自慰行為強要、動画流出、自殺未遂…それでも教育委員会は「いじめ」と認定しなかった旭川女子中学生いじめ凍死事件は「こども庁」創設を後押しした

こどもの虐待や不登校、自殺者が多発する日本の厳しい現状を「こども緊急事態」として発足した「こども家庭庁」。その創設のために奔走した筆者が「こども庁」が必要だと考えた理由を語る。『こども庁ー「こども家庭庁創設」という波乱の舞台裏』(星海社)より一部抜粋・再構成してお届けする。

旭川女子中学生いじめ凍死事件

現場では、こどもの為に一生懸命になっている大人が大勢いるにもかかわらず、転居を繰り返すことで、自治体間で情報が分断されうまく引き継がれない。行政の問題でこどもの命が守られていない現状を目の当たりにしました。

栗原心愛さんは、2017年7月に沖縄県糸満市から千葉県野田市に転居して数か月の時点で、父親からの暴力が疑われていました。そして、通っていた小学校のいじめアンケートに「お父さんにぼう力を受けています。

夜中に起こされたり、起きているときにけられたりたたかれたりされています。先生、どうにかできませんか(原文ママ)」と書き、懸命にSOSを出していました。その翌日一時保護を受けたものの、なぜか翌月には親族宅での養育を条件に一時保護は解除されます。

さらに、野田市教育委員会がアンケートのコピーを父親に渡してしまうという問題も起こりました。2018年12月末には、心愛さんは親族宅から父親が待つ自宅へ戻され、その後ひと月もしない間に、度重なる虐待を受けて、命を落としました。

その間、管轄の柏児童相談所は家庭訪問さえしないままでした。心愛さんの対応をしていた柏児童相談所は、管轄する地域の人口が130万人(2015年国勢調査)とカバーする範囲が当時の他の児童相談所と比べて平均(60万人程度)を大きく上回っていた問題も、浮き彫りになりました。

廣瀬爽彩さんは、2021年、北海道旭川市で氷点下10度を下回る2月に行方不明となり、凍死体として発見されました。

亡くなった廣瀬爽彩さん

報道によると、彼女はその2年も前から、上級生らに凄絶ないじめを受けていました。裸の写真の撮影や、目の前での自慰行為を強要され、動画まで流されている――卑劣極まりない行為です。追い詰められ川に飛び込む自殺未遂を行い、1か月の入院もしたとされています。

もはや、いじめと呼べるようなものではありません。

北海道第二の都市で見た! 穴だらけの事件対応

なぜこんなことが立て続けに起きるのか。なぜ誰も止めることができないのか――私はこども庁創設が重要テーマとなっていた自民党総裁選の真っただ中の2021年9月、「こども政策公開討論会」が行われる前日に、1日だけ時間を捻出し、旭川市に飛びました。

旭川市教育委員会から直接話を伺うためです。廣瀬爽彩さんの命が奪われた事件について、いじめ「重大事態」としての第三者委員会の調査が一向に進んでいない原因や、今後の方針について教育長からとことん話を聞くつもりでした。

なぜ死に追い込まれる前に適切な支援ができなかったのか、爽彩さんの死を防ぐことができなかった原因は何か。ご遺体が見つかった場所で花をたむけ、手を合わせながら、どんなに苦しくつらかっただろうと思うと、怒りが込み上げてきました。

爽彩さんが知人に送ったSMS

いじめ防止対策推進法は、議員立法で2013年6月に成立しています。しかし、せっかく制定された法律が全く機能していない状態だったわけです。この法律の所管は文部科学省でしたので、私は当時の文部科学大臣とも事前に連絡をとり、旭川市教育委員会等への指導や助言を徹底してほしいと要請しました。大臣からは、「文部科学省からは、すでに担当課長を旭川に派遣した」との返答でしたが、それでも事態は変わらず、何も解決されていなかったのです。

旭川市教育委員会からのヒアリングでは、次のような回答がありました。

「爽彩さんが川に飛び込んだ事件は把握しているが、関わった児童との関係や警察からの情報を総合的に判断し、いじめという認定はしなかった」

爽彩さんの事件では、警察が捜査を行う事態にまでなっており、2021年4月に、この事件は「重大事態」と認定されているのに、なぜ「いじめではない」ということになるのか。第三者委員会の公平性や中立性も疑われるものがありました。

いじめ対策の3つの致命傷

結局のところ、教育長からは、旭川市で十分な数の専門委員や弁護士を集められないことが、調査が滞っている理由だという回答がありました。滞っているといっても、教職員や児童生徒への聞き取りはおろか、アンケートも実施されておらず、実質、具体的な調査は全く行われていなかったのです。

ここで大きな3つの構造的な問題が見えてきました。それは、

①いじめの積極的な認知を可能とする仕組みができていないこと
②中立で公平な第三者委員会が設けられていないこと
③第三者委員会によるいじめ重大事態の調査期限が設定されていないこと

爽彩さんへのいじめの疑いは明らかといってよいものでしたが、「いじめ防止対策推進法」によれば、 いじめの疑いを認定するのは学校や教育委員会であり(28条1項)、学校や教育委員会が「いじめはなかった」と言い張れば、「重大事態」としての対処が行われないということになってしまいます。

爽彩さんが知人に送ったLINE

また、いじめの疑いがあったとして「重大事態」としての対処が行われることになっても、調査を行う第三者委員会が、「いじめがあった」となると不利益を被る学校や教育委員会の関係者によって構成され、中立性・公平性が保たれないケースが多々あります。しかも、いじめ重大事態の調査に期限がないために、ずるずるとその認定が先送りされ、被害の救済や再発の防止がないがしろにされてしまっていることも少なくありません。

これではこどもたちを救うなど無理です。

こども政策の地域格差

旭川市の教育長は、私が直接面談した際「旭川市には、いじめ対応の専門家がおらず、第三者委員会の委員への報酬が条例で日当7700円と定められていることもあり、経験のある弁護士等に依頼しようにもなかなか難しい事情がある」と証言しました。

旭川市は、2021年の調査で人口32・9万人、北海道で札幌に次ぐ第二の都市です。そのような大都市ですら、こども政策に予算を割くことができず、こども政策担当者も専門家も集められないというのであれば、他の小さな市区町村はどうなるのでしょうか。

全国47都道府県にある1741の各市区町村の全人口の中央値は2万3000人です。当然、もっと人口が少なく、担当者や専門家が不在な地域はごまんとあるわけで、事実上ほとんどの自治体がこどもを専門的にケアする職員を配置できていないということは明らかです。

幼い頃の爽彩さん

妊娠、出産、児童養護、保育、教育、医療……すべてにおいて、地域格差が生じている。生まれた場所によって、いざという時に救われる命と救われない命があるということは、この日本で許されることではありません。

このことが、国が責任を持ってユニバーサルサービスとしてこども政策を実施していく、「こども庁」が必要だと考えた理由のひとつです。

文/山田太郎

『こども庁ー「こども家庭庁創設」という波乱の舞台裏』(星海社)

山田太郎

2023年8月23日

\1,650

224ページ

ISBN:

978-4-06-532899-6

自民党を「こどもを語れる場所」に変えた1年半の疾風怒濤伝!

2023年4月に発足した「こども家庭庁」。その創設の舞台裏には、自民党の常識にとらわれない新しい政治の「闘い方」があった! こどもの虐待や不登校、自殺者が多発する日本の厳しい現状を「こども緊急事態」として菅義偉内閣総理大臣に「こども庁」構想を直談判した2021年1月24日、闘いは始まった。「総裁選」や「党内や官僚からの抵抗」、「こども庁名称問題」、「メディアからの批判」幾多の危機にあって、命綱となったのは「ゲリラ的勉強会」、「デジタル民主主義」という驚きの政治戦略だった! 本書は、「こども庁」構想の発起人の一人である著者が、庁の発足までの舞台裏を書き下ろした疾風怒濤の政治ドキュメンタリーである。