街中のスマホ充電器で“推し活”できるサービス「CheerSPOT(チアスポット)」をINFORICHが発表した(筆者撮影)

1台420円から、好きなアーティストを応援できる。モバイルバッテリーのシェアリングサービス「ChargeSPOT(チャージスポット)」を展開するINFORICHは11月7日、新たなサービス「CheerSPOT(チアスポット)」を発表した。

全国4.4万台のバッテリー貸出機に搭載されたデジタルサイネージを活用し、個人がアーティストへの応援メッセージを発信できるプラットフォームで、アーティスト、ファン、地域をつなぐ新たな経済圏の構築に挑む。

“推し活”広告のファンカルチャー

国内で月間100万人が利用するチャージスポットは、設置台数がコロナ前の12.7倍となる4.4万台まで拡大。全国のコンビニエンスストア数に迫る規模で、3100社以上の企業がパートナーとして参画している。

「バッテリーシェアリングは一手目の事業です」とINFORICHの秋山広宣社長は語る。「ハードウェア、ソフトウェア、サービスの3領域を展開できることが我々の強みです」

この強みを活かし、チャージスポットは単なる充電インフラを超えた展開を見せる。その一環として発表されたのが、デジタルサイネージを活用したファン活動支援サービス「チアスポット」だ。


INFORICH代表取締役社長兼CEOの秋山広宣氏(筆者撮影)

INFORICHの新サービスには、ファンカルチャーの新潮流が背景にある。韓国発祥の「センイル広告」と呼ばれる現象だ。「センイル」とは韓国語で「誕生日」を意味し、ファンが好きなアーティストの誕生日を祝うために駅や街頭の広告スペースを借り切り、祝福メッセージを掲出する文化だ。

韓国メディアITChosunの報道によると、韓国でのセンイル広告の件数は2014年にわずか76件だったものが、2019年には2166件まで急増。ソウル交通公社の関連広告収入は年間440億ウォン(約46億円)規模にまで成長しているという。この現象は、近年日本でも広がりを見せており、JR東日本企画(jeki)が広告プラットフォーム事業に参入するなどの動きがある。

循環型エコシステムの構築へ

しかし、従来の市場には大きな課題があった。秋山氏は、その問題点をこう指摘する。

「こうした広告は、ビルボードに推しの広告がボーンと打たれてファンは満足します。ただ、実はアーティストとしては事務所公認ではなく、アーティスト本人が喜ぶから事務所は目をつぶっているだけ。サードパーティーのビルボードが儲かるだけで、実は誰にも還元できていない」

先述のITChosonによれば、地下鉄駅での1カ月の広告費用は300万〜700万ウォン(約31万〜73万円)で、デザイン費用なども別途必要となる。この高額な費用と非公式な性質が、市場の健全な発展を阻んでいた。


チアスポットはWebアプリから表示したいサイネージと期間を選んで、アーティスト公認の推し活広告を放映する仕組みだ(筆者撮影)

チアスポットが画期的なのは、高額な費用の問題を解決するだけではない。最大の特徴は、支払われた料金の一部がアーティストや地域に還元される仕組みだ。

「その一部がライセンス料として事務所に還元されます。また、チャージスポットの設置店舗にも広告収入の一部を還元しています」と秋山氏は説明する。ファンの応援がアーティストの活動資金となり、さらには設置店舗がある地域の経済活性化にもつながるという訳だ。


アーティスト公認の広告に、ファンからのメッセージが追加できる(筆者撮影)

チアスポットに展開するアーティストについては、LDH JAPANなど複数の芸能事務所との協議が進んでいるという。また、VTuberやアニメキャラクターなどへの展開の可能性も検討されている。

技術面でも基盤整備を着々と進める。チアスポットの展開に先立ち、広告配信の基盤となるSSP(サプライサイドプラットフォーム)の開発を完了。DSP(デマンドサイドプラットフォーム)も2024年内に完了予定で、街頭の様々なデジタルサイネージとの連携も視野に入れる。

「DSPのつなぎ込みによって、すべての街中のデジタルサイネージも実はつないでしまう。街中のサイネージもチアスポット広告が展開できる」と秋山氏は展望を語る。2026年までには「2桁多くの、しっかりとしたレベルを叩き出せる」ことを目指すという。

バッテリー貸出機で多言語案内も

11月7日のINFORICHのイベントでは、チアスポットのほかにもバッテリーレンタル機を活用した新サービスが発表された。増加するインバウンド需要に対応する「NaviSPOT(ナビスポット)」の展開だ。

インバウンド旅行者の増加は、地域経済に大きな利益をもたらす一方で、観光インフラの不足や言語の壁、サービス業での人手不足など、さまざまな課題を浮き彫りにしている。特に、旅行者が交通機関を利用する際や、店舗での案内を理解する際の言語障壁は大きなストレスとなっている。


バッテリースタンドを観光案内版として活用する「ナビスポット」(筆者撮影)

同社はこれらの課題に対応するため、AI機能を搭載した新型バッテリースタンド「ナビスポット」を開発。多言語での交通案内やルート案内、店舗・施設内の案内、バーチャル対応によるコミュニケーションサポートなど、多彩な機能を実装する。人流の多い場所には、カメラ付きタッチパネルを搭載し、現地スタッフによるリモート対応も可能な仕組みを用意。設置店舗のマーケティング支援ツールとしても活用できる。


複数言語での音声認識に対応。リモートでの有人対応も可能だ(筆者撮影)

ナビスポットの最初の導入事業者としてシンガポールのSBS Transitとの提携が発表された。SBS Transitは、大手複合輸送事業者コンフォートデルグロの子会社で、バスや鉄道などの公共交通機関、タクシーやハイヤーによる地点間輸送など、広範な交通ネットワークを有する。提携により、年内を目標にシンガポールの駅やバス停へナビスポットが設置されることになる。

クレカだけでレンタルも実現

INFORICHのプラットフォームは、日本国内にとどまらない。すでに8地域で展開し、グローバルで6.5万台のデジタルサイネージネットワークを構築している。2024年には、オーストラリアのEzycharge、台湾のChargeSPOT Digital Serviceの子会社化を実施。さらに10月にはイギリスに子会社を設立し、ヨーロッパ市場への本格進出も開始した。

新型バッテリースタンドの開発も進む。クレジットカードでのタッチ決済モデルは2025年3月以降、まずはオーストラリアやヨーロッパでの展開を予定。スマートフォンの充電が切れてアプリが起動できない状態でもレンタルが可能となり、より緊急性の高いニーズに対応する。10スロットタイプでの展開を予定している。


タッチ決済でレンタルできるモデルをオーストラリアから展開する(筆者撮影)

太陽光による蓄電モデルは、2025年の導入を目標に開発を進めている。このモデルは5スロットタイプで、従来は屋外設置でもコンセントからの蓄電が必要だったが、太陽光を得られる場所であれば設置が可能となる。停電時でもバッテリーのレンタルが可能となることから、公共の公園や観光地などでの展開を想定。災害時のインフラとしても期待される。


ソーラーパネルで充電するタイプも展開(筆者撮影)

モバイルバッテリーのシェアサービスとして急成長してきたINFORICHは、2つの新サービスで事業領域を大きく広げる。ファン文化とデジタルサイネージを結びつけた「チアスポット」は、従来の高額な応援広告に代わる新たな選択肢を提供。グローバルで6.5万台のネットワークを活かし、国境を越えた応援メッセージの発信を可能にする。一方の「ナビスポット」は、多言語AI案内システムとして観光インフラの課題解決に挑む。シンガポールでの導入を皮切りに、新型バッテリースタンドの展開と合わせ、社会インフラとしての機能強化を進めていく。

(石井 徹 : モバイル・ITライター)