岩上祐三の表情は曇っていた。
 パウリーニョは言葉を失っていた。
 浦田延尚は吐き気に見舞われていた。
 
 3月25日、維新みらいふスタジアム。J2リーグ6節のレノファ山口FC戦に臨んだ松本山雅FCは、2-0とリードして後半アディショナルタイムに突入した。だが6連続遠征という「死のロード」のラストでようやく今季初白星をつかみかけていた矢先、パワープレーに屈して2失点。あわや大逆転負けかというシーンもあってドローに終わり、リーグ22チームのうち唯一未勝利の20位となった。大型補強を敢行してスタートダッシュを切るはずが、予想だにしない滑り出し。「J1昇格」ましてや「J2優勝」などという威勢のよい旗印は、現実味の薄い空疎な言葉になりかけていた。
 
 試合後。本州の西端まで遠路はるばる駆け付けたサポーターに、橋内優也が深々と頭を下げた。今季からゲームキャプテンを任されているセンターバック。当時の心境について、「山雅はある程度J2では結果を残してきたのに、今シーズン僕がキャプテンになって、もしかしたら一番勝てないチームを引き受けることになるのかなと思った」と振り返る。
 
 まさにどん底。だがこの失意から立ち直ったとき、松本の「奇跡のV字回復」が幕を開けた。正確に表現するなら、「√字回復」だろうか。大きなターニングポイントとなったのは、2度の大宮アルディージャ戦だ。
 
 まずはホーム。どん底の状況で迎えた7節の大宮アルディージャ戦、石原崇兆のファインゴールを皮切りに3-0と大量リードを奪う。後半は2失点を食らったものの、逃げ切って待望の初白星。しかもそれを、初顔合わせとなったJ1降格組から挙げられたという事実が、松本に浮上のエネルギーを吹き込んだのだ。高崎寛之が「力のあるチームから勝点3を取れてよかった」と言えば、飯田真輝も「大宮を相手に勝てたというのは大きい。来週からまた自信を持って戦えると思う」と手応えを口にしていた。
 
 そこから順調に勝点を積み上げ、後半戦スタートのアルビレックス新潟戦で2-0として首位に浮上。そして25節、またしても転機が訪れる。アウェーの大宮戦だ。35分に一発退場者が出て数的不利となり、45+3分には先制弾を許して折り返した。ただでさえ格上のホームで、10対11で1点ビハインド。これ以上ない逆境だと言えた。
 
 ここで鮮烈な輝きを放ったのが永井龍だった。56分に同点のPKを決めると、白眉は64分。藤田息吹のロングパスからカウンターを発動させ、永井はそのまま長い距離をドリブルしていく。ペナルティエリア付近で一度はスローダウンしたが、相手DFとGKの間を縫うようなゴールで勝ち越しに成功。殊勲のストライカーは「勝つか負けるかで上に行けるか行けないかが大きく違うと思っていた中でのゴール。大宮さんは1点取って(数的有利だと)気が緩むと思っていたし、それがチャンスになるから突いていこうと話をしていた。一瞬のチャンスを見逃さないようにしていた」と声を弾ませていた。
 
 以降も確かに、2位以下を突き放すような圧倒的な強さがあったわけではない。町田と横浜FCには連敗を喫したし、首位攻防戦となった39節の大分トリニータ戦も見せ場なく黒星。それでも粘り強くしたたかに戦い抜いたからこそ、最後に栄冠が転がり込んできた。最終節はアディショナルタイムに「ドロー狙い」というメッセージを込め、岩間雄大を投入。その通り0-0でクローズすると、望外の優勝でリーグを締めくくった。
 来季は2015年以来となるJ1に再挑戦する。反町康治監督の8季目も事実上決まっており、今度こそ「日本のトップ15入り」を目指すための熾烈な戦いに身を投じる。前回の昇格時と異なり、昇格すれば返却が前提となるレンタル組はひとりもいない。こうなった場合を想定したクラブの戦略で、その意味でも前回の反省を生かしていると言える。
 
「若くてこれからチームの根幹になる選手を獲得するのかどうか。外国人枠の問題も変わっていくから、そこを埋めるのかも協議していかないといけない。強気で勝負しないと」と指揮官。その目は早くも、勝負の来季を見据えている。
 
取材・文●大枝令(スポーツライター)