2018年3月に行われた楽天フリマアプリ新「ラクマ」CM発表会で出品するお手製のクラッチバッグを手に写真に納まる川栄李奈(写真:日刊スポーツ新聞社)

川栄李奈が「CMの女王」になりつつある。

サイト「ORICON NEWS」の「川栄李奈のCM出演情報」によれば、川栄李奈の今年に入ってからのCM出演は、アサヒ飲料、東京シティ競馬、エム・シーネットワークスジャパン(銀座カラー)、花王、第一三共ヘルスケア、KDDI、AOKIホールディングス、リクルートと、既に8社に及ぶ。これにオリックスや、NEXCO東日本、フリマアプリ『ラクマ』のキャンペーンなどが加わる。


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ちなみに、昨年の『2017年TV‐CMタレントランキング』(エム・データ)における「TV-CM会社数ランキング」女性部門は、ローラと広瀬すずが14社で首位だった。

今年の川栄李奈は、この「CMの女王・トップ2」に肉薄する勢いである。

何が魅力となって、CMに引っ張りだこになっているのだろう。私はその「普通力」が、彼女の魅力の根源だと考えている。

フジテレビ系『めちゃ×2イケてるッ!』の「抜き打ちテスト」の企画で最下位となったイメージが強かったこともあり、当初私は川栄李奈のことを、正直低く見積もっていた。しかしそれから、いくつかのドラマをキッカケとして、女優としての彼女の評価を、ぐんぐんと上げることとなったのだ。

2015年8月にAKB48を卒業

最初のキッカケは、2014年10月‐12月期のTBS系日曜劇場『ごめんね青春!』。宮藤官九郎特有の、やたらと複雑でにぎやかな脚本の中で、「神保愛」というおてんばな女の子の役を見事に演じていた(声を荒げるシーンが良かった)。この翌年にAKBを脱退し、女優の道を本格的に進んでいく。

これからのエンタメ界を支えていくであろう優秀な才能として、川栄李奈をしっかりと認めたのは、今年5月6日にNHK地上波で全国放送された、NHK大阪制作『アオゾラカット』である。大阪西成区の理髪店を舞台としたドラマで、川栄李奈が演じた「仲井遙」は、その理髪店の店員。

特に注目したのは、その「仲井遙」が発する関西弁の見事さである。私は、女優としての才能測定基準の1つに、方言の発音能力があると思っている。「言語的運動神経」の測定とでも言おうか。

そんな視点から、大阪出身の私は、関西を舞台としたドラマでの、俳優の関西弁をチェックするのだが、川栄李奈(神奈川出身)のそれは、ほぼ完璧だった。同じくNHK大阪制作の朝ドラ『ごちそうさん』(2013年)主演の杏(東京出身)や、『てるてる家族』(2003年)主演の石原さとみ(同じく東京出身)による関西弁のレベルをゆうに超えていた。

『ごめんね青春!』の「神保愛」と『アオゾラカット』の「仲井遙」に共通するのは、「どこにでもいる女の子」というキャラクターである。もう少し言葉を足せば、「どこにでもいる、パッとしない、心にちょっとした闇を抱えている女の子」。

それが川栄李奈の「普通力」。川栄がドラマの中にあらわれると、画面の中に「普通の風」が吹く感じがする。もちろんそれは川栄の素の力もあろうが、むしろ、素のように演じることができるという、本質的な演技力のたまものではないかと思う。

最近発売された『QJ クイック・ジャパン(vol.137)』(太田出版)の川栄李奈特集号に掲載されたインタビューでも、芝居が好きで好きでしょうがないことや、芝居を本格的にやるためにAKBを辞めたことなどを、はっきりと語っている。われわれの多くが思う以上に、川栄李奈の女優への意識は高いようだ。

川栄李奈の今後を分析してみる

では今後、川栄李奈は、女優として、どの方向に進んでいくべきなのだろうか。私はここで、川栄李奈を含む女優のグルーピングを試みてみたい。それは「23歳組」というくくり方である。

川栄李奈:1995年2月12日生まれ(23歳)
・松岡茉優:1995年2月16日生まれ(23歳)
・二階堂ふみ:1994年9月21日生まれ(23歳)

全員同学年の23歳。そして若手の中では「演技派女優」と言える3人である。ここから述べるのは、今後、川栄李奈には、松岡茉優や二階堂ふみと並び立つような女優になってほしいという、1人のエンタメファンとしての個人的願望である(余談だが「23歳組」には他に、広瀬アリス、早見あかり、清野菜名らがおり、さしずめ「演技派若手女優」界の「松坂世代」という感じだ)。

松岡茉優と言えば、まずはNHK朝ドラ『あまちゃん』(2013年)の「入間しおり」役であろう。ただ私にとって彼女は「映画女優」なのである。

傑作映画『桐島、部活やめるってよ』(2012年)の鬱屈した女子高生=「野崎沙奈」役の見事な演技。そして、何といっても、昨年末に公開された映画『勝手にふるえてろ』のおタクっぽいOL「ヨシカ」役の劇的なハマりっぷり。更には、カンヌ国際映画祭の最高賞であるパルム・ドールを獲得した『万引き家族』の風俗嬢「柴田亜紀」役など、まさに若手女優のリーダーとして、着々と地歩を固めつつある。

もう1人の二階堂ふみも絶好調である。今年2月公開の映画『リバーズ・エッジ』における、陰鬱な女子高生「若草ハルナ」役の体当たりの演技は忘れられないし、テレビでは、何といってもNHKの大河ドラマ『西郷どん』における「愛加那」役の迫真の演技は、本人にとってもエポックとなるだろう。

この、川栄李奈より一歩進んだ地点まで進んでいて、まさに「どこにでもいる、パッとしない、心にちょっとした闇を抱えている女の子」を見事に演じきる「23歳組」の2人に対して、川栄李奈はどうポジショニングしていけばいいのか。

そのヒントもやはり「普通力」ではないだろうか。

川栄李奈はどう勝負すべきか

松岡茉優も二階堂ふみも、先のフレーズの中では、「どこにでもいる」感よりも「ちょっとした闇」感を強めに演じるときに、独自の強力な魅力を放つ。だとしたら、その「ライバル」(と勝手にさせていただく)となる川栄李奈は、「どこにでもいる」感で勝負するのはどうだろう。

若者の目が、テレビや映画の画面から、スマホの画面に奪われている。私はこの変化を、構造的で不可避な変化だと考える立場だが、ただ、テレビや映画の画面が、「普通の若者のリアリティ」を十分に映し出しているとも言えないだろう。その結果、若者の目がテレビや映画から遊離したという見方も出来ると思う。

だから、「CMの女王」は、単なる経過点で良いと思う。川栄李奈には、「CMの女王」で得た知名度を武器としながら、その抜群の「演技力」「普通力」を活かして、テレビや映画の画面を「普通の女の子のリアリティ」でいっぱいいっぱいにしてほしいのだ。

この秋に公開される川栄李奈の主演映画『恋のしずく』で、川栄は「農大の理系女子」を演じるという。さらに期待されるのは、宮藤官九郎が脚本を手がける来年のNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』で、川栄は、神木隆之介演じる落語家の妻を演じるという。

「理系女子」と「落語家の妻」。川栄李奈の「普通力」を発揮するのに最高の役回りではないだろうか。また川栄自身が「共演したい」と熱望していた神木隆之介との取り合わせも、川栄に大きな刺激を与えるだろう。

まだたった23歳の女優3人が、その抜群の演技力で、日本のエンタメ界を面白くしていく。その中で川栄李奈は、その「普通力」で独自の存在感を築いていく。そして、日本のエンタメ界に、虚飾ではない「普通の女の子のリアリティ」を吹き込み、「CMの女王」から、「普通力の女王」になっていく――。

最後に、男性の「23歳組」を1人紹介しておこう――大谷翔平、1994年7月5日生まれ。「23歳組」は「松坂世代」ではなく「大谷翔平世代」だったのだ。だから川栄李奈には、大谷に負けないスケールまで、大きく高くはばたいてほしい。でも思いは高くとも、演技は普通に、普通に。

(文中敬称略)