「温度調整」「pH値」「油コーティング」どれがいい?

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和食の定番でおふくろの味といえば、肉じゃが。誰にも好まれる総菜だが、作るのは簡単なようで案外難しい。ジャガイモのホクホクした食感は楽しみたいが、あまり長く加熱しても煮崩れてしまう。ちょうどいい具合のやわらかさにする手だてはあるのか。今回は、その策を専門家に聞いた。

――ジャガイモはなぜ煮すぎると溶けてしまうのですか。

 

先生 ジャガイモにはペクチンという物質が含まれています。この成分は、細胞壁を構成し、さらに細胞と細胞の接着剤のような役割を果たしています。加熱をして80度以上になると、ペクチンは分解されやすくなり、細胞と細胞をつなぎ止める働きが弱まり、煮崩れてしまうわけです。圧力鍋のように120度くらいで加熱すると、ペクチンの分解が速いため、短時間で煮崩れてしまうのです。

――ペクチンによる細胞間の接着をほどよく緩めることが、ジャガイモらしいおいしさにつながるんですね。でも、緩み過ぎては台無し。煮崩れ防止にはどんな工夫ができますか。

 

先生 まず、比較的簡単に煮崩れ防止ができるのは温度コントロールです。ジャガイモを水から加熱してゆっくり温度を上げれば、外側も中心部分もほぼ均一に温度上昇が起こります。50〜80度、特に60度付近を通過するときに、ジャガイモが硬くなる現象が起きるのでその後に80度以上で長く加熱してもペクチンが分解されにくく煮崩れしにくいんです。

――温度の調整に注意しないといけないんですね。

 

先生 ただ50〜80度の時間があまりに長いと、そのあといくら加熱してもやわらかくなりません。たとえば60度付近を2時間保つと生の状態よりも硬くなることもあります。あとからどんなに長く加熱しても硬い状態なんです。

――肉じゃがに梅干しを入れると煮崩れ防止にいいという話を聞いたことがあります。本当ですか?

 

先生 煮汁への影響を考えると有りうるでしょう。ペクチンは、中性、アルカリ性の状態では熱で分解されやすいのですが、酸性になると分解されにくくなります。梅干しにはクエン酸という酸性成分があり、煮汁に梅干しを入れるとより酸性になり、加熱したときジャガイモが崩れにくいのです。ただし、しょうゆを入れた調味液そのものがやや酸性のため、水煮よりは煮崩れしにくいです。酢やレモンなど酸性のものなら梅干しと同じ効果があります。pH(ペーハー)という、酸性とアルカリ性のレベルを表す水素イオン指数があります。pH7が中性で、7超〜14がアルカリ性、7未満なら酸性です。ペクチンはpH4が一番分解されにくいんです。pH4未満、例えば2付近のとても酸っぱい状態では、今度はペクチンが分解されやすくなります。

――pHですか。化学の実験みたいですね。

 

先生 ただpH4だと、煮崩れしにくく硬くはなりますが、酸っぱい肉じゃがになり、好ましくない味になると思います。普通の肉じゃがの煮汁はしょうゆの量にもよりますがpH5〜5.5くらいなので、梅干しを入れて4〜4.5くらいにすると明らかに酸味を感じます。砂糖をたくさん入れて酸味を甘味で隠してしまうなどの工夫をしても、味の調整が難しいのではないでしょうか。“梅干し入り肉じゃが”という味になります。

――pH4付近にするには梅干しが何個いりますか。

 

先生 食材の量や切り方、調味料(しょうゆ、砂糖、みりんなど)を混ぜた汁の状態、火力などで、加える梅干しの量は変わってくるので、pHを測るといいです。

――簡易的にpHを測れるグッズが売られているから、利用できそうですね。子供を巻き込めば、キッチンが理科の実験室のようになります。

 

先生 おおまかでもよいなら、煮汁の一部を小さなお皿にとって、試験紙にちょっとつけるだけでわかります。もっときちんと測りたいなら、デジタルで測定できるpHメーターという商品も売られています。実験としては面白いと思いますが、煮崩れ防止になるほど梅干しを入れると酸味が強くなります。

――煮崩れを防ぐために、煮る前にジャガイモの表面が少し透き通るまで、油で炒めるという人もいますね。

 

先生 それはジャガイモの表面を油でコーティングして膜を作ってペクチンの溶出を防ぐ効果がありますね。
 煮崩れ防止の基礎知識としてジャガイモの種類も重要です。ジャガイモは大きく分けて、デンプンの少ないメークインのような粘質性のいもと、デンプンの多い男爵いものような粉質性のいもがあり、煮崩れしにくいのは粘質性のいもですね。細胞同士がよくくっついて離れにくいんです。最近のメークインのタイプにはいろいろあって一概には言えませんが、長い時間の煮込みを要する料理は粘質性のほうが適しています。粉ふきいもなら粉質性です。

 

結論:梅干しを入れる奇策もあるが、味の調整が難しい

 

pH試験紙を買って、身近な食品のpH値を測ってみると、それまで中性だと思っていたしょうゆ、みりん、ジュースなどが酸性だということを知りました。一度試してみると面白いですよ。

 


先生:香西みどり/お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授
調理科学が専門。著書に『調理がわかる物理・化学の基礎知識』、監訳を担当した本として『マギー キッチンサイエンス―食材から食卓まで』がある。

(大塚常好=文 市来朋久=撮影 塩出尚子=撮影協力
先生:お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授 香西みどり)