後悔しても遅い。症状がないからといって甘く見てはいけません。(写真:metamorworks/PIXTA)

「誰か教えてくれたら、こうならなかった」。糖尿病による壊疽(えそ)によって足を切断した男性は、こう悔やむ――。

これまで1000人を超える患者を在宅で看取り、「最期は家で迎えたい」という患者の希望を在宅医として叶えてきた中村明澄医師(向日葵クリニック院長)が、若い人たちにも知ってもらいたい“在宅ケアのいま”を伝える本シリーズ。

今回のテーマは、生活習慣病の予防。「自分は大丈夫」と過信することの危険性、現役世代が知っておきたい生活習慣病の予防法や注意点などについて解説する。

自覚症状がないから大丈夫

妻と、独身の息子と3人で暮らしているAさん(71)。10代後半からタバコとお酒をたしなむようになり、社会人になってからは、タバコは1日1箱吸うのが当たり前、お酒は休肝日なしで、飲み歩く日々でした。

食べすぎや飲みすぎ、喫煙などは、血糖値を上昇させる原因です。Aさんもそうした生活習慣が影響し、40代で受けた健康診断では、すでに血糖値が高いことが指摘されていました。

ところがAさんは、特に自覚症状がなかったため、「大丈夫だろう」と油断していたようです。

喫煙や飲酒習慣を変えることなく過ごしていたところ、50代で脳梗塞を患い、車いす生活に。会社勤めも通勤が難しくなったため、50代半ばで早期退職せざるを得なくなったのです。

脳梗塞は、脳の血管が詰まり脳細胞が死んでしまう病気で、多くの場合、半身まひや嚥下(えんげ)障害、失語などの機能障害が生じます。脳梗塞を含む脳血管疾患は、介護が必要となる状態や寝たきりになる原因の1、2位に挙げられています。

自宅で過ごすようになったAさんは、脳梗塞を患ってもなお「自分は大丈夫だろう」と、それまでの生活習慣を変えることなく過ごしていました。車いす生活で自由に外出できなくなったことで、「お酒とタバコが唯一の楽しみだから、やめたくない」という気持ちも強まったそうです。

家族はそんなAさんを心配しながらも、「本人がそうしたいなら仕方がない」と注意することなく、なかば諦めモードでいたようです。

その結果、Aさんは脳梗塞から5年後には心筋梗塞を患い、8年後には足の組織が壊死し、片足を切断することになります。さらに、失明の恐れもあるということを知り、愕然とします。

足の切断、そして失明の危険性がすぐそこまで迫っている段階に来て、やっと糖尿病がいかに深刻な病気なのかを自覚したのです。

糖尿病を放置しておくと…

糖尿病は放置しておくと、さまざまな合併症を引き起こします。その代表的なものが糖尿病性神経障害、糖尿病網膜症、糖尿病性腎症で、「3大合併症」と呼ばれています。

糖尿病によって動脈硬化が進行すると、足先の血液循環が悪くなり、足の組織が壊死して、壊疽(組織が腐って死ぬこと)を起こしてしまうことがあります。

通常は、壊死するまでの段階でかなりの痛みを伴うため、早い段階で気づいて治療できることが多いのですが、糖尿病の場合は神経障害が起こっているので痛みを感じにくく、進行するまで気づかないことが少なくありません。

このほかにも神経障害ではさまざまな問題が起こります。

例えば、運動神経が障害されると、足先が垂れて歩きにくくなるなどの症状が表れます。また知覚神経が障害されると、チクチクとした不快な痛みに悩まされたり、逆に痛みや寒冷を感じにくくなり、火傷を起こしても気づかなかったりします。

こうした本人が気づかない小さな傷や火傷をきっかけに、壊疽が始まる例もめずらしくありません。

自律神経に障害が起これば、立ちくらみや発汗異常、下痢や便秘、消化吸収の異常、排尿異常などを起こします。

そしてAさんを恐れさせた失明、つまり糖尿病網膜症は、日本人の失明原因の上位になっている疾患です。目の網膜の毛細血管が詰まるのが原因ですが、こちらも自覚症状がないうちに進行し、症状が表れたときには、すでに失明の危機に瀕した状態であることが多いのです。

Aさんは、血糖値が高い状態が長年続いているにもかかわらず、生活習慣を変えることなく過ごし続けたことで糖尿病が進行し、こうした合併症を次々と引き起こしていました。

私は足の切断手術の後、Aさんが退院して自宅で生活を送り始めたときから、在宅医として関わり始めました。糖尿病がこれ以上悪化しないよう、看護師と一緒に生活習慣の改善や生活維持のサポートをしたり、薬を調整したり。そんなことを続けながら、数年が経ちます。

そんなAさんからは、「あのとき、誰かが教えてくれたら、こうならなかったのに……」という後悔の言葉が、たびたびこぼれます。

しかし、健診のたびに「血糖値が高いので、日頃の生活習慣に気をつけましょう」と言われてきたはずです。

同世代の友人や元同僚のなかには、元気に老後の生活を楽しんでいる人がたくさんいるようです。50代半ばで脳梗塞となってまひが残り、足まで切断したAさん。思い描いていた人生の過ごし方ができなくなったことへの後悔が、年を重ねるにつれ、骨身に沁みているように見えました。

糖尿病は「怖い病気

糖尿病という病気は、食事や運動などの生活習慣が深く関与している生活習慣病の代表格です。血糖値が高い状態を放置していると動脈硬化が進行し、脳梗塞や心筋梗塞といった病気のリスクが2〜3倍高まります。

糖尿病の患者数は推計を始めた1997年の690万人から右肩上がりで、厚生労働省の「令和元年 国民健康・栄養調査」によれば、疾患が疑われる人を含めると、日本人の実に5〜6人に1人が罹患(りかん)している国民病です。

糖尿病の合併症には先に挙げた網膜症や神経障害のほかに、糖尿病性腎症があります。動脈硬化によって腎臓の機能が失われ、悪化すると人工透析が必要になります。透析は週3回、1回につき4時間以上もかかる大変な治療です。

Aさんは、血糖値の高さを指摘されたにもかかわらず、生活を変えず血糖値が高い状態を放置していたため、気づいたときには、脳や足に取り返しのつかないダメージを負ってしまいました。

ただ、心筋梗塞や脳血管障害などで、命を落とす可能性もあったため、何とか一命をとりとめたのは、不幸中の幸いといえます。

しかし、これはAさんに限った話ではありません。実際、生活習慣病が進行する多くの例が、Aさんのように「自分は大丈夫」と過信し、習慣を改めようとせずに放置してしまった結果なのです。

では、Aさんはどうすればよかったのでしょうか。

まずは、健康診断で異常値が認められた時点で、生活習慣を改善する必要がありました。具体的には、禁煙をし、飲酒量を減らし、1日3食、規則正しく栄養バランスのよい食事を摂る。そして適度な運動も欠かせません。

Aさんも健診後の指導にきちんと従って、生活習慣を是正していれば、もう少し自身が思い描く人生を歩めていたかもしれません。


健診を後回しにしてしまう人

ところで、社員の健診は勤め先である会社組織の義務ですが、フリーランスや自営業、主婦などは自らの意思で健診を受けなければなりません。

そのため、健診を後回しにしてしまう人も見られます。

私が診ている患者さんのなかにも、長年にわたって健診を受けておらず、50歳で脳出血を起こし、初めて自分が高血圧だったことを知ったイラストレーターさんがいました。

脳出血の影響で半身まひとなったため、絵を描くことができなくなり、今は貯金を切り崩しながら生活をしています。「まさか自分がこんなことになるなんて」「なぜもっと早く健診を受けなかったのか」と、悔やんでも悔やみきれない様子でした。

自覚症状がないうちは日常生活で困らないため、「大丈夫だろう」と思いがちです。しかし、生活習慣を変えずにいると症状が出ないうちから体はじわじわと変化し続け、気づいたときにはかなり悪化している。これが生活習慣病の恐ろしいところです。

こうした事態を防ぐには、とにかく定期的に健診を受けること。そうすれば、病気のリスクを早期に発見でき、症状を進行させないための対策を打つことができます。

「時間がない」「元気だから大丈夫」などと考えず、ぜひ定期的に受診してください。健診は将来の自分が健康でいるために、今すぐできることの1つです。そして、健診で糖尿病、高血圧、脂質異常症などに引っかかったら、しっかり対策を取るようにしましょう。

そして、タバコは生活習慣病のみならず万病の元です。喫煙している方は、いますぐ禁煙することを強くお勧めします。

かかりつけ医を持つことも大事

最後に、必要な時点で然るべき治療につながりやすくなることから、若いうちから、かかりつけの内科医を持つことをお勧めします。


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例えば、健診で「要経過観察」など何らかの異常が見られたとき、かかりつけ医に確認すれば、具体的な生活習慣の改善指導を受けられますし、治療にもつながりやすくなります。

特定の医師の元(や医療機関)に通うメリットは、ご自身の検査データが蓄積されているので、経年変化がわかりやすくなるというのもあります。

風邪をひいて病院を受診した際などに、「この先生、よかったな」と感じたら、何かがあったら相談する先として決めておくなど、信頼できるかかりつけ医を見つけられると、いざというときにも安心です。

(構成:ライター・松岡かすみ)

(中村 明澄 : 向日葵クリニック院長 在宅医療専門医 緩和医療専門医 家庭医療専門医)