9月頭まで首位を維持していた広島カープの急転直下には、鯉党の多くから落胆の声が上がっている。果たして、なぜこんなことになったのか(写真:時事)

「広島、燃ゆ」。野球専門誌の表紙が、6年ぶりの優勝を前にして絶好調のチームをそのような言葉で表現してから1カ月、カープは見る影もなく逆方向に燃え尽きてしまった。

いったい何でこんなことになってしまったのか? いや、予兆はずっと前からあったのかもしれない……。

本稿では、野球好きなビジネスパーソンにも、そこまででもないビジネスパーソンにもわかるように、ビジネス的な視点から、「カープの歴史的大失速」を紐解いていく。

6年ぶりの優勝がスルリ…カープ、まさかの大逆噴射

暑さが一段落し、長い夏からようやく秋へと季節が変わり始めている。プロ野球の長いペナントレースも、セ・パ両リーグともに優勝チームが決まり、2日にはクライマックスシリーズ争いの結果も出た。

その中で、優勝争いとAクラス争いという、異なる次元の戦いを両方とも経験した珍しいチームが、広島東洋カープである。8月戦線を15勝9敗で終え、すわ6年ぶりの優勝かと期待が膨らんだものの、勝負の9月は何とセリーグ最多タイとなる20敗を記録。あれよあれよと転落し、2日に神宮で行われたヤクルト戦に3ー5で敗戦。CS進出の可能性が完全消滅した。

確かに、開幕前の下馬評を振り返れば、大きな補強もなかったことから評価は低く、高い順位の予想をする有識者は少なかったのも事実。しかし、「モチベーター」との評判が高い新井貴浩監督の下、現有戦力をやりくりしながら何とか9月頭まで首位を維持していたところからの急転直下には、鯉党の多くから落胆の声が上がっている。

果たして、なぜこんなことになったのか。カープファンである筆者は、本当に気になって考えた。そして、今回の大失速をビジネス的な側面から見ると、見えてくるものもあるのではないかと思い至った。


9月、カープは黒星ばかりになった(出所:NPB公式サイト)

そこで今回は、組織に詳しい経営コンサルタントの横山信弘氏に、カープ大失速の要因とビジネスでもよくある失敗のパターンを聞いてみた。

絶好調→絶不調、背景には「急場しのぎ」の組織運営

8月までの絶好調から、9月に一気に転落したカープ。このような、ある日を境に崩れてしまう企業は、少なくないと横山氏。特にポイントとなるのが「急場しのぎ」の対応だという。

「基礎・基本がなっておらず、急場しのぎばかりでいると、ちょっとした風が吹いただけで組織は倒れてしまう。こうした基礎・基本はなかなか外から見えにくく評価も難しいので、おそろかになりがちだ」

例として横山氏はある広告代理店のケースを挙げる。40年以上の歴史があるこの会社では、数年前に売り上げが減少。社長の出す号令の下で、既存顧客への営業活動を強化したという。

「注文がとれるまでは戻ってこなくていい」と言うほどの鞭の入れようだったが、結果は「大失敗」。顧客から「まるでわかっていない」「二度と来ないでほしい」と言われるような事態に陥ったという。

横山氏によると、この会社は業績が好調な時代にあぐらをかき、顧客や業界研究を怠っていた。そのため、顧客ニーズへ対応できなくなり売り上げが減少したわけだが、その理由もわからず急場しのぎの対応をしたことで、輪をかけて危機を呼び込んでしまったというわけだ。

根性論には限界がある。経営層に大事なのは、未来を見据えて、然るべきタイミングで然るべき投資を行うこと……ビジネスにも、プロ野球球団の運営にも言えることではないだろうか。現場がいくら奮闘しても、気力・体力が尽きると、一気に勢いを失ってしまうのだ。

助っ人脱落に中心選手も大不振、打線を固定できず…

思えば今年のカープは、打線の中軸として期待した外国人助っ人の2選手が開幕カードで負傷、脱落。そのうちジェイク・シャイナーは夏場に1軍へ昇格してホームランも放つなど見せ場は作ったものの、一方のマット・レイノルズは出場試合がわずか2、無安打のまま6月に契約解除となった。

2023年に2ケタのホームランを放ち、チーム待望の和製大砲と期待がかかった末包昇大も、春季キャンプ前の自主トレで負傷して出遅れ。5月に1軍へ合流して活躍したが、再び負傷で戦線を離脱することに。同じく打撃の評価が高い坂倉将吾も開幕からオールスターゲームまで極度の不振に陥っていた。

打撃の中軸を欠いたカープは打線を固定できないまま、言ってしまえばその場しのぎの総力戦を続け、9月には慢性的に悩んでいた得点力不足がさらに悪化。これまで踏ん張っていた投手陣のガス欠と合わせて、未曾有の大転落へと至ってしまった。

こうした急場しのぎの対照として、横山氏は落合博満氏が監督を務めていたころの中日ドラゴンズについて話す。

落合氏は8年の在任期間中すべてでドラゴンズのAクラス入りを果たし、そのうち2010〜2011年の連覇を含み4回のリーグ制覇、2007年には日本一になるなど輝かしい成績を残した。

横山氏によると、ドラゴンズにこうした黄金期をもたらした原点は、2004年の春季キャンプにあるという。

準備段階から本番を想定して取り組み、黄金期を呼んだ

落合氏は同キャンプで、初日から紅白戦を行う異例の判断をした。プロ野球は2月1日にキャンプインし、そこから実戦を交えつつオフシーズンで休めた体を再び鍛え直し、春に始まるペナントに備えていく。

とはいえ、初日から実戦形式で紅白戦を行うのはかなり異例のことだ。落合氏はこの狙いについて、自身のYouTubeチャンネルに投稿した動画で次のように話している。

「球団は数億円をかけて秋季キャンプの準備をする。そこでせっかく経験を積んでも、その後の12月と1月に遊んでいては、無駄になってしまう。そこで、一つの宿題(2月1日のオープン戦)を出した」

キャンプの最初から選手たちに「仕上がり」を求めることで、秋季キャンプ以降を無駄にしないようなシーズンオフを過ごしてもらおうとしたわけだ。その結果、キャンプ初日から140キロ台を出す投手も多く、「仕上がりはよかった」と落合氏は振り返る。選手たちが紅白戦に備えて体を作ってきたことで、「4勤1休」が主流だった中に「6勤1休」というハードな日程のキャンプも継続できた。

この6勤1休は、月曜日以外に試合があるという、ペナント開幕以降の日程と同じものである。キャンプという、一種の「準備段階」から「本番」を想定して調整したことが、間違いなく監督1年目からドラゴンズが優勝し、その後の黄金期を築くことになった一つの要因といえるだろう。組織を強くするには、これくらいの戦略的思考が要るということだ。

後編の記事ーなぜカープは「非合理的な盗塁死」を繰り返したか  「伝統を重んじすぎて失敗」は企業でも存在するーでは、今季のカープの特徴とも言える「日替わり打線」や、「無駄な盗塁死」を、ビジネス的な目線を交えながら考えていきたい。

期待、興奮、熱狂、転落、地獄…筆者の1年間


横浜スタジアムでの開幕戦。この頃は希望に満ち溢れていた(筆者撮影)


春先のマツダスタジアムでの様子(筆者撮影)


美しい光景である(筆者の妻撮影)


1位になれる…そう思っていた日々だった(筆者の妻撮影)


9月、ほぼ終戦となった神宮での1枚。雨模様なのもあり、いつもより元気がなく感じられた(筆者撮影)

(鬼頭 勇大 : フリーライター・編集者)