井上尚弥【写真:中戸川知世】

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米紙「ロサンゼルス・タイムズ」ディラン・ヘルナンデス記者に聞く

 ボクシングの世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(大橋)が9月3日に東京・有明アリーナで元IBF世界同級王者TJ・ドヘニー(アイルランド)との4団体防衛戦を迎える。注目の一戦と、パウンド・フォー・パウンド(PFP)トップを争うモンスターのボクシング史における位置付けについて、「THE ANSWER」は米紙「ロサンゼルス・タイムズ」の名物コラムニスト、ディラン・ヘルナンデス記者に米国で話を聞いた。

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 井上の次戦の相手はドヘニー。間違いなく井上が勝つ。今の井上はかつてのマイク・タイソン(米国)に似ている。タイソンの全盛期は、誰もが試合前から彼が勝つことをわかっていた。タイソンはどんな勝ち方をするのか、どれだけ相手を叩きのめすのか、というのが試合前の焦点だった。

 例えるなら、ピラニアのような井上に対するドヘニーはエサ。一方的な勝利になると思う。

 前戦のルイス・ネリ(メキシコ)戦も予想通りの結果だった。あの試合、井上が喫したキャリア初のダウンはネリのラッキーパンチのような印象もあったけれど、ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)決勝のノニト・ドネア(フィリピン)戦以来、高い修正力が光った。ドネア戦でも余裕がありすぎたのか、左フックを受けて、骨折してしまった。相当の痛みだったと思う。疲れに、苦境が重なる状態でもしっかりと戦い抜いた。ネリ戦のダウンも、その後の冷静さが印象的だった。

 井上は文句なしに強い。しかし、対戦相手を見て改めて感じることは、同じ時代に拮抗した実力者がいないという不幸。個人的に一番才能のあるボクサーはロイ・ジョーンズJr.(米国)だと思っている。他の選手が全く敵わない能力の持ち主だったけど、残念ながら彼には好敵手と呼べる実力者がいなかった。ジョーンズJr.は全盛期のマービン・ハグラー(米国)相手でも勝てたと思うけれど、ボクシング史上トップ100の名手に入るかと言われると、わからない。

 ボクシングの歴史にその名前を刻むために、強烈なライバルと言える存在が同年代にいないことが厳しい。

井上が「不幸」である理由は「ライバル不在」

 現代のアメリカボクシング界の状況がその一因かもしれない。1970〜80年代を通じてアメリカで最もビジネス的に稼げるスポーツはボクシングだった。しかし、今ではバスケットボールなど他のスポーツの方が稼げる。小柄でアジリティの高い人はサッカー選手の道を選ぶので、優秀なアスリートはボクシングの道をなかなか選択しない。90年代の後半でも各階級に10人くらい強烈な実力者がいたが、今のボクシングのタレント層はすごく浅いものになっている。

 タレント不足が深刻なので、今はビッグファイトを作るのが難しい状況。井上のみならず、階級を上げて、王者同士の戦いにしないと大きなマッチメークにならない。ルールとして同じ体重の選手が戦うことが大前提のボクシングの世界で、この流れはどうなのかと思う。

 井上も一時期、アメリカで戦った。世界に認められようとラスベガスでアピールしたけど、良いライバルがいなければ、こちらではチケットやペイ・パー・ビュー(PPV)はなかなか売れない。

 かつてボクシングのビッグマッチは国民的イベントだった。カネロ(サウル・アルバレス=メキシコ)―フロイド・メイウェザー(米国)戦があった日、MLBのドジャースは遠征だった。ドジャースの試合時間とビッグマッチが重なった時に何が起きたか。選手たちはPPVを買い、クラブハウスで観戦したんだ。ドジャースの攻撃中はみんなダグアウトにいない。チームでは問題になったけど、ボクシング人気はそれほど凄かった。ビッグマッチがあれば、みんな「これしかない」という感じだった。

 PFPトップの一角と評価されるテレンス・クロフォード(米国)も人気がない。井上と同世代のタレント、スター性で言うと、ガーボンタ・デービス(米国)くらいしかいない。さすがに体重とフレームの違いが大きすぎるので、実現すべきではない。偉大な対戦相手の存在で自分のレガシーを築いていくボクシング界で、ライバル不在の井上の状況は不幸と言える。

(THE ANSWER編集部)