松本人志さん性加害疑惑「吉本興業は第三者機関による調査を」 大阪万博にも出展する"国際企業"に求められる対応とは
「週刊文春」が昨年12月26日、ダウンタウンの松本人志さんの"性的行為強要疑惑"を報じると、松本さんが所属する吉本興業は翌日、公式ホームページで「記事は客観的事実に反する」と報道を即座に否定した。同時に、「週刊文春」に対する法的措置も示唆した。
その後、吉本興業は1月8日、「裁判に注力したい」という松本さんからの申し入れがあり、松本さんの芸能活動を休止するというアナウンスを出した。「週刊文春」による報道は続いており、吉本興業は1月22日、松本さんが「週刊文春」の発行元である文藝春秋を提訴したと発表した。
これ以外に、吉本興業からの公式な発表は一切ない。報道によると、記者会見も予定されていないという。しかし、吉本興業は国連とも連携し、持続可能な開発目標(SDGs)に賛同を表明している企業でもある。2025年に開催される大阪・関西万博にも出展を表明しており、国内外から注目を集めることになる。
今、世界では「ビジネスと人権」の問題が大きくクローズアップされ、企業活動において人権の尊重が求められている。SDGsを推進する国際的な企業として、松本さんの報道を受けての吉本興業の対応は、十分なものだったのだろうか。
国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長の小川隆太郎弁護士に聞いた。
⚫️国連の指導原則「独立した第三者機関による裁定が行われるべき」
--「週刊文春」が松本さんの"性的行為強要疑惑"を報じた直後、吉本興業は「当該事実は一切なく、本件記事は本件タレントの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するものです」という文書を発表しています。しかし、なぜ「事実はない」という結論に至ったのか、どのような調査がおこなわれたのか明らかにされていません。もしも、所属する社員などが外部から加害行為を指摘された場合、人権を守る立場にある国際的な企業として、本来はどのような対応が求められるのでしょうか。
人権尊重責任の一環として、企業は、自社が人権侵害等を引き起こし、または助長していることが明らかになった場合、被害者の「救済」を実施し、または、「救済」の実施に協力する必要があります。
2011年に国連で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」により、この「救済」は実効的なものであることが求められており、その一つの要件として、「苦情に対処し解決する手段として対話に焦点をあてる」ことが求められています。この点については、「裁定が必要とされる場合は、正当で、独立した第三者メカニズムにより行われるべきである」とも解説されています。
したがって、本来、吉本興業は、性加害という重大な人権侵害の申告が複数の被害者から告発されたという事態を受けて、内部調査のみの結果に基づき被害事実を一方的に否定するべきではなく、独立した第三者機関を設置し、事実調査を実施し、被害拡大とならないよう被害者の心身への配慮措置を十分におこなったうえで、被害者との対話を通じた解決を目指すことが求められます。
⚫️「内部告発制度」は設けられているが…
--吉本興業の公式ホームページには、「内部通報制度」が設けられていると明記されています。しかし、タレントによる加害行為があった場合の通報は対象外のように読めます。特に気になるのは、「(6)吉本興業グループ各社または利害関係人の社会的信用を侵害する恐れのある行為」として、「週刊誌等の取材を受けて、 会社に対する不当な批判を行っている」「インターネッ卜上で、会社に不利な情報(真実・ 虚偽を問わず)を公表している」という項目で、 内部告発を抑制する可能性はないのでしょうか。こうした内部通報制度は、国際的な企業として十分なものなのでしょうか。
内部通報窓口は、被害者救済のためのメカニズムの一つと位置付けられます。国連の「指導原則」により、企業の人権尊重責任は国際的に認められた人権に拠っている必要があります。
性的自由は国際人権条約で守られる基本的人権の一つですので、タレントによる性加害についても、人権尊重責任の一環として吉本興業が設置している内部通報窓口の対象とならなければなりません。
今、日本社会では人権侵害の被害者が声を上げると、逆にインターネット等でバッシングを受けることとなり、それを恐れて被害者が声を上げづらい大変深刻な状況になっています。被害者が声を上げたり、第三者が人権侵害を内部告発することを抑制するような文言を内部通報制度に書き込むことは言語道断です。
⚫️芸能界で相次ぐ告発、背景にある問題とは?
--ジャニー喜多川氏による性加害を始めとして、芸能界ではハラスメントや性被害の告発が相次いでいます。その背景にはどのような問題があるのでしょうか。
人権侵害の背後には社会や業界、企業の構造的な問題があることが多いです。今回も、芸能界であれば多少の人権侵害も許容されるという誤った考えが社会や業界、企業に蔓延していたと思われます。
今回の事件は、吉本興業だけの問題ではなく、吉本興業に所属するタレントを採用し、テレビや映画、音楽、雑誌を作成しているテレビ会社や映画会社等の取引先の関連企業、さらには投融資をおこなっている株主・金融機関のサプライチェーン上の問題とも位置付けられます。これらの関連企業や投融資機関は、自社の人権尊重責任として、指導原則に則した問題解決に向けて改善を迫る必要があります。
被害者の声に耳を傾け、その被害救済を図ると同時に、背景にある構造的な問題についても解決していくことで、より人権が尊重され、誰もが生きやすい社会へと一歩ずつ近付くことができます。