『オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く』(ダイヤモンド社刊)
なぜ、審判は地元に有利な笛を吹くのか? なぜ、タイガー・ウッズもパットを外すのか? ストライクゾーンはカウントで微妙に動くって本当? はたしてファンは敵か、味方か? などなど、スポーツにまつわる様々な格言、定説を「行動経済学者」と「スポーツ誌記者」が様々なデータや実際の試合例をもとに読みといていく。

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「お前の為にチームがあるんじゃねぇ チームの為にお前がいるんだ!!」

『スラムダンク』安西監督の言葉の中でも「あきらめたらそこで試合終了だよ」に次ぐ名言ともいえるこの一節。
バスケットボールに限らず、チームスポーツの経験がある方であれば、似たような台詞を顧問の先生や監督から言われたことがあるのではないでしょうか。やれ「個人プレーに走るな」、やれ「チームプレーに徹しろ」etc. 同様の例は当然、英語圏にも存在します。

「There is no "I" in "team".」〈チーム(team)の文字にオレ(I)はない〉

バスケ漫画『あひるの空(4巻)』でも使われたこともあるのでご存知の方も多いでしょう。世界最高峰のNBAにおいてもよくコーチが発していると言われていますが、スポーツ界にはこの他にも、古くから使われる格言やセオリー、定石といったものが数限りなく存在します。

曰く「ディフェンスを制する者が勝負を制す」
曰く「ホームチームのほうが有利。なぜならファンの後押しがあるから」
曰く「審判は地元に有利な笛を吹く」「ボールカウントによってストライクゾーンは変化する」etc.

様々なスポーツシーンで「常識」として使われるこれらの言葉。でも、本当にその通りなんだろうか?
得てして常識は疑わないからこそ常識だったりするものですが、その一方で世の中には「何でも疑ってかかるのが好き!」というやっかいな人種もまた存在します。今回紹介する本『オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く〜今日も地元のチームが勝つ本当の理由』は、スポーツ好きが高じてそのままライターになってしまった人(スポーツ・イラストレイテッド誌記者)と、スポーツ好きなあまりに研究にスポーツを持ち込んでしまった経済学者(シカゴ大学ビジネススクール教授)による、スポーツの「常識」を疑ってかかる本です。膨大な量のデータを積み上げていくことで「原因」と「結果」の因果関係を紐解いていきます。同じくスポーツ好きであれば読みどころ満載だと思うのですが、アメリカで出版された本のため検証材料には主にMLB、NBA、NFL、ゴルフ(というかタイガー・ウッズ)を扱っているので、スポーツ好きの中でも特にアメリカン・スポーツが好き! という方にもってこいの本でしょう。

行動経済学とは、「人間の経済行動は合理的な判断に基づくもの」という典型的な経済学を前提とするのではなく、「人間の判断は感情に基づくもの」であり、常にその感情に左右されるから「必ずしも合理的な行動をとるわけではない」という考え方をもとに、人間がどのような状況下で、どのように選択・行動し、その結果どうなるかを究明していく学問です。

例えば、冒頭でも紹介した格言「チーム(team)の文字にオレ(I)はない」。これをNBAに当てはめ、正しいのか否かを検証していきます。
過去20年のNBAにおいて歴代ベストプレイヤーを挙げよ、といわれれば、好き嫌いで多少ブレは生じるでしょうが、ガードであればマイケル・ジョーダンにコービー・ブライアント、フォワードならティム・ダンカンとレブロン・ジェイムズ、センターであればシャキール・オニールとアキーム・オラジュワン、といったメンツがまあ鉄板といえるでしょう。そして驚くべきことに過去20年、毎年この6人のうち誰かはNBAファイナルに出場しているという事実を提示します。つまり、強烈なスーパースター(=「オレ(I)」)こそが勝利の2文字のためには必要不可欠な存在なのだ、ということになるわけです。

さらに著者はデータを掘り下げ、オールスターゲームのスタメン出場選手がいないチームは、NBAで優勝できる確率は0.9%しかなく、オールスター選手が1人いれば7.1%に、2人いる場合は25%、3人いる場合は39%にまで優勝の確率が跳ね上がるという数字を導きだします。事実、昨季のNBAでは「スリーキングス」(レブロン・ジェームズ、ドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュ)と呼ばれる3人のオールスター選手を擁するマイアミ・ヒートが優勝を果たし、勝利にはたくさんの「I」が必要であるという結果を裏付けてしまいました。

スーパースターがいなきゃ勝てないなんて今どき当たり前だろ! と思われる方も多いと思いますが、一方でこの本の中では、スーパースターと呼ばれる存在の中でも、勝利をたぐり寄せる「価値のある選手」と「そうでない選手」の見分け方にまで深く潜り込んでいきます。そのやり玉に挙げられるのが、シャキール・オニールの後、現在のNBAにおいてNO.1センターとも称されるドワイト・ハワード。2度のNBAディフェンシブMVPに輝く実績を持つハワードにもかかわらず、彼の代名詞でもあるブロックショットを「数」ではなく「価値」に換算すると、リーグ下位に相当すると指摘します。
具体例として、232本ものブロックショットを成功させてNBAディフェンシブMVPに輝いた2008年の成績を取り上げ、ハワードがブロックしたボールは往々にしてスタンドに飛んでいく(つまり、マイボールにはならない)のに対し、前述の歴代ベストプレイヤー:ティム・ダンカンのブロックショットは、数は149本と100本近い差があるにもかかわらず、その多くがチームメイトの手に納まっていると記します。このブロックショットの価値を数値化すると、ハワードが0.53ポイントであるのに対して、ダンカンは1.12ポイントと、倍近い評価になるのです。

今季のNBAにおいて大注目なのが、このハワードのロサンゼルス・レイカーズへの電撃移籍。スーパースター:コービーに加え、「スーパーマン」ことハワードと、同じくリーグ屈指のポイントガード:スティーブ・ナッシュも加入したレイカーズを早くも優勝候補最右翼に押す声が専門誌でも多いですが、ハワードに関するこの研究結果を知っていると、また感じ方が変わってくるでしょう。


本書では他にも、前述した数々の「スポーツの常識」をひとつひとつ丁寧に疑ってかかります。興味深いのは、ただデータを読み解くだけでなく、その裏にある「人間の心理」にまで踏み込んでいくところ。それこそが「行動経済学者」の面目躍如といえるでしょう。
実際、野球における「ボールカウントによってストライクゾーンは変化するのか」という疑問に対して、実に200万球にも及ぶMLBの記録を調べ、ボールカウントごとに狭くなったり広くなったりするストライクゾーンを図解で示してくれているのですが、面白いのは、カウントだけでなく、打者がスター選手か否かによってもストライクゾーンが変化する、という研究結果。もちろんこれは「ただのスリーボール」なのか、「スリーボール・ツーストライク」なのかによっても変わってくるのですが、従来の「常識」であればスター選手が有利になるようにボール判定が多くなると考えがち。でも実際には「スター選手ほどストライクゾーンが広い」と導きます。
かつて日本のプロ野球においても「“世界の王”が、“スーパースター長嶋”が見逃したのだから」としてボール判定が多かったとされる、いわゆる「王ボール・長嶋ボール」という伝説がありましたが、実際にはこれとは真逆の結果が生まれているのです。

それは一体なぜなのか。 

ここで重要になってくるのが、「スポーツには様々な人間の思惑が介在する」という人間の真理。審判は、スター選手に判定が甘いという「常識」にとらわれるのではなく、「ファンはスター選手が“プレーする”のを見たい」というファン心理と、「審判は試合を左右する判定を避けたがる」という審判の深層心理(実際、審判はこれらを決して認めないだろうけど)までも考慮し、《審判は、とくにスター選手には、自分の運命は自分で決めてほしいと思っていて、だから彼らにはボールを打つチャンスを多めに与えるのである》という結論を導き出すのです。
本書ではこのように、事象にかかわる人間(選手・ファン・審判・運営側)それぞれの心理状態を提示しながら因果関係を読み解いていく推理小説のような面白さが随所に生まれています。その実例の数々は、ぜひ本書を読んで確かめてみてください。

こうした検証・研究結果に対し、「この作者、偏屈!」とか「無理矢理こじつけ過ぎ!」といった感想を抱く方もきっといるでしょう。でも、それこそが作者たちが望むこの本の成果です。
《本書の目標は、スポーツを何と考えるべきかを語ることではなく、スポーツをちょっと違った角度から「どう」考えるべきかを語ることにある》と語る作者たちは、ある意味確信犯的に、世のスポーツ好きの間にはびこる安直な考えや常識を信じすぎることにこそ警鐘を鳴らしているだけ。常識という曇りガラスの上からは見えない本質、次のステージを想像することこそが、スポーツをより楽しく、そしてひょっとしたら人間の可能性の幅をもっと広げることにつながるのではないでしょうか。


最後に。
本書の中で、バスケの神様:マイケル・ジョーダンと格言にまつわるエピソードが紹介されていたのですが、とても素敵で説得力があるので、一部引用したいと思います。
ある試合で、ジョーダンが20点連続でチーム全得点を挙げてシカゴ・ブルズを勝利に導くのですが、そのワンマンプレーに業を煮やしたコーチが《There is no "I" in "team."》という例の格言でジョーダンを叱りつけます。しかし、ジョーダンはこう切り返します。

《勝ち(WIN)の文字にはオレ(I)があるぞ。で、あんたはどっちがいい?》

常識を真っ向から否定できる強さがあったからこそ、ジョーダンは神に成りえたんだろうなぁ。
(オグマナオト)