『おむすび』写真提供=NHK

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 NHK連続テレビ小説『おむすび』が9月30日から放送を開始した。定番の幼少期からではなく、第1話から本作ヒロインの橋本環奈が登場していることもあり、新たな朝ドラとして早くも視聴者をワクワクさせている。そんな本作の制作統括を務めたのは、NHKドラマでも名作と評判高い『一橋桐子の犯罪日記』や『正直不動産』を手掛けた宇佐川隆史。いずれの作品でもユーモアの中に、人と社会を優しく、ときに鋭く見つめる視点があり、娯楽作として、社会派作品として、高い完成度を誇っていた。『正直不動産』でもタッグを組んでいる脚本家・根本ノンジと宇佐川は一体どんな作品を目指しているのか。じっくりと話を聞いた。

参考:

『おむすび』は“美味しい町中華”にしたい

――ドラマの舞台に“平成”という時代を選んだ意図を聞かせてください。

宇佐川:企画を立ち上げた令和4年頃、すでに『らんまん』『ブギウギ』『虎に翼』まで決まっていたので、“昔の時代設定”かつ“それぞれにモデルがいる”と考えたときに、「朝ドラの可能性を広げるためにも違うことにトライしたほうがいいだろう」という感覚は持っていました。その上で“平成”としたのは、やはり私や(脚本家の)根本(ノンジ)さんの中に手触りがあったんですよね。経済の専門家から「失われた30年」と言われたり、総括として「平成は今の不安な状況に繋がっている」という声も聞きますが、私たちの見解としては「そうは言ってもなんとか頑張って生きてきたし、なんなら楽しかったよね」と。少し楽観的かもしれませんが、平成を描くことで「だから今も大丈夫だよ、楽しんでいこうよ」とストレートにメッセージがお届けできるのではないかと考えて、この時代を選びました。

――物語は2004年、平成16年からスタートします。

宇佐川:震災やバブルの崩壊があった平成の中でも、2004年は後に「ゆとり世代」と言われる時代。本来、平成は1990年代あたりがボリュームゾーンで、私も青春時代は1990年代だったので「その楽しい部分を描けばいいんじゃないか」というところもありますが、僕たちは無理に平成をいい時代に見せたいわけではないんです。あくまで「楽しかったよね、頑張ってきたよね」と一生懸命に生きた証を見せることで、“今”を元気づけたいと思っています。

――ストレートに元気を届けるというコンセプトの中で、震災を描くのは難しくもあるのでは?

宇佐川:正直、ものすごく難しいです。近年では『おかえりモネ』や『あまちゃん』もそうでしたが、震災を描くにあたり、観てくれる方の気持ちを第一に考えなければいけないと私自身ずっと思ってきました。一方で、阪神・淡路大震災の教訓や、そのときにみなさんが感じた辛さや思いが、果たして今に受け継がれているのか、活かされているのかという気持ちもあって。配慮しながら描くことは大切なんですが、真正面から描くことも大事なんじゃないかなと。震災から30年が経って、(当時を)語れる人も少なくなったと聞いた上で「何が起こったのか」「何が大変だったのか」をちゃんと伝えたいと思ったのが、まず一つのポイントでした。それをエンタメの中でどう描くかと考えたときに、「力強く前に進んでいこうよ」というギャルと、簡単に扱うべきではない震災、そのすべてが平成なので、それらを同じ熱量で描いていこうと。物語になりやすい、なりにくいでテイストを決めるのではなくて、「これが平成だったんだ」ということを伝えるために、“楽しいところは楽しい、辛いところは辛い”と、しっかりとそのままのかたちで描けるかが難しくもあり、覚悟を決めたポイントでもあります。

――震災に関するリサーチは、どのように行われたのでしょうか?

宇佐川:私は報道番組のディレクターとしても活動していて、東日本大震災のときには現地で情報伝達をしていましたので、その経験も含めて取材内容を詰めていきました。今回描く阪神・淡路大震災に関しては、1年以上前からスタッフと一緒に現地へ行って、100人では収まらない数の人々に話を聞いた上で物語を作っています。ちなみに根本さんは『監察医 朝顔』(フジテレビ系)というドラマをやられていて、これは漫画原作ですが、その漫画に震災のことは一切入っていないんです。でも、現代にアップデートするときに東日本大震災の話を入れていて、取材にも行かれている。そこで、この題材は根本さんのこれまでの経験も活きるのではないかと思いました。

――『正直不動産』でもご一緒されている根本さんの脚本の魅力についても聞かせてください。

宇佐川:誤解を恐れずに言うと、根本さんは非常に人気がある町中華の職人だと思っています。今回のドラマも『正直不動産』もそうですが、美味しい町中華にしたいなと思っていて。作っているのはラーメンやチャーハンのような火力で元気よく炒めたものなんですが、その奥に実は本物が隠されているというか。“技”や“出演者の力量”やいろんなものがあるけれど、最終的に出来上がるのは毎日食べたいシンプルで美味しいもの。実は根本さんの台本で一番複雑なのは初稿で、そこからどんどんブラッシュアップされて、ものすごくシンプルになっていくんです。今は考察だったりセリフの繊細さが注目されるドラマが多いですが、根本さんはどちらかというと「ただ純粋に楽しんでほしい」という方で。10本ドラマがあるうちの1本や2本、そんなど真ん中があってもいいんじゃないか、今だからこそストレートにやっていいんじゃないか、という思いで根本さんと組んでいます。みんなが毎日食べても飽きない。でも、その裏側には本気が詰まっている、というのが根本さんの一番の魅力であり、私が惚れているところです。

橋本環奈だからこそのヒロインとオーディションへの思い

――朝ドラヒロインの定番ともいえる“水落ち”は、第1話から登場しました。

宇佐川:あまりに唐突に来るので思わず笑ってしまうかもしれませんが、これから朝ドラというものを橋本環奈さんが担っていくにあたり、「私たちが物語を作っていくならば、きっとどこかに入れるだろう」と。であれば、もう一番最初に観てもらおうじゃないか、という思いがありました(笑)。「人を助ける」というのは物語とちょうどリンクするテーマでもあったので、初回に入れさせてもらった、というかたちです。「水落ちをさせたくて入れただろ」と言われたらその通りなんですが(笑)、ツッコミどころも含めて、これまで朝ドラをご覧になってきた方にも楽しんでいただけたらと思っています。

――今回ヒロインのキャスティングは、オーディションではなくオファーによるものだそうですね。

宇佐川:「朝ドラといえばオーディションだな」と私もずっと思っていたんですが、今回は序盤から震災を描くことを決めていたので、「今の時代に震災をどう自分事として捉えることができるか」「先人の方が味わった気持ちや困難をどれだけ未来に活かせるのか」を考えていました。その思いをヒロインに託したときに、新人の方がそれを受け止めながらやっていけるのか、という懸念があって。その上で「元気を届けたい」と考えたときに、やはり主人公と家族に関しては、しっかりとしたキャスティングでいこうと。一方で、有名無名関係なくオーディションしたいという思いもあったので、ギャルや男子高校生のオーディションで、朝ドライズムを継承しています。ギャルオーディションは通常のヒロインオーディションと同じ規模でやっているので、そこでまた、みなさんには新しい人材を見つけてもらえたらいいなと思っています。

――放送開始前には、橋本環奈さんのギャル姿も話題になりました。

宇佐川:最初に出したのは一番インパクトがある特別なシーンのビジュアルで、あえて派手なメイクをしているんです。なので、実際に本人がギャルマインドを持った後のビジュアルは、時代に即したものになっています。もっとも意識したのは、ギャルにも時代によってグラデーションがあること。平成だからと一色にするのではなく、コギャル、ガングロ、白ギャル、黒ギャルなど、時代に即したものをちゃんと描かなければいけないと。実は1年半ほど前に『egg』さんなどに取材をして、50ページくらいのギャル史を作りました。80年代から始まっているんですが、「ギャル」という言葉の起源から勉強して、大真面目に、もう学術的くらいの勢いで(笑)。その中で、今回いわゆる90年代のコギャルといった私たちがイメージするギャルは、姉役の仲里依紗さんに託しています。ちなみに考証はルミリンゴさんという伝説のパラパラギャルだった方にお願いしていて、おそらくこれ以上の方はいないだろうと思っています。

――主題歌はB’zが担当していますが、楽曲制作に際して宇佐川さんからリクエストされたことはありますか?

宇佐川:B’zさんには「今、大変だろうけど、頑張ってみようよ」といったメッセージ性のある曲があって、それを聴きながら企画書を書いていました。これこそギャルマインドであり、私たちがドラマの中で伝えたいことだと思っていたので、曲を聴きながら「この物語を作るぞ!」と自分を奮い立たせていた記憶があります。B’zさんには『ultra soul』のようなかっこいい曲だけでなく、私が聴いていた曲や『Easy Come, Easy Go!』のような「日々を過ごすって簡単ではないけれど、みんなで一緒に楽しんでいこうよ」とポンッと肩を押してくれる名曲もたくさんあるので、そういう曲を求めていますと伝えました。「今回の朝ドラにはB’zさんの曲が非常にふさわしいんじゃないか」と、暑苦しい感じで手紙を書きましたね(笑)。

――朝ドラ主題歌ということに対するリアクションはいかがでしたか?

宇佐川:ものすごく喜んでいらっしゃったそうです。私もびっくりしましたし、本当に運がよかったなと思いますね。「朝ドラの主題歌なんて光栄だ」とおっしゃっていただけたそうで、これまでの朝ドラを作ってきてくれたスタッフにも、本当に感謝しました。

――最後に、序盤の必見ポイントを教えてください。

宇佐川:序盤はギャル軍団に巻き込まれる主人公と、ギャル軍団の推進力。それから食の魅力と、やっぱり家族のやり取りの面白さですね。今ではフィクションを超えた家族像みたいなものが、裏でも表でも出てきています。第4週にパラパラのショーがあるので、そこまでは青春物語として、ハチャメチャに元気で、王道なギャルや家族のパワーを届けたいと思っています。このドラマは主人公が栄養士を目指す物語ですが、栄養士になるための逆算では作っていなくて。何十人という栄養士の方に話を聞いて、リアルな話の進め方にしているので、糸島の食だったり、経験がきっかけになっていくところも楽しんでいただきたいです。

――恋愛展開にも期待していいのでしょうか?

宇佐川:十分に期待していてください! 私は朝ドラが大好きで、朝ドラに恋い焦がれているところがありますので(笑)。いろんなタイプの男性が出てくるので、楽しみにしていただけたらと思います。(文=石井達也)