空に願いを。太陽は人をひとつにする！ 欠けることない皆既日食の思い出
一生に一度の経験。一生忘れられない気持ち。
2024年4月8日。あれから四半期が経っても、まだあの太陽がいなくなった約4分間の記憶が、気持ちが、鮮明に残っています。いやもう、ちょっと前のことより遠い昔の記憶の方がハッキリ思い出せる今日この頃ではありますけれど。
日本は次のチャンスが2035年。準備してでも見るべき理由を、テキサスからお伝えします。
1878年以来の皆既日食がダラスに
テキサス州ダラスに1878年以来、約150年ぶりの皆既日食がやってきたのは4月8日の午後1時40分のことでした。
前回の皆既日食の時は、こんな感じだったそうです。日本は明治11年。東京で竹馬が禁止になった記念すべき年です。
これまでの人生で部分日食や皆既月食は経験しましたが、気合を入れてその瞬間を待ちわびるなんてありませんでした。数日前から当日の天気をチェックした記憶もありません。
でも、今回は違いました。なんで違ったのかは、四半期たった今でもわかりません。ワクワクでもドキドキでもなく、神聖ななにかが宿っていると噂される洞窟をのぞきに行くような、怖さとも違う「畏れ」といいますか。そこに子ども時代になにかを初めてするときの、腰がちょっと引ける感じを混ぜ合わせたような気持ちでした。
まだ科学が発達していなかった頃、昔の人たちは日食を不吉なものと恐れたそうです。ほんのりとでも明かりがついていないと眠れない自分にはわかる気がします。てか、何も知らない状態で昼間にいきなり暗くなったらパニクる自信あります。
真っ暗にはならないらしいと事前に知っていても、昼間に太陽が消えてプチ夜がやってきたときに自分がどんなリアクションをするのか、まったく想像できませんでした。でも、「なんとも思わない」なんて結果にならない自信はありました。
気候変動の科学を学んだわりに、日食や月食、流星群などには関心が薄かった自分ですが、「これを見逃したら絶対に後悔する」と、根拠もなくそう確信していました。きっとぼくの中のゴーストがそうささやいたんです。
天気予報は雨
皆既日食当日からさかのぼること2週間。まだ10日間予報も出ていないときに、気象モデルはダラスの天気をぼんやりと「皆既日食を見るには最悪の気象条件になる」と告げていました。
あ、雨なの？ いや、でも、遠足も社会見学も修学旅行も部活の試合も運動会も体育祭もずっと晴れだったはず。科学では証明できていないけど自分は絶対的な晴れ男だと信じて、皆既日食の11日前に日食グラス5点＋カメラ用フィルターのセットをポチりました。ひとりで見るつもりだったのに。だって、2点セットより安かったんだもの。
日食グラスも手元に届いて、あとはその瞬間を迎えるだけ。そこからは毎日、1日に何度も10日間予報をチェックする日々。すると、日に日に「絶対雨ぽい」から「ほぼほぼ雨」、「雨」、「たぶん雨」、「雨は降らないかもだけど間違いなく曇り」へと期待が膨らむ方向へ。奇跡、カモーン！
太陽が欠けはじめる午後12時20分過ぎから晴れてくれなんて言いません。太陽が完全に隠れる午後1時40分から終わるまでの約4分間だけ、太陽の周りから雲を追い払ってくれればそれでいいんです。そう願うのは、ちっぽけな人間の大きなぜいたくなのでしょうか。人間の短い一生でたった一度の経験なんだから、ぜいたくさせてよ、太陽の神様！ お願い！
ミラクル起こる
はやる気持ちを抑えずに迎えた皆既日食の当日。日食のルート内の地域では、そこかしこで日食パーティーが行なわれました。月曜日だったのに、みんな仕事と学校どうした？ 皆既日食の真っ最中に車を運転するなとは言われたけど、仕事や学校に行くなとは言われていなかったはず…。
ぼくは、昔から映画やコンサートはひとりで行く派なので、だれの干渉も受けないで静かにぼっち日食を堪能する気満々でした。
時計と空模様を交互に眺めながらそのときを待ちましたが、当日の予報でも皆既日食時の天気は曇り。
太陽が欠けはじめる1時間半前の空がグレーすぎて気持ちはブルー。空よ、心と同じくらいブルーになってくれ。
すると、ダラス都市圏800万人の願いが通じたのか、欠けはじめる直前に雲間から太陽が顔を見せはじめたんです。天気予報、この日だけは外れてくれてよかった！
よっしゃ、欠けはじめた太陽をガン見してやろうと日食グラスをウルトラセブンのように装着して見上げてみると、いきなり太陽が全部消えてしまってですね。何度試しても、一筋の光も見えず。日食グラスを買ったサイトのレビューをチェックしたら、「なにも見えん」と言ってる人多数。チーン…。
落ち込んだり怒ったりしている時間はもったいないので、気を取り直して米航空宇宙局（NASA）の日食ライブストリームを見ながら、皆既日食の時間を待ちました。
そして、徐々に月の陰に隠れていった太陽が完全に消える瞬間がやってきました。ダラスのダウンタウンに集まった人たちは、暗くなった瞬間に超盛り上がって大歓声が…。
不可思議な光景
家の裏庭で、どんな気持ちになるかを想像できないまま、わずかな輪郭だけを残していなくなった太陽を見上げていたぼくは、無表情で小さく「わーお」とつぶやいて固まっていました。フィルターを使って動画を撮っていたスマホのチェックも忘れて（ぼんやりしたオレンジのような太陽しか映ってなかった。ぴえん）。
上の動画ではよくわからないけど、太陽が沈んだ直後の夕闇とも違う、まるで天空で太陽が沈んだような、見たこともない暗さなんですよね。黒でもなく、濃いブルーでもなく、白みがかった暗めのブルーグレーの豆電球を徐々に暗くしていくみたいな感じ。グラデーションのない、均一的なほんのりした明るさというか。
空が暗くなったら星がたくさん見えるかもと思っていたら、夕暮れと同じように明るい星だけ見えました。どうやらあれは金星だったようです。事前にチェックしておいたら、もっといろいろ楽しめた気がします。日食グラスと同様、準備不足が過ぎました。次に活かせない反省。
太陽の輪郭の光（ダイヤモンドリング効果）は残っているので、影ができる程度の明るさはあるんです。暗いけど、ちゃんと遠くまで見通せる不思議な景色がそこにはありました。
なんだこの不思議な暗さは、と戸惑い気味のぼくとは違って、街灯や隣にある教会の駐車場のライトは明るさに合わせてほんの数分間あたりを照らして、太陽が再び顔を出すと消えました。
注目と罵声を浴びたかったのか、たった4分の間に、雲が月に隠れている太陽を数十秒だけ隠して通り過ぎていきました。自己顕示欲強すぎというか、おいしいというか。たぶん、今世紀ダラスでいちばん注目を集めた雲だと思われます。
皆既日食って、時間をかけて徐々に暗くなるのかと思っていたんですね。でも、実際は太陽が完全に隠れる数秒前からフッと暗くなって、日食終わりもダイヤモンドリング効果の輪っかから光の玉が飛び出した途端に周囲がブワッと明るくなったのも神聖な驚きでした。
驚きがもうひとつ。太陽がほんの4分足らず姿を隠しただけだったのに、平均気温が2度以上も下がったんです。「暖かい」から「涼しい」設定に切り替わったような。エアコンでもあんなに温度を急に下げられないはず。
一斉に暗くなってまんべんなく気温が下がるせいで気圧のひずみが生まれないからか、風も吹きませんでした。
4分だけ時が止まって静寂が訪れた世界で自分だけが動いていて、スタンド使いになったような気分を味わいました。
なんだか、自然の力はすごい、とも違う、自然や人間の力がおよぶ域を完全に超えた、この世のものとは思えない世界を垣間見たような気持ち。唯一肉眼で見てもOKな100%の皆既日食じゃなかったら、あの光景にもあの気持ちにも出会えなかったので、ゴーストのささやきに感謝です。
また、日食や月食のたびに、その求心力に感心させられます。いつもそこにあるはずの太陽がほんの数分消えるだけの現象を、通り道の人たちが大勢集まって一緒に経験する様子を見ていると、こんなに分断してしまっている社会でも、いろんな違いを取っ払って、同じ気持ちを共有できるんだなってちょっぴり希望が持てました。もっと頻繁に日食や月食が起こったら、みんなもっとやさしい気持ちになれるかも。
愚痴になっちゃいますけど、日食や月食の科学はだれしも疑わずに信じるんですよね。気候変動も気候科学者間のコンセンサス（97%の気候科学者が気候変動は人間活動が原因としています）と同じ認識が世間一般に広がれば、対策ももっと速く進むような気がします。
太陽光発電量が激落ち後V字回復
日食前から、テキサスでは日食中の太陽光発電量が激減して停電するんじゃないかとささやかれていました。いやー、いくらなんでも、上の地図でわかるように細いルートを南西から北東に抜けて行くだけなのに、停電するほどの落ち方はしないっしょと高をくくっていたら、想像を超えるガタ落ちぶりにびっくり。
日食前の1時間と、日食が起こった1時間で、太陽光発電量が72%も減ったんですよ。V字回復ってこのこと。4分間隠れただけなのに。太陽、すごすぎ。伊達に「1メートル四方につき1000W」じゃないですね。
日本の皆既日食は2035年9月2日
テキサス州ダラスで見られる次の皆既日食は、約300年先の2317年。生きてるわけない。いや、ピンポイントで生まれ変われば可能？ 300年後って温暖化でダラスなんて人が住んでいない気がする…。
日本では、2035年9月2日午前10時頃に北陸から関東にかけて皆既日食が見られるそうです。長野では100%の皆既日食、東京では99.2%のほぼ皆既日食（いちおう部分日食）になります。
事前にニュースになるとは思いますが、通り道に住んでいる予定の方は、カレンダーに登録して、5個セットの安売りではない、ちゃんとした日食グラスを用意したら、本当に太陽が見えるかどうかもチェックして、あとは天気予報とにらめっこしながらその瞬間を待ってください。
そして、使用後の日食グラスは次の日食（2040年代にも部分日食あり）のためにキープするか、寄付をするか、フィルム部分をはがして紙の部分をリサイクルに出しましょう。
太陽の恵みと言うけれど、太陽が恵みだったんですね。この一生に一度の経験を締める言葉としては語彙力なさ過ぎですけど、世界も人々の心も照らしてあたためる太陽、マジすごいです。
Reference: The Dallas Morning News(1, 2), County College Northeast, Heritage Room, ウィキペディア(1, 2), FOX 4 Dallas-Fort Worth / YouTube, NASA (1, 2), 日食ナビ, ERCOT
