必要不可欠なのに知名度がない“病理医”その実態とは?
日本の医療業界が抱えている問題の一つに“医師不足”がある。日本の人口に対しての医師の数はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも平均以下で、対策が急務となっている。
しかし、その医師不足は、医療業界の中に格差を作りつつあるという。
産婦人科医や小児科医の不足はニュースでも聞いたことがあるだろうが、「病理医」の不足は医療業界に携わる人以外はなかなか耳にしないはずだ。
実はこの「病理医」、患者と接することはあまりないものの、とても重要な役割を担っている。
病理医の榎木英介さんによる『医者ムラの真実』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/刊)は医療業界の実態を赤裸々に明かした一冊として高い評価を受けている。
榎木氏は本書の中で病理医不足の窮状を声高に叫んでいるのだが、そもそも病理医とはどんな医者なのかというところから説明せねばならないだろう。
医師は診察をしたり治療をする人だと思い込んでいるとすれば、それは大間違いだ。裏方の仕事ももちろんある。それを担う代表的な存在が病理医だ。
病理学をWikipediaで調べると「病気の原因、発生機序の解明や病気の診断を確定するのを目的とする、医学の一分野」とある。つまり、病気の診断を行うのが、この病理医の仕事の一つといえる。
もっといえば、私たちが例えば手術や検査を受けたときに採取された材料は病理医にもとで診断される。これは病理診断と呼ばれ、この病気は何なのかを決めたり(確定診断)、腫瘍が取りきれているかを調べたり(切除の適格性)、手術前に腫瘍の広がりを調べる術前治療の評価など、治療方針を決定するための情報を提供したりするのだ。
つまり、ここでミスが発生するということは、患者にとって命取りにもなることが容易に想像できる。肺にある塊が癌なのか結核なのかで治療法は大きく変わるが、もしその判断を病理医が誤ったとすれば…。非常に責任の重い仕事なのだ。
ところが、この病理医、知名度が低ければ、志望者も少ない。全国に1600名程度という「絶滅危惧種」のような少なさにも関わらず、病理診断だけではなく解剖や学生の教育、研究も加わる、いわゆる激務をこなす毎日をおくっている。
近年、病理検体は急増しており、やや古いデータだが、1987年から88年と2002年のデータを比べてみると、全国の病理診断数は約196万件から約373万件と倍近くに増えている。
その一方で、病理解剖(剖検)だけは減っていて、1980年代は年間約4万件あったのが、今は1万5000件を割り込んでいるという。これは、解剖を望む家族が減ったり、医者と患者の信頼関係が薄くなっていること、さらには病理医の多忙さも要因の一つとなっている。
病理医に対するニーズは増える一方で、数は少なく、一人当たりの負担はどんどん増えていく。そうなると、どのような病変が見えたか、どうしてその診断に至ったのかの根拠を示す報告書を書くだけでも精いっぱい。研修医に対する指導もある。こうして仕事が増え続けると、余裕がなくなりミスも多くなるのは自明だ。しかもそのミスは「起こってはいけないこと」である。
さらに、病理医不足は医師個人だけでなく、地域医療にも大きな影響を与えているという。地域の病院で、常勤の病理医がいないところも珍しくない。非常勤として病理医が勤務しているものの、毎日いるわけではないので、病理医が必要な手術ができる日が少なくなったりすることも起こる。一つの専門科の医者が不足するだけで、全体にしわ寄せがいくという状態ができているのだ。
榎木さんは42歳だが、まだ病理医の中では若手の立場。そんな中でも病理医の必要性が過酷な状況が少しでも伝わるように、『医者ムラの真実』を執筆したそうだ。
日本医師会の2008年のデータによれば、病理診断医の必要最低医師数倍率(医師の有効求人倍率)は3.77倍。これは産科・産婦人科の1.29倍、小児科の1.15倍よりもはるかに高い。榎木氏は産婦人科医や小児科医のように、しっかりとしたアピールをして、病理医の環境改善や待遇の向上をはかるべきだと提案している。
なにはともあれ、医療に関わらない人がほとんどいない以上、「病理医」という存在は知っておくべきだろう。その上でも、本書は読んでおくべき一冊であるはずだ。
(新刊JP編集部)
しかし、その医師不足は、医療業界の中に格差を作りつつあるという。
産婦人科医や小児科医の不足はニュースでも聞いたことがあるだろうが、「病理医」の不足は医療業界に携わる人以外はなかなか耳にしないはずだ。
実はこの「病理医」、患者と接することはあまりないものの、とても重要な役割を担っている。
病理医の榎木英介さんによる『医者ムラの真実』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/刊)は医療業界の実態を赤裸々に明かした一冊として高い評価を受けている。
医師は診察をしたり治療をする人だと思い込んでいるとすれば、それは大間違いだ。裏方の仕事ももちろんある。それを担う代表的な存在が病理医だ。
病理学をWikipediaで調べると「病気の原因、発生機序の解明や病気の診断を確定するのを目的とする、医学の一分野」とある。つまり、病気の診断を行うのが、この病理医の仕事の一つといえる。
もっといえば、私たちが例えば手術や検査を受けたときに採取された材料は病理医にもとで診断される。これは病理診断と呼ばれ、この病気は何なのかを決めたり(確定診断)、腫瘍が取りきれているかを調べたり(切除の適格性)、手術前に腫瘍の広がりを調べる術前治療の評価など、治療方針を決定するための情報を提供したりするのだ。
つまり、ここでミスが発生するということは、患者にとって命取りにもなることが容易に想像できる。肺にある塊が癌なのか結核なのかで治療法は大きく変わるが、もしその判断を病理医が誤ったとすれば…。非常に責任の重い仕事なのだ。
ところが、この病理医、知名度が低ければ、志望者も少ない。全国に1600名程度という「絶滅危惧種」のような少なさにも関わらず、病理診断だけではなく解剖や学生の教育、研究も加わる、いわゆる激務をこなす毎日をおくっている。
近年、病理検体は急増しており、やや古いデータだが、1987年から88年と2002年のデータを比べてみると、全国の病理診断数は約196万件から約373万件と倍近くに増えている。
その一方で、病理解剖(剖検)だけは減っていて、1980年代は年間約4万件あったのが、今は1万5000件を割り込んでいるという。これは、解剖を望む家族が減ったり、医者と患者の信頼関係が薄くなっていること、さらには病理医の多忙さも要因の一つとなっている。
病理医に対するニーズは増える一方で、数は少なく、一人当たりの負担はどんどん増えていく。そうなると、どのような病変が見えたか、どうしてその診断に至ったのかの根拠を示す報告書を書くだけでも精いっぱい。研修医に対する指導もある。こうして仕事が増え続けると、余裕がなくなりミスも多くなるのは自明だ。しかもそのミスは「起こってはいけないこと」である。
さらに、病理医不足は医師個人だけでなく、地域医療にも大きな影響を与えているという。地域の病院で、常勤の病理医がいないところも珍しくない。非常勤として病理医が勤務しているものの、毎日いるわけではないので、病理医が必要な手術ができる日が少なくなったりすることも起こる。一つの専門科の医者が不足するだけで、全体にしわ寄せがいくという状態ができているのだ。
榎木さんは42歳だが、まだ病理医の中では若手の立場。そんな中でも病理医の必要性が過酷な状況が少しでも伝わるように、『医者ムラの真実』を執筆したそうだ。
日本医師会の2008年のデータによれば、病理診断医の必要最低医師数倍率(医師の有効求人倍率)は3.77倍。これは産科・産婦人科の1.29倍、小児科の1.15倍よりもはるかに高い。榎木氏は産婦人科医や小児科医のように、しっかりとしたアピールをして、病理医の環境改善や待遇の向上をはかるべきだと提案している。
なにはともあれ、医療に関わらない人がほとんどいない以上、「病理医」という存在は知っておくべきだろう。その上でも、本書は読んでおくべき一冊であるはずだ。
(新刊JP編集部)