個人事業主としてハウスクリーニングなどを請け負うシンジさんの車には業務用のほうきやモップ、専用の洗剤が積まれている。「納得のいく対価をいただいて、丁寧な仕事をしたい」という(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回紹介するのは「エリクラはクレームがあった場合、作業者に責任を押し付ける仕組みになっています。そもそもごみの開封、回収は持ち去りになり、厳密には不法行為ではないでしょうか?」と編集部にメールをくれた41歳男性だ。

報酬は数百円から1000円前後

「これって、不法投棄になるんじゃないでしょうか」

足元には枯れ葉と雑草でいっぱいになった45リットル入りのごみ袋が2つ。シンジさん(仮名、41歳)の声に怒りがにじむ。この言葉が後に意外な展開を見せることに、私はまだ気付かなかった。

シンジさんはハウスクリーニングやマンション清掃などを請け負う個人事業主。主な依頼主は内装会社やリフォーム会社だが、3年ほど前からスキマバイトアプリのひとつ「エリクラ」も利用している。

エリクラはリクルート(東京)が運営するサービス。「タイミー」や「シェアフル」などがワーカーとの雇用契約なのに対し、エリクラは業務委託契約である。「マンション掃き拭き清掃 43分 834円」、「駐車場点検・ごみ拾い・雑草除去 15分 330円」「アパートごみ分別 17分 638円」など清掃を中心とした仕事が掲載されている。

本連載では、9月13日公開の記事「リクルートのスキマバイト『エリクラ』何が問題か」で、業務量が多すぎて時間内に終わらない現場が少なくないことや、数十枚もの写真などを添付しなければならない「作業報告書」の作成時間を合わせると、業務委託ゆえに違法ではないものの最低賃金水準を大幅に下回る現場もあるといった問題をリポートした。この記事を読み、「私も理不尽さを感じています」と編集部にメールを送ってくれたのがシンジさんだ。

【写真】室外機を覆い隠すほどに生い茂る雑草、「報告時の言葉遣いに注意するように」とのメール、シンジさんが持ち帰った枯れ葉が入ったごみ袋、落ち葉が舞い込んでくるマンションの敷地、シンジさんが持参した専用の雑巾と洗剤

掃除のプロであるシンジさんでも、ほとんどの現場で時間内に作業を終わらせることは難しいという。「とにかく報酬が安い」と憤りつつ、いくつかのケースを紹介してくれた。

例えば「駐車場点検・ごみ拾い・草むしり 14分 550円」。約30台分の敷地内には思った以上に瓶や缶、たばこの吸い殻、雑草などがあり、それらの回収だけで30分以上かかった。また、「マンション掃き拭き清掃 52分 1430円」では、街路樹の落ち葉が敷地内に大量に舞い込んでいたうえ、雑草がエアコンの室外機を覆い隠す勢いで茂っていた。落ち葉を集め、共有部分の掃除を終えた時点で1時間半が経とうとしていた。


室外機を覆い隠すほどに生い茂る雑草。「時間内に取り切れるわけがない」と憤るシンジさん。こうした現場の状況を見たうえで、依頼主と報酬を交渉するのが本来の業務委託だという(写真:シンジさん提供)

シンジさんは「結局、草は取り切れませんでした。エリクラでなければ、見積もりをしたうえで最低でも5000円は請求する現場です」とため息をつく。

また、エリクラへの報告書に添付するために、作業前後の現場や作業中の手元の写真を撮らなければならない。さらに「使用した雑巾の汚れた部分」「中が見えるよう開けた状態のごみ袋」なども撮るよう指示されるので、たびたび掃除の手を止めなければならない。

シンジさんは「エリクラを使い始めたころはここまで細かい要求はありませんでした」と振り返る。依頼主から言われるままにあれこれ追加していった結果、働き手の負担だけが一方的に増えたのではないかと推測する。

エリクラ側から「掃除をしていない箇所がある」として報告書を差し戻されたこともあるという。カラスのフンで頻繁に汚れる場所がある現場だったが、そこもきれいに拭き上げ、写真も添付した。このため「箇所を具体的に教えてほしい」と返信したところ、なぜか報告書は受け取り完了となった。しかし、その後担当者から「報告時の言葉遣いに注意するように」とのメールが届き、「改善が見られない場合はアカウントを停止する場合がある」という旨を通告された。シンジさんは「乱暴な言葉を使った覚えはないのに」と反論する。


アカウントの利用停止をほのめかすエリクラからのメール。アプリ側が一方的な利用停止の権限を持つ時点で、利用者との関係は対等とはいいがたい(筆者撮影)

「ごみを持ち帰るように」と指示された

ここで冒頭の「不法投棄」に話を戻そう。シンジさんの足元にあったごみ袋はマンションを清掃したときに出たものだ。このごみの処理方法について、シンジさんはエリクラの仕組みには多くの問題があると指摘する。

エリクラのアプリ内にある依頼主からの注意事項では、掃除で出たごみは働き手自身が持ち帰り、その後は居住地の自治体のルールに従って処分するよう依頼されることが多い。

これに対するシンジさんの懸念はこうだ。


依頼主からの要求は増える一方。エリクラからは理由もわからないまま報告書の受け取りを拒まれる――。シンジさんは「掃除をする利用者の地位が低い」という(筆者撮影)

エリクラの仕事で出たごみは産業廃棄物、もしくは事業系一般廃棄物に当たるので、その処理には費用がかかるのではないか。また、廃棄物の持ち運びは収集運搬の許可を持つ者しかできない。つまり、ごみの排出者でもない自分が無許可で持ち帰って自宅前のごみ集積所に捨てることは「不法投棄に当たるのではないか」というのだ。

実際にはごみの種類や排出者についての規定は各自治体が行うことになっている。ただマンションや駐車場の管理事業、あるいは清掃事業によって生じたごみは産業廃棄物、または事業系一般廃棄物とみなされる。私が取材した限りでは、これらのごみは収集運搬業者に有料で処理を委託するなどしなければならず、家庭ごみとして捨てた場合は不法投棄になるといったルールを設けている自治体が多い。

また、過去に厚生省(当時)は、清掃業者がその場にあったごみを集めた場合の排出者は「(清掃業者ではなく)事業場の設置者または管理者である」という旨の通知を出している。この場合はシンジさんが指摘する通り、許可のない清掃業者がごみを持ち運ぶと、違法とされるおそれがある。この通知は自治体への事務権限の委譲に伴い廃止されたが「国としての見解はおおむね変わっていない」(環境省廃棄物適正処理推進課)。

私は前回の取材で話を聞かせてくれた男性に、ごみの処理方法について聞いてみた。男性が住む自治体では、たとえ少量でも産業廃棄物はもちろん事業系一般廃棄物も家庭ごみとして捨てることは禁止されていたが、男性は「知らなかったです。自宅のごみステーションに捨ててました」と驚いていた。

かくいうシンジさんも、違法と知りながら家庭ごみとして出している。十分とはいいがたい報酬から処理費用まで捻出する余裕がないからだ。現在、エリクラの利用登録者は約10万人。シンジさんは「エリクラは『自治体のルールに従って』と言いますが、それでは利用者に面倒と責任を押しつけているだけ。ごみに関する知識のない人も多いはずです。エリクラの仕組みが不法投棄を招いているのではないか」と指摘する。


枯れ葉などが入ったごみ袋。持ち帰るようにといわれたら家庭ごみとして出すしかないという。エリクラの仕組みが不法投棄を誘発していると批判されても仕方がないのではないか(写真:シンジさん提供)

こうした批判を運営者であるリクルートはどう受け止めるのか。取材に対し、同社のエリクラ事業担当者は「最終的には各自治体が判断することですが、結果として指摘されたような事態が起きている可能性は否定できず、申し訳なく思っています」と答えた。

そのうえで、今後のサービスのあり方について「各自治体にあらためてごみの種類やその処理方法、排出者などについて確認をします。そのうえで、それらの情報を依頼主に周知し、必要があれば掲載内容の修正をお願いするといった改善を進めます。ユーザー(利用者)に対しても自治体によってはごみ処理に別途費用がかかると伝えることも検討したい」とし、これまで「自治体のルールに従って」と呼びかけるにとどまっていた対応を改める方針を示した。

「エリクラは清掃の仕事を軽んじている」

一方で取材中、シンジさんはごみ問題だけを声高に糾弾したわけではなかった。シンジさんが繰り返し訴えたのは「エリクラは清掃の仕事を軽んじている」ということだった。

シンジさんは地元の高校を卒業後、食品関連会社に就職。しかし、そこは毎月60時間以上の残業をさせながら、給料は手取りで約16万円という悪質企業だった。正社員だったが、「1年で72キロあった体重が52キロに減りました」と語る。

その後、別の会社への転職を経て派遣労働者に。日雇い派遣大手のグッドウィルに登録したが、後に社会問題となる違法な二重派遣や、「データ装備費」天引きの被害に遭った。ピンハネ構造に嫌気がさして派遣労働に見切りをつけた後は、複数の清掃会社で経験を積み、5年ほど前に独立した。


掃いても、掃いても落ち葉が舞い込んでくるマンションの敷地内。ほうきやちりとりは、掃除のプロのシンジさんはすでに持っているが、ほかの利用者は自費でそろえなければならない(写真:シンジさん提供)

シンジさんは「やるべきことが決まっている仕事は性に合っている」と話す一方で、「清掃の仕事の(社会的な)地位が低いと感じます」と打ち明ける。

清掃会社に勤めていたとき、実際の職場は取引先の会社だったが、一部の社員からはいつまでも名前で呼ばれることはなく、あいさつをしても無視されたり、廊下の隅に置いた掃除用具を「邪魔だよ」と足蹴にされたりしたこともあった。シンジさんは「個人の経験ではありますが、差別的な態度を取るのは決まって中高年の男性でした」という。


シンジさんは「ウエットティッシュなんかでマンションの掃除なんてできませんよ」と専用の雑巾と洗剤を見せる。エリクラが持参道具としてウエットティッシュを認めている時点で「清掃の仕事をバカにしている」とも(写真:シンジさん提供)

シンジさんは、低い報酬のわりに多くの要求をされる現状や、不法投棄を招きかねない仕組みを放置するのは「根底に清掃の仕事を軽んじる気持ちがあるからではないか」という思いが拭えないようだった。

シンジさんに言わせると、同じ業務委託でもエリクラと、それ以外の現場ではかなり勝手が違う。

「エリクラの提示時間は最短で終わる場合を想定しているようですが、普通は取引先とのトラブルを避けるためにも作業時間は多めに見積もるものです。作業量だって状況によって違うのに時間や報酬を交渉できないのはおかしいと思います」

いずれも一理ある。しかし、それほど不満があるなら、エリクラを利用しなければいいのではないか。私の問いかけに、シンジさんは「やらなくて済むならやりたくないですよ」と返した。

「あなた方はこの条件でやるんですか?」

シンジさんの年収は200万円ほど。このうち4分の1はエリクラからの収入だという。両親と同居しているのでなんとか暮らせているが、肩身は狭い。また、業界大手の「おそうじ本舗」や「くらしのマーケット」の参入により、清掃の仕事の報酬相場は下降傾向にあるといい、「スキマバイトで収入を補うしかない」と話す。

「取引先からおそうじ本舗と比較して値引きを求められることもあります。いずれ『エリクラではいくらでやってくれる』と言われる日が来るのではないでしょうか」


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エリクラ以外にも清掃系の業務委託契約を仲介するスキマバイトはほかにもあり、今後も“細切れ雇用”ならぬ、“細切れ業務委託”は増えるだろう。昨年から始まったインボイス制度も、シンジさんの減収に追い打ちをかけた。シンジさんは「来年の今ごろ、この仕事をできているかわかりません」とうつむく。

シンジさんの指摘がきっかけとなり、リクルートはサービスのあり方を改めるという。まずは現場の訴えを正面から受け止めてくれたのではないか。しかし、シンジさんの表情は硬いまま。そして放たれた問いかけは辛辣だった。

「エリクラの人に聞きたいです。あなた方はこの仕事を、この条件でやるんですか?」

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(藤田 和恵 : ジャーナリスト)