スタバのレジで現金払いする国は日本だけ?「なんか危なそう」と思われたらアウトな日本で、キャッシュレス化が進まない根本的理由
日本では今も当たり前の「現金決済」。だが海外から来た観光客には、もはやノスタルジックな光景として映っているという。進歩し続けているキャッシュレス決済の最前線、日本で浸透しなかったわけ、そしてこれからの展望を、マーケティング戦略を専門に研究する、永井竜之介氏が解説する。
「念のため」の現金も使うことはない
日本は、世界の中でも「キャッシュレス後進国」として有名だ。日本のキャッシュレス決済の比率は2022年に36%となったが、これは世界の先進国の中で、じつは最低水準である。欧米諸国や中国・韓国など、多くの国はすでに50%を超え、80~90%以上の国も少なくない。
この数年の間に海外へ訪れたことがある人ならば誰もが、「海外では本当にもう現金は使わないんだ」と実感しただろう。「念のため」と空港で両替した現金を、滞在中にまったく使わずに帰国する経験をした人も多いはずだ。
多くの国でキャッシュレス決済は当たり前化していて、「現金お断り」の地域や店も増えている。都市部や大型施設だけでなく、地方の小さな個人経営の飲食店でも、さらには観光地にある生鮮食品の並ぶ市場においても、完全キャッシュレスが当たり前の世界が広がっている。日本だけが取り残されている、といっても過言ではないほどだ。
コロナ禍が明けて、久しぶりに日本を訪れた海外の観光客やビジネスパーソンたちは、未だに現金主義が根強い日本に対して、「時代が止まっているかのようだ」と驚いている。
ある海外の知人は、日本の子供たちが硬貨を集めてお小遣いとして使っているのを見て、「ノスタルジックだ」と懐かしんでいた。海外ではもう子供たちでさえ、現金を使うことはほぼなくなっているからである。
「現金お断り」のお店がほとんどだという
スタバのレジに並んで現金を払うのは日本人だけ!?
日本と対照的に、「キャッシュレス先進国」となっている中国は、コロナ禍の以前から、すでに「ウィーチャットペイ」と「アリペイ」の2つのQRコード決済が広く浸透していた。
ケンタッキー・フライドチキンでもスターバックスでも、お店のレジで注文する客は1人もおらず、入店したらそのまま席に座り、自分のスマートフォンの専用アプリから注文・決済を済ませて、出来上がり通知が届いたらカウンターへ受け取りに行く、「モバイルオーダー」のサービスを老若男女が使いこなしていた。
日本でもモバイルオーダーはあるが、浸透しているとは言い難い
アフターコロナでは、中国のキャッシュレス化はさらに先へ進み、指紋・顔・手の静脈などを用いた生体認証決済が始まっている。特に、手のひらの静脈による認証は、ウィーチャットペイに採用されており、より早くより正確、かつ偽造困難な決済手段として、交通機関、小売店や飲食店、オフィスや学校などへの導入が進められている。
QRコード決済やモバイルオーダーについては、日本にも同様のサービスはあるが、利用率はまだまだ低く、東京でさえレジに長蛇の列を作って並んで注文し、現金で支払う場面は珍しくない。現金主義は、地方ではさらに色濃く残っており、キャッシュレス専用セルフレジが導入されたまま、使われずに佇んでいる光景が広がっている。
海外でキャッシュレスが早く浸透し、日本では遅れている理由として、「日本には偽札が流通していなく、現金が安全に使えるからだ」という指摘が出てくることがあるが、それだけでは、世界の中で日本だけが取り残されている現状の説明としては不十分だろう。
中国のスターバックスにて 筆者撮
それよりも、日本がキャッシュレス後進国になってしまった決定的な原因は、サービスの「広め方」を失敗した点にある。サービス開始当初に「なんか危なそう」と、特に中高年層に思われてしまった結果、キャッシュレス決済の普及につまずいてしまったのだ。
日本では、何事においても、「なんか危なそう」と思われてしまったらアウトである。「なんか危なそう」な商品やサービスは、本当は素晴らしいものだとしても、なかなか利用してもらえなくなる。「すごい」「面白い」「斬新」よりも、「みんなが知っていて」「信頼できて」「ちゃんと安心できる」選択肢の方が好まれる、というのは日本ならではの特徴の1つだ。
日本の各種ペイは、サービス開始当初、〇%オフやキャッシュバックのキャンペーンで「お得」感を強くアピールしたが、それらは横断的なサービスではなく、それぞれのサービスが利用できる店が限られていた。キャンペーンや店に応じて何種類も使い分ける必要があり、ペイは「お得だけど使いづらい」ものとしても印象付けられたのだ。
「なんか危なそう」を乗りこえるには
さらに多くのペイが、システム障害で決済できなくなるトラブルを起こした。特に、セブンイレブンの「セブン・ペイ」が、サービス開始早々にトラブルに見舞われ、すぐにサービス中止に追い込まれた一連の騒動は、多くの人にネガティブなイメージを植え付けた。
その結果、もともとリスク回避を選びやすい日本の消費者の中で、「ペイはまだまだ信用できない」という先入観が作られてしまったのである。
完全キャッシュレスの食品スーパー、「フーマフレッシュ」が当たり前に利用されている
キャッシュレスが浸透している国では、まず安心できて、楽で、しかもお得だから、それが当たり前のように受け入れられている。キャッシュレスにおいては、「まず安全、そして楽、さらにお得」という優先順位が、決定的に重要となる。
日本にキャッシュレス決済が浸透できていない原因は、サービス開始時の失敗によって、この優先順位が崩れてしまった点にある。「お得だけど、まだ安全ではなく、少し不便」なサービスというのが、いまだに日本のキャッシュレス決済の現状といえるだろう。
また、日本は海外と比べて、駅やコンビニにATMが普及していて現金の出し入れが簡単で、「Suica」などの便利な交通系タッチ決済が先に浸透している。そのため、「現金と同じく安全で、交通系ICと同じくらい便利で、なおかつペイのほうがお得」という高いハードルをクリアできなければ、普及が進みにくいという難しさもある。
日本がキャッシュレスの遅れを取り戻すには、若い消費者に向けて「お得」をポップな広告でアピールし続けるよりも、「なんか危なそう」と敬遠している中高年層に対して、「まず安全、そして楽、さらにお得」という優先順位を取り戻させるマーケティングを進めるほうが重要となる。
注意すべきは、キャッシュレスは目的ではなく手段である、という点だ。キャッシュレスは、モバイルオーダー・ビジネスの前提条件になる。キャッシュレスが浸透できていない結果、世界の成長市場であるモバイルオーダーで、日本が周回遅れに取り残されてしまっている現状は、もっと認識される必要があるだろう。
また、「なんか危なそう」と思われてキャッシュレスすら普及できていない国では、生成AIや自動運転、NFTやビットコインなどが、同じように「なんか危なそう」で進まないことは容易に想像できるだろう。
多くのデジタル・テクノロジーが、日本でだけ停滞してしまうことにならないようにするには、「『なんか危なそう』を乗りこえる」という課題にもっと向き合わなければならない。
文・写真/永井竜之介