オバマってよく再選したよなあ『教科書に載ってないＵＳＡ語録』
思えば１月前にはアメリカ合衆国の大統領選挙が真っ盛りで、バラク・オバマの民主党政権はどうなるのかと見守っていたわけである。2009年に大統領に就任したオバマは、ブッシュＪｒの時代の負債を背負わされ、医療政策改革には保守層からの猛反発があり、しかも人種や出自についての根も葉もないデマを流され、とのっけから問題山積みで、大丈夫？ おなか痛くならない？ と要らぬ心配までしたくなったものだ（そういえば安倍晋三氏のおなかは大丈夫なんですかね）。よく再選を果たした、と感心させられる。
今では比較的よく知られるようになった茶会党（Tea party）という政治運動についても、連載開始から間もない時点で町山は取り上げている。「teabaggers（ティーバッグする人）」という章がそれで、オバマが進めようとしている医療保険改革に対して過激な反対運動を繰り広げている連中は、実は一般市民でもなんでもなく保守系政治団体によって組織的に動員されたニセの草の根運動家だと指摘しているのである。これがパーティ運動家について書かれた最初のコラムだ。ちなみにニセの草の根運動なので屋内球場アストロドーム用の人工芝に喩えてAstroturfingとも言うらしい。プロ市民って言うよりなんかかっこいいですね。
その抗議活動を行った人々は（ティー・）パーティー運動家を自称した。語源はアメリカの独立戦争における史実に基づいている。アメリカの独立運動は、英国が紅茶に高い税金をかけることに怒った市民がイギリス東インド会社の茶葉の船荷を海に棄てる事件を起こしたことから始まった。増税を含むオバマの改革政策をそれになぞらえて批判しているわけである。しかし町山は「オバマが増税する対象は年収2500万円以上の富裕層以上のみ、とんだ金持ちの草の根だ」と皮肉る。Astroturfingたるゆえんだ。
『ＵＳＡ語録』は決してお堅い内容ではなく、取り上げられている言葉も若者の流行語やセレブのスキャンダルにちなむものなど、ほとんどは肩の凝らないものばかりである。たとえば日本で使われる「みたいな〜」や「ウッソぴょ〜ん」に当たる言葉が「like」や「Sike!」であることがこの本を読むとわかるし、ネット用語で言うところの「釣り」がアメリカでも同じ意味の「troll」であると知ることができる。また「Octo mom」「Tanning mom」はそれぞれ、八つ子（！）を含む14人の子供を無計画に産み、メディアを騒がせたナディア・スールマン、幼稚園児の子供にひどい日焼けをさせて児童虐待の疑いで逮捕されたパトリシア・クレンチルのことを指している。子だくさんを売り物にするタレントまがいのしろうとや子供からすれば迷惑としか言えない化粧をさせる親って日本以外にもいたんだ、と不思議な気持ちにさせられる。
だが、やはり印象に残るのは現代の世相について書かれた章だ。町山さんもアメリカで子育てをしているし、バカニュースばかり見て笑っている場合じゃないわけである。世の中がおかしな方向にいこうとしているのを感じたら、そりゃコラムでも書いて警鐘を鳴らしたくなるってものだ。
「Who is Osama Bin Laden? （オサマ・ビン・ラディンって誰？）by アメリカの若者たち」の章では、2011年5月11日にオバマ大統領がオサマ・ビン・ラディンを射殺したと発表したところ、ホワイトハウス前に星条旗を持った群衆が押しかけ「ＵＳＡ！ ＵＳＡ！」とシュプレヒコールを繰り返したというニュースについて書いている。町山は「ＵＳＡ」コールを送った連中のほとんどが、世代的に9・11テロで深刻なトラウマを受けているはずがない大学生だった、という調査を引き、ではなぜシュプレヒコールを上げたのか、という問いについて以下のようなボストン大学の学生の意見を紹介している。
「単にみんなで騒ぎたかったのかも」
2012年には日中・日韓間で外交摩擦が起き、一部では暴動や理不尽な排斥運動が起きた。そこに参加した中にも「単にみんなで騒ぎたかった」だけの者がいたのではないか、と考えさせられるくだりである。
そんな具合に硬軟取り混ぜた話題が紹介されている本だ。最多出演を誇るのは共和党の元アラスカ州知事サラ・ペイリンで、彼女は今年の大統領選挙に出馬すると言われ続けたが、結局果たせなかった。本書に多く取り上げられていることからもわかるとおり失言が多かったようで、そういうことも災いしたのだろう（ちなみにこの人もティー・パーティー運動の支持者である）。
次点はやはりオバマ大統領である。オバマは共和党によってたびたび無根拠な中傷をされることがあり、そのたびに汚名を晴らすために要らぬ力を浪費させられてきた。
本書には、澤井健によるイラストが一部週刊誌連載のまま収録されている。町山が文章で書かなかったことまでも意を汲んで描いてしまう絶妙なコンビネーションで、イラストが本の価値を３割は上げているのである。その中でも笑えるのが、要らぬ濡れ衣を着せられた大統領の気持ちを代弁する「シリーズ：叫ぶオバマ」だ。
キリスト教徒なのにイスラム教徒なのではないかと疑われ「ムスリムちゃうわー!!」、医療制度改革が州の自治権の侵害だと訴えられ「侵害ちゃうわー!!」、同じく国民皆保険制度が社会主義的であり全体主義を目指すものだと誹謗されて「社会主義とちゃう！ ちゃうねんでぇ!!」と毎回大号泣で訴えている。たいへんだなあ、オバマ。
実はこうした無根拠な批判は、立法府である議会で正々堂々大統領にぶつけられたものではなく、保守系メディア（ＦＯＸが共和党のプロパガンダに徹した右傾のメディアであることは有名だ）によるネガティブ・キャンペーンで行われたものである。ネガティブ・キャンペーンの多くが、政治家に対する信頼を損なわせ、その座から引きずり落とす目的で行われることはビル・クリントンの下半身スキャンダルなどでも見てきたとおりだ。
また、オバマの非ＷＡＳＰ的な要素を衝いて、「アメリカ的ではない」と排除しようとするやり方は、有権者に思考停止をうながす狡猾な手法といえる。世の中をＡと非Ａだけに分け、どちらに属すかを決定させようとする者に対しては、常に警戒心を持って接しなければならない。これから選挙もあるし、用心深くならないとね。この国にも首を傾げたくなるような草の根運動家はいるし、マスメディアを利用して有権者を操作しようとする政治家もいる。本書で紹介されたような事態はまったく他人事ではないわけである。
以上、『教科書に載ってないＵＳＡ語録』を読んで考えたこと、でした。なんか思ったより真面目な感じになったので、どうでもいいことを最後に書いて終わりにします。
本書でたびたび名前が出てくるタカ派政治家のサラ・ペイリンなのだが、私がその名前を知ったのは、非常に下世話なメディアだったのである。アメリカのポルノ界にはＭＩＬＦというジャンルがある。略語の意味はとても下品なので自分で調べてほしいが、要するに「熟女もの」だ。
そこに属する女優にリサ・アンという人がいる。彼女は数年前からペイ・リンという別名でも活動をしており、ロイド眼鏡やスーツといったわかりやすいサインを出して、自分は高い女、強い女なのよ、ということをアピールしていたのである。今回『ＵＳＡ語録』を読んで、それがサラ・ペイリンのパロディであることにようやく気づいた次第。アメリカ人は自国の大統領になるかもしれなかった人をパロディ・ポルノの題材として消費していたわけである。同じようなことを日本でやったとしたら、ちょっと笑えないことになりそうだ。アメリカ人の全部は好きじゃないけど、こういうところはいいなあと思いました。
（杉江松恋）
