かつてストーク・シティでプレーしたロリー・デラップ【写真:Getty Images】

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イングランドでも起きた“タオルゲート”事件

 ロングスローと言えば? 現在の日本では、「FC町田ゼルビア」ということになるのだろう。

 J1初挑戦で上位を争うチームにおいて、間違いなく戦術の一部となっている。第32節のサンフレッチェ広島戦後には、投げる選手がボールを拭くためにピッチサイドに配置したタオルを濡らされた一件をめぐり、ピッチ外でも話題になったと聞く。

 ここイングランドでは、いまだに「ストーク」だろうか。もう1歩踏み込んで、「ローリー・デラップ」と言っても良い。2018年からチャンピオンシップ(2部)に落ちているが、質実剛健派のトニー・ピュリス監督時代(2006〜13年)、元MFの両腕から放たれる“クロス”は、プレミアリーグのDF陣をもパニックに陥れた。

 デラップが投じるロングスローの怖さは、ボックス内でクリアを強いられた相手選手が、わざわざ身体を反転させ、スローインではなくコーナーキックへと逃れていたほどだ。チームメイトのライアン・ショットンという2番手もいたストークは、ボールを拭けるように、腹部がタオル地のアンダーシャツを用意したことまである。

 この裏技には、プレミアリーグから慎むようにとのお達しがあった。ピッチサイドにタオルを用意する場合には、「相手チームにも用意」がリーグのスタンス。自軍だけの特製ベストは、この平等精神に反するとの理由だった。

 そのため、デラップにしても、ショットンにしても、ホームゲームでは配置されているタオルで、アウェーゲームではユニフォームの裾でボールを拭くことが多かった。もちろん同様のケースは、プレミアの他チームでも、フットボールリーグ(2〜4部)でも見られた。

 必然的に、タオルに関するいたちごっこが発生しても不思議はない。調べてみると、2年前、それもプレミア勢参戦前のFAカップ1回戦での出来事ではあるが、歴史的に有名なアメリカの政治スキャンダルにあやかり、メディアで“タオルゲート”と呼ばれた出来事もあった。

 カードは、ボルトン対バーンズリーという、リーグ1(3部)の堅守チーム対決。チャンスが限られること請け合いのアウェーゲームに、バーンズリーはタオルを持ち込んだ。チームには、デラップがコーチとして戻ったストークで手ほどきを受けたロングスローの使い手がいた。ところが、いざ試合が始まってみると、“マイ・タオル”は敵が用意したびしょ濡れのタオルにすり替えられていたのだった。

 もっとも、この手の事件は“過去”の話だ。タオル利用に関し、曖昧だった部分が取り除かれている。

インプレー時間増加へマルチボール制の導入

 昨季、チャンピオンシップの試合に足を運んでみると、ピッチ外周にコーンの上に置かれたボールが並んでいた。その2シーズン前から、プレミアではボールが生きている「インプレー時間」を増やす対応策の一環として、マルチボール制が導入されていたのだが、フットボールリーグも昨年6月に右へならえを決めていた。

「インプレー時間」が先か、「タオル禁止」が先かと言われれば、答えは前者になる。プレミアリーグは、マルチボール制の導入に際して、ラインを割った試合球や代わりの試合球を、ボール・アシスタント(ボールボーイ)がフィールド選手に渡す行為を禁じてはいても、ボールを拭くタオル類の使用を禁じるルールは設けていない。

 フットボールリーグにしても、公式声明にはマルチボール制導入と「併せて」とある。ロングスローの度にボールを拭く時間がなくなれば、主目的の達成にも好都合。オプタ社のデータを基に算出してみると、導入直前の2022-23シーズン、2〜4部のリーグ戦におけるインプレー時間は、同シーズンのプレミアを5分近く下回る平均50分7秒となっていた。

 理由はともあれ、フットボールリーグでは正式に、「試合中にボールを拭くためにタオルを使うことは許されない」との禁止令が出ているわけだ。厳密には、「観客からの提供物を含む何らかの物」を使うこともルール違反とされた。

 もはや、ホームチームのスローインになると、魔法のようにタオルが出てくるシーンを目にすることはない。即座にボールを投げ渡して速攻に絡むような、機転の利くボールボーイの“ファインプレー”はあり得ない。タオルを探す選手に、最前列のファンが着ていたセーターを脱いで差し出すような、「12人目」の“献身的プレー”も見られなくなった。

 少しばかり寂しい気もする。伝統的に、選手更衣室の大きさや装備からして、ホームチーム用とアウェーチーム用では露骨に違う環境が、イングランドの試合会場。この国ならではの「ホームアドバンテージ」が減ってしまうことになる。

ロングスローが効果的なチャンスメイク方法であるという事実

 決して、インプレー時間を伸ばす方針に異論があるわけではない。総じてポゼッション意識と攻撃意欲が高まり、延いてはエンタメ性も上がるという、サッカー界の時流にも合致していると言える。

 今や、今世紀初頭には社会人リーグを戦っていた町田が、現実目標としてJリーグの頂点を目指す時代だ。「ロングスロー・レジェンド」ことデラップは、マンチェスター・シティで育成された長男のリアム(現イプスウィッチ)が、フィジカルと左右両刀の足もとを兼ね備えたFWとして、イングランド代表でも将来を期待されている。

 ただし、だからといってロングスローそのものまで、「いらない」、あるいは「あってはならない」ような手段とみなしてしまうのは如何なものか。

 確かに、足もとでパスをつないで攻めるスタイルを追求する純粋主義者の目には、見応えのない攻撃手段と映るのだろう。だが一方では、ロングスローが効果的なチャンスメイク方法である事実も否定はし難いはずだ。プレミアでも、コーチ職の専門家と細分化が進むなか、スローイン・コーチの採用例が見られるようになっている。

 その一例として、74年ぶりのトップリーグ昇格を果たした2021年以来、クラブの資金力を凌ぐ奮闘を続けるブレントフォードがいる。記念すべき2021-22シーズンのプレミア開幕戦、ホームでアーセナルから奪った大金星は、終盤にロングスローの流れから生まれた追加点で動かぬものとなった。

 Jリーグで有効活用中の町田では、言わば日本版“タオルゲート”渦中の会見で、原靖フットボールダイレクターが、「こういう話題ではなく、試合で盛り上がってもらいたい」と強調している。その通りだ。イングランドでは、フットボールリーグも中継するスカイスポーツが、「プレーオフ史上最高のカムバック劇」と評した一戦もロングスロー絡みだった。

 リーグ1からの昇格を懸けた、一昨季のプレーオフ準決勝第2レグ。初戦で4点差のハンディを背負っていたシェフィールド・ウェンズデーは、後半アディショナルタイムのロングスローに端を発するチーム4点目でハンディを帳消しにし、PK戦の末に決勝へと駒を進めた。あの一投がなければ、チャンピオンシップ復帰2年目の今季はなかった。

 濡れたボールを拭くタオルは禁じられることになったが、ロングスローは禁じ手などではない。効果的な戦術の一部に、ネガティブな「濡れ衣」を着せるべからず。(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)