー)

ミャンマーのビルマ文字は横一列に並べたコーヒー豆のようでした。全体的に丸みを帯びた文字です。



エチオピア、南アジア、東南アジアの文字はアブギダという文字体系の分類があります。

◆東アジア

・漢字

日本人があまり英語が得意でないのは全く別系統の言語だから当然。地理的な問題や歴史を省みても仕方ないでしょう。しかし、そんな私たちは漢字を扱えるので中国語習は有利になります。実際の中国語と日本語の発音もまた別系統で一筋縄とはいきませんが、それでも中国語の漢字の発音は日本語の漢字の音読みが鍵になっていますので、やはり勉強しやすい言葉だと思います。中国語の表記は全部漢字です。

・繁体字の漢字(台湾・香港)

台湾、香港で使われている漢字は繁体字、正体字と呼ばれます。簡略化されていない伝統的な漢字で、日本の旧字体に近い形をしています。画数が多く複雑な字体には戸惑いますが、日本の常用漢字の枠外にある漢字は簡略化されていないので、そういった漢字が応用できます。図の繁体字は圖ですが、部首くにがまえの中は辺鄙(ヘンピ)の鄙の左側と共通といった具合。



・簡体字の漢字(中国、マレーシア、シンガポール)

一方で中国大陸の漢字は思い切った簡略化がなされました。簡体字と呼ばれます。大幅に画数を減らすためにダイエットした漢字というイメージ。華人の方々が多いシンガポール、マレーシアの公教育やマスメディアでも簡体字が標準になっているようです。



・ハングル(韓国)

日本や中国と同じ漢字の国でしたが、韓国の文字はハングルへと切り替わっています。隣国ですので似ている言葉は聞こえるのですが文字は解読できず。でも、このハングルも面白くて金(キム)という韓国の姓ではkとiとmにあたるハングルをあわせて「김」という1つの文字を完成させます。ベースは漢字でした



・モンゴル文字(モンゴル)

モンゴルは旧ソ連の影響下だったこともあって、国内ではロシアと同じキリル文字が一般化しています。しかし、モンゴルにもモンゴル文字という独自の文字がありました。アラビア文字を縦書きにしたような文字です。なかなか見かけない文字ですが、見つけたら足を止めてみてください。一応、モンゴルの紙幣にはモンゴル文字の表記あり。



◆さまざまな文字がある世界

世界の文字に興味を持つと、また1つ旅の楽しみが増えます。

キリル文字によるセルビア語のアルファベット一覧。日本語のあいうえお50音表のようなものでした。



同じように、こちらはグルジア文字のアルファベット一覧。



多民族国家シンガポールには4つの公用語があります。危険の注意書きも「英語のラテン文字」「中国語の漢字」「タミル語のタミル文字」「マレー語のラテン文字」で4つの公用語に3つの文字でした。



同じようにスリランカも英語、シンハラ語、タミル語という3つの公用語に沿った「ラテン文字」「シンハラ文字」「タミル文字」と3つの文字が使われています。



日本人は「ひらがな」「カタカナ」「漢字」「ラテン文字」と、4つの文字を使いこなしていました。



世界のさまざまな言語と文字で書かれたお別れの挨拶。日本語は「さよなら」じゃなくて「バイバイ、またね」と。世界一の超高層ビル、ブルジュ・ハリファの展望台の出口でした。



記事を書くにあたって、各文字についていろいろ調べましたが頭がパンクしそうでした。実際の旅では珍しい文字があるので集めていたというだけで、記事も単なる紹介で済ませるなら簡単でしたが、自身の勉強もかねていろいろ書かせていただきました。おかげさまで、これまでスルーしていたタイ文字の子音字の周囲を母音符号が飾るというアブギダの仕組みは理解。

その道の方には物足りない内容かもしれませんが、世界の文字に興味を持つきっかけとして、さらなる勉強へと繋がるものになればと思っています。沼は際限なく深そうでした。

それぞれの国でそれぞれの文字が当たり前として機能しているわけですから、やはり「人類すごい」という結論に達します。海外を旅される方は世界の文字にも注目してみて下さい。特に東南アジアから南アジア、カフカスにかけては独自文字の宝庫でした。

(文・写真:周藤卓也@チャリダーマン

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