AIが解析「石破首相のアンチ」実は増えていない説
(撮影:JMPA)
10月1日、自民党新総裁に選出された石破茂氏が正式に第102代内閣総理大臣に指名され、新内閣が発足しました。
総裁選は史上最多の9候補が出馬し、激戦がくり広げられました。第1回投票では高市早苗氏が首位を獲得していましたが、決選投票で石破氏が215票を獲得し、逆転勝利。下馬票を覆すこの結果は大きな注目を集め、SNS上でもさまざまな意見が交わされています。
今回は、東大発AIベンチャーのTDAI Labと協力し、YouTubeのコメント欄を分析して石破新首相に対するネットの反応を探りました。
石破新首相に対する感情の多くは「悲観」
まず、YouTube APIを使用して「石破」というキーワードで2024年9月26日から9月27日までにアップロードされた動画を再生数順に100本収集。各動画から関連度順に最大100件のコメントを取得し、合計で9571件のコメントを分析対象としました。
次に、アメリカ・オープンAIの大規模言語モデル「GPT-4o mini(ジーピーティーフォー・オー・ミニ)」を用いて、これらのコメントに含まれる感情やその理由を解析しました。対象とした感情は「期待」「悲観」「嬉しい」「悲しみ」「応援」「反対」「驚き」の7つです。
その結果、コメント内で多く言及されていた関心事は、「石破氏」の他に「高市氏」「自民党」「日本」などが上位にくることがわかりました。そして、それぞれの感情分布を可視化した図がこちらになります。
(筆者作成)
今回のYouTubeのコメント分析において注目すべきは、石破氏に対して「悲観」の声が「期待」を上回っていたことです。他の感情を見ても、ネガティブな感情がポジティブなものよりも多いことが見てとれます。
それぞれの感情の理由を、前出のGPT-4o miniを用いて要約を行い、具体的に見ていきましょう。
【否定的な理由】
・政権への不信感:石破政権が短命に終わるのではないか、リーダーシップが不足しているという懸念
・経済的な不安:緊縮財政や増税、経済政策の失敗が日本経済に悪影響を与えるのではないかという心配
・外交政策への懸念:日米関係や中国との関係が悪化する可能性を指摘する声
【肯定的な理由】
・国防や安全保障:国の安全を守る政策への期待
・政策実行への期待:公約を実行し、迅速な対応と結果を求める声
・経済政策:株価回復や経済成長への期待
石破氏の経済政策に対する不安は「石破ショック」などと形容され、報道やSNS上でも多く言及されています。実際、石破氏が新総裁になった直後に株価が下落し、市場に動揺が走りました(しかしこれは、高市氏の勝利を織り込んだ円安・株高の「高市トレード」の巻き戻しと見られています)。
石破新総裁の誕生で、自民党の不支持が加速?
意外性があったのが、この経済政策についてネット上では石破氏に対してネガティブな意見が多いと思われていたものの、期待する声も一部あることがわかります。
一方、「石破」というキーワードで抽出しても、多く出ていたトピックが「高市氏」。ネット上で圧倒的な人気を誇る高市氏ですが、敗退したにもかかわらず、いまだ「期待」の声が最も多く、総裁選後も支持者からの熱視線が注がれています。
具体的な理由としては、次期首相としての期待、新党結成への希望、積極的な財政政策への共感などが挙げられます。石破氏の当選により、それに反対する人たちの高市氏に対するポジティブな面が噴出した結果と言えるでしょう。依然、高市氏のネット上での高い人気がそこに表れています。
では、石破氏を選出した自民党への感情はどうでしょうか。
結果を見ると、「反対」の声が多数を占めています。次いで「悲観」が多く、自民党に対し、政治への不信感、政策への批判などが交わされています。トップが代わっても、党のイメージ刷新とはいかず、今後の運営に対する厳しい目が向けられていることがうかがえます。
また、「日本」というキーワードに対しては、「悲しみ」の感情が多く見られました。実際にコメント欄で話題となっていたのは、経済的困難や社会的問題、未来への悲観などで、国の将来に対する不安や閉塞感が広がっていることが示されています。
総裁選前は小泉氏よりもコメント数が少なかった
過去最多の候補者たちを破り新総裁になった石破氏に対してネガティブなコメントが多かったという結果になりましたが、これは総裁選前のデータから変わりません。しかし、意外な変化もありました。
2024年9月12日から9月26日にかけて、「総裁選」というキーワードで同様の手法でデータを収集・分析しました。再生数順に200本の動画を選出し、各動画から最大100件のコメントを取得し、合計で1万8093件のコメントを分析対象としました。
(筆者作成)
先ほどと同様の7要素で分類しましたが、高市氏への支持が圧倒的で、他の追随を許さない結果となっていました。
コメントの約55%が高市氏に言及したもので、その感情も「期待」や「応援」がほとんど。9割近くがポジティブな感情で占められていました。
石破氏については、高市氏だけでなく、小泉氏に対するコメント数よりも少ないという結果でした。それだけに、いかに今回の石破新総裁誕生がネット上では驚きを持って受け止められたであろうことがわかります。
しかも、言及されていた内容も否定的なものが59%と、小泉氏に対する70%よりは少ないものの、懸念を示す声が多数でした。
意外と石破氏への「期待」が増えている
反対している人が多いと見られていた石破氏。ところが、前出の総裁選後の分析結果と比較すると、石破氏への期待が増加していることがわかります。これは、選挙結果を受けて国民の関心や評価が変化していることを示しています。
総裁選後に石破氏への支持が増加した背景には、隠れた支持層の存在や、選挙結果を受けた再評価のプロセスが影響した可能性があります。
総裁選前には高市氏への支持がネット上で目立っていたものの、これは実際の有権者全体を反映していなかったと言えます。ネット上で発言しないサイレントマジョリティが存在し、この層が選挙結果に影響を与えたのではないでしょうか。
彼らは普段、オンラインで積極的に発言しないため、選挙前には見えづらかったものの、選挙結果が出たことで初めてその支持が明らかになったとも考えられます。
また、石破氏が当選した後には、彼のリーダーシップや政策が再評価され、それがオンラインの反応にも反映された可能性があります。特に、選挙前には高市氏を支持していた人々の一部が、石破氏が当選したことを受けて「勝者に期待せざるを得ない」という現実的な心情に変わったかもしれません。
ここには、バンドワゴン効果(支持が多いものに、より多くの支持が集まること)も働き、選挙結果を受けて勝ち馬に乗ろうとする心理がネット上で広がった可能性があります。その結果、選挙前のネガティブな反応が和らぎ、石破氏への期待感が拡大したのでしょう。
総裁選前後の収集コメントを比較すると、もう一つ興味深いことがわかりました。
今回収集した総裁選後のコメントを書き込んだ人のうち、約20%の人が総裁選前にも発言していたのですが、そのスタンスに変化が見られるのです。
石破氏への「アンチコメ」が増えた理由
スタンスの変化を集計した結果が、以下の図になります。
(筆者作成)
最も重要なポイントは、総裁選前には「高市氏肯定層」が圧倒的に多数を占めていたのですが、総裁選後にはそのうち半分以上が高市氏以外への否定的なスタンスを前面に出すように変化していたことです。
特に「石破氏否定」の意見が増えていることが目立ちます。
これは、高市氏を強く支持している人たちの多くが、総裁選の結果を受けて、石破氏の勝利に強く反発し、その不満を石破氏や、彼を選んだ自民党全体に向けた可能性があります。
高市氏への肯定的なコメントよりも、石破氏ひいては自民党に対して否定的なコメントをするようになったということでしょう。
それが、一見、高市氏への肯定コメントが減ったように感じ、石破氏のアンチが増えたように見えるのです。
それゆえ、今回のデータで確認された石破氏や自民党に関する否定的な意見も、選挙前に活発だった高市氏肯定層からのコメントが流れたと言えるでしょう。つまり、石破氏アンチの母数が増えたわけではないかもしれないということです。
これにより、ネット上の石破氏へのアンチコメントを安易に世論ととらえてしまうのは危険かもしれません。
(福馬 智生 : 株式会社TDAI Lab 代表取締役社⻑、工学博士)