2023年7月19日、韓国の釜山に停泊中の弾道ミサイル潜水艦ケンタッキー。アメリカが核弾道ミサイルを発射できる潜水艦を約40年ぶりに韓国の港に寄港させたが、これはアメリカによる韓国への拡大抑止強化の一環だ(写真・ 2023 Bloomberg Finance LP)

「韓国の核武装は時間の問題、早ければ10年以内、遅くとも20年以内」。韓国独自の核武装を提唱し、その世論・国際的支持獲得をリードする書籍が日本でも翻訳出版された。

筆者は鄭成長(チョン・ソンジャン)氏。韓国のシンクタンク世宗研究所朝鮮半島戦略センター長を務める、著名な北朝鮮問題専門家だ。鄭氏は日本での著書出版にあたり、日本の核武装も提唱している。その真意はどこにあるのか。

今回日本で出版されたのは『日韓同時核武装の衝撃』(姜英之訳、ビジネス社)。韓国語による原題は『なぜわれわれは核保有国にならなければならないのか』とタイトルがつけられている。

核武装論が支持される理由

韓国は日本同様、アメリカの核の傘に入る一国だが、この数年、韓国は独自に核武装すべきという「核武装論」がじわりと広がっている。各種世論調査で「韓国が核武装すべきか」という質問に対し回答者の50〜70%が「核武装すべき」と答えるなど、核武装論はいまや無視できない数字だ。

鄭氏は韓国が核武装を積極的に考慮しなければならない理由を、次のように述べる。

〈もし北朝鮮が米国および韓国との非核化交渉のテーブルにつき、核放棄と国際社会の制裁の緩和、米朝関係の正常化、平和協定などを取り引きする案について真剣に議論する意思があるのなら、韓国があえて核保有を推進する理由はないだろう(…)しかし北朝鮮はもはや米国と非核化問題に関して論議せず、むしろ核弾頭を幾何学級数的に増やすという立場だ。したがって、非核化交渉の再開を期待するのは非常に現実的だ。〉(31ページ)

鄭氏の現状認識は正確だ。北朝鮮は2023年末から現在に至るまで、韓国を敵国とみなす発言を繰り返している。一方で、アメリカとの交渉も拒否し続けている。

2019年2月、ベトナム・ハノイでの米朝首脳会談が決裂して以降、北朝鮮はアメリカとの関係正常化よりは、それまで進めてきた核開発の完成を急ピッチで進めるようになった。北朝鮮の最高指導者・金正恩総書記をはじめとする北朝鮮首脳部には現在、「非核化」という文字はないように見える。

一方で、韓国の尹錫悦大統領をはじめ現政権には核武装という考えは希薄であり、アメリカとの同盟関係を中心に、日本とも協力しながら抑止力を強化する方針を採っている。

2023年4月の米韓首脳会談で発表された「ワシントン宣言」のように、核兵器搭載可能な原子力潜水艦の韓国への寄港などをはじめとする「核の傘」の強化こそ、北朝鮮への抑止力になるとの考えを崩していない。

そんな韓国政府の方針に、鄭氏は疑問を呈する。韓国側が通常兵器で北朝鮮の核兵器に対応しようとすれば、莫大な国防費が必要だとし、そうしても核兵器に効果的に対応できるのだろうか、と。


また、アメリカの拡大抑止は、北朝鮮が非核国家でICBM(大陸間弾道ミサイル)を保有していなければ信頼に足るやり方だが、現在の北朝鮮はそのレベルよりはるかに上を行っているのは確かだ。

韓国は日本同様、NPT(核不拡散条約)加盟国であり、その状態で核武装を宣言すれば世界からの制裁が待ち受けている。韓国が平和目的以外の核開発を行うとなれば、当然、世界各国から各種経済制裁を受けることが予想される。

経済制裁あっても核武装が有利

しかし、これにも鄭氏は反論する。日本同様に世界経済に占める経済力が強い韓国を、アメリカなどはそう簡単に制裁できるだろうか、というのだ。

例えば、1990年代後半にインドが5回にわたって核実験を行った後にアメリカを中心に制裁が実行されたが、徐々に制裁は緩和され、2001年9月には完全に廃止されている例を挙げる。

また現在、アメリカと中国が戦略的対立を深め、経済安保が重視されるようになった。その核心的な技術・産業は半導体分野であり、これにはアメリカも韓国企業の力を借りなければならない。となれば、アメリカが韓国経済を破綻させるような制裁を行うことは現実性がないと指摘する。

その点でも同盟関係を持ち出すアメリカが、韓国経済の弱体化をしようとは考えられない。しかも、弱体化する韓国を歓迎する国は、まさしく北朝鮮だと付け加える。

鄭氏は日本での出版にあたり、日本も核保有を真剣に考慮すべきだと提案する。日本は世界唯一の戦争被爆国であり、核兵器など核に対する強い拒否感を持っていることは理解できるとしながらも、次のような情勢判断ゆえに、日本の独自核武装が必要なのではないかと訴える。

〈日本国民の大部分は、米国がいかなる場合にも自国を守ってくれると絶対的に信頼している。ところが周辺国、特にロシアと中国、北朝鮮はいずれも核兵器を持っているのに、非核国家である日本がこれらの国家と独自に対抗できるだろうか?〉(220〜221ページ)

これには、アメリカが今後、「世界の警察」としての役割を放棄し、同盟を軽視する政治指導者が出現したらどうなるか、という可能性が背景にある。台湾有事が仮に発生してもアメリカは台湾防衛に乗り出さず、インド太平洋地域でのアメリカのプレゼンスを縮小させるとなった場合、非核保有国である日本はわが身を守れるのか、ということだ。

韓国で独自の核武装論が広がっている背景には、現在の尹政権が強化しているにもかかわらず、アメリカの「核の傘」を信頼できないという韓国の感情が表出している。米韓同盟を信じながらも、一方でアメリカの態度に不信感を拭えない――。そんな韓国人の気持ちが垣間見えるのだ。

例えば、本書でも触れられているが、朝鮮半島で有事が発生し、同盟関係にある韓国を防衛しようとアメリカ軍が出動した場合、北朝鮮がアメリカに対し「ワシントンやロサンゼルスをICBMで攻撃する」としたら、アメリカはそれでも朝鮮半島で韓国を守ることができるのかという疑問が代表的な不信感の理由だ。自国が攻撃されようとしているのに、それでも韓国という他国をアメリカは守ってくれるのか、ということだ。

「抑止力は十分」反論も

ただ、そのような不信感はあまりにも現実離れしているとの主張も韓国では根強い。


例えば、鄭成長氏の著書とほぼ同時期に日本で翻訳出版された『金正恩の「決断」を読み解く』(彩流社)の著者である鄭旭苾(チョン・ウクシク)氏がその代表的な論者だ。韓国では著名な平和活動家であり、『ハンギョレ』平和研究所所長の鄭旭苾氏は、韓国では「核インフレーション」、すなわち北朝鮮による核の脅威があまりにも誇張されている、と指摘する。

これには、次のような主張が韓国にある、と紹介する。

〈核を持った北朝鮮が朝鮮半島の共産化を行うだろうという主張は以前にもあり、今後も継続して出てくるだろう。このような主張の論理構造は(…)第1段階で北朝鮮は破壊力が低い戦術核兵器を動員して韓国に奇襲攻撃を仕掛けたり圧迫する。第2段階として、北朝鮮が戦略核兵器であるICBMで米国の大都市を攻撃すると脅し、米国の介入を遮断する。第3段階は、北朝鮮が韓国軍と在韓米軍の主要基地に攻撃を加え、韓米連合戦力を無力化し、特殊部隊を投入して韓国の主要施設を掌握する。最後に北朝鮮が地上軍を投入して朝鮮半島の武力統一を完成させる。〉(120ページ)

この主張のように、アメリカの介入が北朝鮮が狙うICBMに遮断され、韓国を守らないのではないかと恐れる人が韓国では少なくはないということだが、鄭旭苾氏はこのようなシナリオには「致命的な欠陥がある」と指摘する。それは、米韓同盟は北朝鮮の核の脅しには強力な報復能力とそれを使う意思を必ず示す、というものだ。

米韓同盟は北朝鮮に対し十分な報復能力を保有しており、その使用を何回も北朝鮮に表明してきている。したがって、前出のシナリオの第1段階はすでに破綻しているという。

また、第2段階の内容にも反論を行っている。すなわちアメリカは約4万の核兵器を保有していたソ連を相手にしながらも、同盟国を保護する核の傘を広げてきた。当時のロシアや中国と比べても弱小国である北朝鮮の脅威に対して、同盟国である韓国の防衛を放棄することは杞憂なのだと。

さらに韓国には在韓米軍を含めて10万人超のアメリカ人が居住しており、北朝鮮がアメリカ本土に向かって核の脅威を向けてくれば、使用可能なすべての手段を動員して報復すると警告するのは確実だと鄭旭苾氏は断言する。

鄭旭苾氏は逆に、「アメリカの圧倒的な報復という脅威を前にした北朝鮮はどのような選択をするだろうかを考えてみたほうがいい」と言う。それは、アメリカが報復できないという一抹の希望にすがって自身の核兵器を使用するかどうか。

それは「10発の拳銃に9発を残して行うロシアンルーレットと同じ」ことだと一笑に付す。北朝鮮の指導者はそこまで愚かではない、ということだ。

日本以上の軍事力を持つ韓国

さらに、決定的な理由があると、鄭旭苾氏は紹介する。アメリカは世界戦略の中心に同盟を置き、その同盟は信頼に基づいている。となれば、アメリカが北朝鮮の脅威に屈服したとなれば、その信頼が根底から崩れることを意味している、と解説する。

これまでアメリカが力を傾けて推進してきたMD(ミサイル防衛システム)は、北朝鮮の脅威を口実にして推進されたものなのに、いざとなってMDを使わないまま北朝鮮に屈服することがあれば、アメリカの世界戦略、世界覇権戦略が台無しになってしまうことに気づくべきだという。

鄭旭苾氏の主張は、韓国軍はすでに日本の自衛隊を抑えて世界6位の軍事力を保有するに至っていることは、すでに十分に北朝鮮に対する抑止力が朝鮮半島にはあるということだと示す。

一方、核武装を唱える前出の鄭成長氏は「第6位の軍事力を持つのに、それだけでは北朝鮮の核を防げない」という認識だ。

日本はどうする?

世論調査での支持があっても、実際に韓国が独自の核武装に踏み切るかは未知数だ。韓国でこのような議論が出ている中でも、北朝鮮はますます自国の核武力の充実を止めない。

日本ではこれまで間欠泉のように核武装論が出てきたことがあった。核共有(シェアリング)についても、安倍晋三、菅義偉政権時に出たが、日本では非現実的な議論だと政界では結論づけられたようだ。

日本はアメリカとの軍事分野での同盟を強化する一方だが、その脅威の根源とする北朝鮮と相対しようとはしない。日本とアメリカに新しい指導者が登場しようとする中、東アジアの安全保障は緊張状態を続けている。

(福田 恵介 : 東洋経済 解説部コラムニスト)