「十字架を背負わせてやりたいです」…福岡女性刺殺事件「被害者の母親が加害少年と家族へ」怒りの告白
夏休みの人でごった返す商業施設で、買い物に来ていただけの21歳の娘を惨殺された母親は、事件から6年後、私のインタビューに対して次のように語った。
「私は犯人だけでなく、その母親にも遺族の苦しみをわからせ、十字架を背負わせてやりたいんです。逃げたら、自分のお金をかけてでも追いかけるつもりです」
事件が起きたのは、コロナ禍の真夏、2020年8月28日だった。福岡の『MARK IS(マークイズ)福岡ももち』の女性用トイレで、吉松弥里さん(当時21)が包丁でめった刺しにされて惨殺されたのである。
逮捕されたのは、少年院を2日前に仮退院したばかりの少年A(当時15)だった。彼は「セックスがしたい」という理由で町を徘徊し、たまたま目に留まった弥里さんの後をつけて女性用トイレまで行き、途中で万引きした包丁で脅したものの、思い通りにいかず包丁で切りつけ、命を奪ったのだ。
裁判で、少年には殺人などの罪で懲役10年〜15年の不定期刑が下った。それから約4年後の2026年3月、今度は福岡高裁が、遺族が起こした損害賠償請求に対する判決を下した。少年Aだけでなく、彼を虐待していた母親のB子にも連帯して約5400万円を支払うよう命じたのである。直接の加害者ではない母親の責任まで認めた画期的な判決だった。
弥里さんの母親Cさんは言う。
「事件が起きて以来、私はずっとたとえようもない苦しみの中にいます。少年Aは裁判でうちの娘を何度も侮辱し、母親のB子も私を嘲るような態度を取りました。このことは絶対に忘れないし、やり返してやりたい。それが私の言う『十字架を背負わせる』ことなのです」
私は事件発生後、加害少年に面会し、ルポを書いて『FRIDAY』と『FRIDAYデジタル』で発表した。今回は、被害者の母親の立場から判決に至るまでの経緯を記したいと思う。
「自首しよう」
事件が発生した日のことを、Cさんはほとんど記憶していない。
娘の弥里さんは女友達とショッピングへ行くと言って家を出た後、突如として殺害された。警察に呼び出されて事件のことを告げられ、弥里さんの身元確認をしたものの、突如起きた悲劇を現実と受け止められなかった。
その後、事件は大々的に報じられ、大勢のマスコミが家を取り囲んだ。Cさんは事件を受け入れる余裕もないまま逃げまどわなければならなかった。
ようやく事実を直視できたのは葬儀以降だった。小中学校時代の友人が弔問に訪れ、涙ながらに言った。
「事件の時に弥里の傍にいたのが私だったらよかったのに。私だったら、弥里が襲われた時に飛びかかって助けたのに……」
事件が起きた時、警備員は弥里さんの救助より避難誘導を優先し、友人も助けを求めるためにその場を離れていた。
Cさんにとって弥里さんは実質女手一つで育て上げた愛娘だった。弥里さんは明るく元気があり、人に好かれるタイプだった。また、母親が人一倍苦労していたのもわかっていたため、保育園の頃から母親への感謝を作文に何度も何度も綴るような親思いのところもあった。
実家に住みながらアルバイトをしていたものの、20歳を前にした頃から正社員になりたいと言い、勉強への意欲も口にしていた。将来のことを真剣に考え、安定した環境に身を置きたかったのだろう。
事件が起きたのは、その矢先のことだった。
女性用トイレで襲われた時、弥里さんは一緒にいた友達を逃がし、襲いかかってくる少年Aを諭そうとした。何度も振り下ろされる包丁によって血だらけになりながらも訴えた。
「こんなことしてもどうにもならないよ、自首しよう」
だが、少年Aはそんな弥里さんの首を無残にも切り裂いて殺害したのである。
事件後、Cさんのもとに入ってきた少年Aに関する情報はごくわずかだった。子供の頃から施設を転々としていたとか、少年院を仮退院して2日後に事件を起こしたといった断片的なものだ。
この頃、Cさんは毎晩のようにトラウマによる不眠と悪夢で苦しんでいた。布団に入って目を閉じると、少年に襲われている弥里さんの姿が現れるのだ。弥里さんは必死に少年Aを諭そうとするが、包丁は容赦なく振り下ろされていく。Cさんは心の中で少年Aに何度もやめてくれと訴える。だが、少年Aは耳を貸すことなく、弥里さんの白い首を包丁でかき切る。絶命してぐったりとする弥里さん……。
事件後、母親は心療内科へ通って睡眠薬を処方してもらった。だが、目を閉じるとかならず殺害シーンが浮かんでくる。
娘はどれだけ痛かっただろう、どれだけ怖かっただろう、どれだけ苦しかっただろう。そんなことを思いながら心の中で何度も弥里さんに助けられなかったことを謝った。
Cさんが望んだのは、娘が殺された理由を明らかにすることだった。弁護士に頼み、少年Aのことだけでなく、事件の対応に落ち度がなかったかなどあらゆる面から独自に調べることにした。
「お金はありません」
少年Aの母親であるB子から連絡があったのは、事件から少ししてからだった。弁護士を通して、謝罪したいと伝えてきたのである。
おそらく裁判の前に謝罪しておくことで、物事を少しでも有利に進めたいという思惑があったのだろう。気が乗らなかったものの、一度会って話を聞いてみることにした。
その日、被害者側の弁護士の事務所に、B子は少年の弁護士を伴って現れた。
Cさんは、B子が息子に代わって事件のことを平身低頭謝ってくるものだとばかり思っていた。だが、Cさんには、B子が上辺だけの簡単な謝罪をしただけで、笑みさえ浮かべているように思えた。言っていることも耳を疑うばかりだった。
息子がなぜ弥里さんを殺したのかわからない、事件のことは親族の誰にも相談していない、自分は施設で育った息子のことをよく知らない……。慰謝料については、次のようにきっぱりと言い切った。
「うちにお金はありません」
慰謝料を払う気はないと告げたのだ。
後で知ることになるが、B子は職に就いており、この時は少年Aの父親と離婚して、別の男性と暮らしていた。
仮に貯金が乏しくても、誠意を見せる意味で、できる限りのお金をかき集めて渡した上で、頭を下げて分割払いを求めるのが普通だろう。だが、B子にはそういう常識が完全に抜け落ちていた。
Cさんは我慢がならなくなり言った。
「息子があんな事件を起こして、よくあなたは生きていられますね」
B子は黙っていた。
「一体先ほどから何を笑っているんですか」
Cさんの目には、B子が不遜な表情を浮かべているように映った。この人は正気じゃない、と背筋がぞっと凍る思いがした。
「偽善者ですね」
Cさんが、弥里さんを殺害した少年Aを見たのは、少年審判の時だった。だが、そこで彼女は少年の言動に翻弄されることになる。犯行時15歳だったことから、家庭裁判所で非公開の審判手続きが行われたのである。
法廷に現れた少年Aは想像していたより小さく、体も細かった。本当にこの少年が娘を殺したのかとの思いがよぎった。だが、少年審判の中で少年Aが発した言葉を聞き、愕然とした。一度として謝罪の言葉を口にしようとしないどころか、悪びれずに弥里さんを侮辱するような言葉を連発したのだ。
一体何を考えているのか。
少し後のことになるが、Cさんは真意を知りたいという思いから、加害者へ被害者の思いを伝える「心情等伝達制度」を利用していくつか質問を投げ掛けた。ここでも返ってきた少年Aの言葉は到底受け入れ難いものだった。
Cさん〈娘に包丁を向けた時、刺した時にどう思ったか〉
少年A「人はあっけなく死ぬんですね」
Cさん〈娘に抵抗された時にどのように思ったか〉
少年A「偽善者ですね」
Cさん〈謝罪の意味を答えてほしい〉
少年A「ごめんですね」
Cさん〈被害弁償の意思はあるのか〉
少年A「支払い義務はありません」
悪ぶっているのか、本心なのか。後者だとしたら、この子の頭の中はどうなっているのか。B子が不気味な笑みを浮かべたように見えたことも含めて、何もかもが理解を超えることばかりだった。
時が多少前後するが、Cさんはその訳を少しずつ理解するようになる。逆送を経て開かれた刑事裁判やマスコミの報道によって、少年Aの「心の闇」が明らかになったのである。
取材・文:石井光太(ノンフィクション作家)
