肩書は「大物弁護士事務所のオーナー」...”地面師”が相手を騙すために行う緻密すぎる「ブランディング戦略」

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今Netflixで話題の「地面師」...地主一家全員の死も珍しくなかった終戦直後、土地所有者になりすまし土地を売る彼らは、書類が焼失し役人の数も圧倒的に足りない主要都市を舞台に暗躍し始めた。そして80年がたった今では、さらに洗練された手口で次々と犯行を重ね、警察組織や不動産業界を翻弄している。

そのNetflix「地面師たち」の主要な参考文献となったのが、ノンフィクション作家・森功氏の著書『地面師』だ。小説とは違う、すべて本当にあった話で構成されるノンフィクションだけに、その内容はリアルで緊張感に満ちている。

同書より、時にドラマより恐ろしい、本物の地面師たちの最新手口をお届けしよう。

『地面師』連載第35回

ある「職業」の存在が“鍵”...《不動産のプロ》でも簡単に騙されてしまう「社会的信用」の罠とは』より続く

元弁護士という安心感

地道たちが手掛けた代々木公園そばの富ヶ谷の土地所有者は、武蔵野市吉祥寺に住む呉如増といった。呉は終戦後に台湾から日本に渡ってきた華僑として、都内でひと財産を築いた実業家である。不動産取引のプロである地道たちは土地の登記簿などから、土地の所有者である呉の存在を確認して取引に臨んだ。物件情報をもたらした神津に、ことの起こりを尋ねた。

「もともとの話は、吉永(精志)元弁護士からの電話でした。吉永については、前に不動産取引で弁護士として仕事を頼んだことがあったので、知ってはいました。それで何年かぶりに連絡をとったとき、『いい物件があるんだけどどうですか』と薦められたのです。すでに吉永は弁護士資格を剥奪されていたけど、今でも多くの不動産業者が彼のところに飛び込みでやって来る、という触れ込みでした」

それが15年夏のことだ。吉永が弁護士資格を失った経緯について、2人とも詳細は知らないというが、資格を剥奪されたのは間違いないようだ。神津は後輩である地道にこの富ヶ谷の土地取引の話をし、8月に入って地道を連れて吉永と会った。

吉永から打ち合わせ場所として指定された場所が、神田にある諸永総合法律事務所だった。弁護士資格を失った吉永が、事務員として働いていたところである。事務所長の弁護士である諸永芳春がのちに事件に関連して作成した陳述書に、吉永についてこう記されている。

〈私の最初の居候弁護士であった吉永精志(以下「吉永」と言います)は、平成7年頃事件を起こし弁護士登録を抹消されていましたが、その後、経営コンサルタント会社を経営し、ゴルフ場の経営や上場会社のエクイティファイナンス等を手掛けていました〉

吉永の詐称術

イソ弁とも略される居候弁護士とはその名称どおり、司法試験合格後、修習期間を経て法律業務を始めたばかりの若い弁護士などが、既存の法律事務所に勤めることを指す。諸永と吉永は長い付き合いのようだ。イソ弁だった吉永に対し、諸永のような雇い主のことを親弁護士、親弁ともいう。

弁護士資格を剥奪されたあと、吉永はコンサルタントビジネスをするかたわら、諸永総合法律事務所で働いてきた。もっとも親弁とイソ弁という過去の主従関係は、このときすでに崩れていた。地道が弁護士事務所の内実に触れながら、こう口惜しがる。

「吉永は肩書こそ事務員だが、諸永総合法律事務所のオーナーとして事務所を取り仕切っていると話していました。事務所の代表の諸永弁護士は第2東京弁護士会の副会長まで務めた大物弁護士だとのこと。その弁護士事務所を取り仕切っているというのですから、大したものだと思い込んでしまいました。それもあり疑いもなく取引に応じました」

ちなみに諸永は吉永が結婚したときの媒酌人でもあった。が、地道たちが話を持ち込まれた当時、元イソ弁の吉永は、かつての立場が逆転しているかのように振る舞っていた。奇妙な弁護士事務所だとも感じたというが、何より地道たちにとっては、取引現場が弁護士の運営する法律事務所だという安心感があった。

あとから思えば、それこそが犯行グループの狙いだったに違いない。マンション用地として垂涎の的だったはずの土地取引に対して地道たちにもある種の違和感があったという。それを胸の中に封じ込めながら、計画に乗せられていった。

ある「職業」の存在が“鍵”...《不動産のプロ》でも簡単に騙されてしまう「社会的信用」の罠とは