東武博物館のエントランス。東武スカイツリーライン東向島駅の高架下、駅からは徒歩1分だ(撮影:鼠入昌史)

東京、墨田区は東向島。かつて玉の井とも呼ばれたこの町は、隅田川と荒川に挟まれ、南には東京スカイツリーがそびえ立つ。町の中を、南北に東武スカイツリーラインが貫いている。そして、この絵に描いたような下町の東武線の高架下、東向島駅に隣接したところにあるのが、東武博物館だ。

高架下にある博物館

東向島駅を降りて改札を抜け、Uターンをして高架沿いを南に少し歩く。すると、向こうにいくつかの鉄道車両が見えてくる。いちばん目立っているのは、「けごん」と書かれたヘッドマークを誇らしげに掲げる「1720系デラックスロマンスカー」だ。

その脇には、日光軌道で使われていた「200形203号」もいる。高架下という、なかなかスペースには余裕がなさそうなところでも、ひしめくように保存車両が並ぶ。これが、東武博物館だ。

【写真を見る】東武スカイツリーラインの高架下、東武博物館の内部は?2階の窓からは東向島駅に停まる営業列車の車輪が目の前に(22枚)

「やはり鉄道系の博物館として、実物の車両の保存というのはいちばんに考えていかなければいけない使命であり魅力だと思っているんです」

こう話してくれたのは山田智則館長だ。


1720系デラックスロマンスカー「けごん」のヘッドマークの前で東武博物館の山田智則館長(左)と学芸担当課長の山田貴子学芸員(撮影:鼠入昌史)

東武博物館は、東武鉄道創立90周年を記念して1989年に開館。当時は6両だった保存展示車両は、いまでは12両にまで増えている。

「東武鉄道の開業時に走った蒸気機関車、電化されて初めての電車、電気機関車と『1号車両』が3両そろっているのが自慢の1つです。ただ、どうしてもスペースには限りがあるので、先頭部だけなどの限定的な形での保存になっている車両もあります」(山田館長)

実際に“動く”蒸気機関車

エントランスを入ってすぐのところにある5号蒸気機関車は、1899年の東武伊勢崎線開業時にイギリスから輸入した12両の蒸気機関車の1両。1日4回、動輪を動かし汽笛を鳴らすパフォーマンスを行っている。

5号蒸気機関車と向かい合うように並んでいるのが、1924年の浅草―西新井間電化に際して導入された“東武最初の電車”のうちの1両、「デハ1形5号」電車だ。木造の、いかにも戦前の電車といった風合いで、車内に入ることもできる。出入り口など細かいところの意匠にもこだわりがあるのは「最初の電車」だからなのだろうか。


エントランスを入ると最初に目に飛び込んでくるのが「5号蒸気機関車」。奥が「デハ1形5号」。全貌は現地で見ていただきたい(撮影:鼠入昌史)


デハ1形5号の車内。窓枠から床まですべて木造で、運転台もポールで仕切られているだけだ(撮影:鼠入昌史)

中庭に展示されている「ED101形101号」も第1号車の1つ。1930年に運用を開始した、イギリス製の電気機関車だ。長く貨物列車の牽引などで活躍し、晩年は近江鉄道に譲渡、1988年まで走っていた年季モノ。近江鉄道で保存されていたものを引き取り、2009年から東武博物館で展示しているという。

「博物館20周年を記念して、5700系とともに新たにラインナップに加わりました。中庭といっても周りが狭い場所にあるので簡単に設置することができなくて。隣接する小学校の敷地を使わせてもらって、冬休みの夜中にクレーンでつり上げて設置したんです」

当時のことを振り返るのは、学芸担当課長の学芸員、山田貴子さん。学芸員資格を取得後、オープニングスタッフとして採用された、いわば東武博物館の生き字引だ。


中庭には2両の車両を展示。手前が「5700系」、奥は「ED101形」。こちらも全貌は現地で(撮影:鼠入昌史)

電車の運転を体験できる

保存車両はもちろん、東武鉄道の1日を表現したパノラマショー、大型モニターを使った運転シミュレーターなど、さまざまな展示を揃えている。シミュレーターの1台は10030型のカットボディを用いたもの。ほかのシミュレーターはすべて入館料だけで遊べるが、これだけは別料金。人数限定のため、朝から並んで整理券をもらう人もいるという。


シミュレーターコーナーは人気が絶えない。左は50050系、右は8000系(撮影:鼠入昌史)

一般的なシミュレーターならば、もちろん誰でも気軽に楽しめる。ツーハンドルの8000系とワンハンドルの50050系を運転し比べてみるのも面白い……と思ってやってみたが、なにぶん初めてなものでちんぷんかんぷん。元運転士のスタッフがサポートしてくれたおかげで、なんとかかんとか停車させることができた。


キャブオーバーバスはボロボロの状態から現役当時の姿に復元したという(撮影:鼠入昌史)

シミュレーターコーナーの脇にも保存車両が並んでいる。変わり種では明智平ロープウェイのゴンドラやキャブオーバーバス。ゴンドラは2001年まで活躍していた比較的新しいもので、バスは昭和30年代に活躍したガソリン車。東武佐野線の渡瀬駅前に保存……というよりは半ばほったらかしになってボロボロになっていたものを、開館時に復元したという。

バスやゴンドラも展示

「車内も現役当時の姿に復元しています。お客さんが増えて座席が足りなくなって、運転席の脇まで増設していたり、車掌さんが乗っていた時代なのでそのスペースがあったり。そういうところに時代を感じます」(山田学芸員)


車内は運転席も客席も、いまのバスとはまったく違う構造だ(撮影:鼠入昌史)

館外に見えたデラックスロマンスカーと日光軌道の電車。普段は館内から車内に入ることができる。取材に訪れたときは、日光軌道の車両は修繕工事の作業中。長く車両を在りし日の形のままにとどめておくためには、こうした作業も欠かせない。


取材時は修繕中のため関係者以外立ち入り禁止だった日光軌道200形203号の車内(撮影:鼠入昌史)

ぐるりと館内を歩いたつもりでも、東武博物館はまだまだ終わらない。外からはわかりにくいが、この博物館は2階建て。2階にも展示スペースが待っているのだ。

「2階ではやはりリアルタイムコーナー、ウォッチングプロムナードが人気です。ちょうどスカイツリーラインのレールのところに目線が来るようになっているので、行き交う列車を眺めることができます。特急はあっというまに通過してしまいますが、各駅停車はすぐ目の前に台車が来るのでおもしろいですよ。この角度から車両を見る機会って、なかなかないと思います」(山田館長)


ウォッチングプロムナード。手前には上り線のレール、奥には東向島駅停車中の下り列車(撮影:鼠入昌史)

また、2階にはもう1つ“東武博物館ならでは”の展示があるという。それは、「向島サテライト」。この一角は向島の歴史などに関する資料を展示している。向島といえば、永井荷風の『濹東綺譚』をはじめ、多くの文豪の作中にも登場した町だ。そうした歴史や地域の伝統工芸品などが「向島サテライト」の中に並んでいる。

資料が集まってくる

「こうした地域の資料もあわせて展示している鉄道系博物館はほかにはあまりないと思います。やっぱり東武はこの地域の中で育ってきた鉄道ですから、地域との関わりも大事にしていきたいです」(山田館長)

2階には、他にも東武鉄道の歴史を象徴するような記念物をまとめたコーナーなどがある。図書閲覧室には東武鉄道に関する資料はもちろん、他の鉄道会社の社史なども揃っている。

いまも東武鉄道から本社などで保管されていた資料が届くのだとか。

「昔の社員の方から古い写真をドサッと寄贈していただくこともあります。ただ、正直整理がまだまだ追いついていなくて……。写真ひとつとっても、いつどの場所で撮影されたものなのかを確認していく作業は大変です。今後はそうしたこともしていければと思っています」(山田学芸員)

もしかすると、どんどん増える資料の中にも、鉄道ファン垂涎の“お宝”が眠っているかもしれない。


非公開のバックヤード。乗車券や図面、写真などの資料は日々増えてゆく。こうした資料を整理・管理し、価値のあるものを見いだすのも学芸員の仕事だ(撮影:鼠入昌史)

と、一つひとつを細かく見ていくと、とうてい1時間やそこらでは終わらないくらいの充実した博物館。決して広いとはいえない高架下のスペースをうまく活用した保存車両の展示は神ワザといっていい。運転中の列車の台車が目の前を通るプロムナードも、いつまでも見ていられるほどだ。歴史資料だって、当時の息吹を感じられる貴重なものばかりだ……。

「実は東武博物館で保有している保存車両はこれだけではないんです。SL大樹で使っている蒸気機関車も、博物館で保有しているんです。2012年には8000系も1編成保有して、動態保存しています。8000系はいまも現役ではありますが、輸送力増強に貢献した車両で、いまにも通じる基本設計車両。その価値を考えて、博物館で保有して動態保存することにしました」(山田館長)

その8000系、東武博物館で主催する少年サッカー・少年野球大会での優勝チームの写真を飾ったメモリアルトレインなどとしても運転されていて、基本的にアーバンパークラインでの運用に就いている。

動態保存も手がける

「これからも、特急車両などを中心に保存すべき車両が出てくると思います。館内に展示するスペースが厳しいので、どうしていくか。悩ましいですが、それでも車両は一度壊してしまったらもう二度と復活することはできないですからね。動態保存を含め、なんとかして残していきたいと思っています」(山田館長)

まさにこれこそ博物館の最大の役割、というわけだ。

これまでは鉄道ファンや地元の子どもたちなどが来館者のメインだった。それが、最近はインバウンド隆盛、欧米の観光客もしばしば足を運ぶようになっている。

学芸員の山田さんは「なかなか追いつかないこともありますが、隔月で発行している『東武博物館だより』などを通じて、少しでも博物館の取り組みを知ってもらいたい」と話す。

関東地方の私鉄の雄・東武鉄道。開業から120年を超えるその歴史を支えてきた車両たちとさまざまな資料、そして地域との関わり。それが一覧できる東武博物館は、もしかすると東京の下町さんぽでは外せないスポットなのかもしれない。


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(鼠入 昌史 : ライター)