上汽通用五菱汽車「宏光MINI」(写真:アフロ)

50万円EVとして日本でも大きな話題になった上汽通用五菱汽車の「宏光MINI」の販売が急失速している。

ピーク時に月間5万台を超えていた販売台数は、2023年6月に前月比6583台減り、1万3763台まで落ち込んだ。EV市場全体は伸び続けているのに宏光MINIは急失速している。テスラ超えでEV界の寵児になった「神車」に何が起きているのだろうか。

2020年7月末に発売された宏光MINIは日本の軽自動車を思わせるキュートなボディと、2万8800元(約57万円)からという激安価格で超小型EVブームを巻き起こし、「神車」と呼ばれた。

テスラの「モデル3」を抜いたことも

9月には販売台数でテスラの「モデル3」を抜き、EV国内トップに。販売する五菱汽車や全国乗用車市場情報連合会(CPCA)によると、2022年の販売台数は55万4000台を超え、同年の小型EV販売台数で世界首位に立った。最高月間販売台数は5万600台に達し、新エネルギー車販売台数(EVセダン)ランキングで2年以上トップを守っていた。

50万円から買える宏光MINIは日本でも大きな話題になった。実際には同車種は日本で発売できる安全基準に達しておらず、最安グレードにはエアコンやエアバッグが付いていない。日本の軽自動車とはまったくの別物ではあるのだが、EVシフトが進まない産業界の危機感を高めた。

ところが2022年末、宏光MINIの快進撃はピタッと止まる。

2022年11月の販売台数は前年同期比13.8%減の約3万2000台。12月は多少持ち直したが、2023年に入ると減少に歯止めがかからなくなり、6月の販売台数は2万台を割った。

中国汽車工業協会によると6月の新エネルギー車の販売台数は前年同月比35.2%伸びており、宏光MINIの凋落が際立つ。中国メディアや自動車業界は、補助金の終了に加え、同車種が創造した格安超小型車EV市場が大手の参入によってあっという間にレッドオーシャン化し、パイを奪われたことが原因だと分析している。

値上げのたびにブレーキ

宏光MINIはEVとしては激安で、購入者は小規模都市や農村に集中している。購入を検討する消費者の多くがEVでなく、ガソリン車や小型トラック、電動三輪車と比較していると言われ、宏光MINIの値段が上がるたびに販売にブレーキがかかる。

同車種は2022年3月、原材料高を理由に平均1割強の値上げを実施した。最低価格が3万2800元(約65万円)となり割安感が薄れたことから、翌4月の販売台数が発売以来初めて前年実績を下回った。

今年1月以降の販売急落は、中国政府が10年以上にわたって続けていたEV向けの購入補助金が2022年で終了した影響も大きいと見られている。補助金打ち切りの影響はEV全体に及んだが、価格に敏感な層をターゲットにした低価格帯EVの落ち込みの方がより大きく、長引いている。

宏光MINIがヒットした当初、中国では、「価格なりの品質」「おもちゃ」という声も少なくなかった。だが、価格破壊によってEVの購入者層を大きく広げ、新たなマーケットを創造した功績は大きい。その結果大手が続々参入し、競争が激しくなった。この1年半で、以下のライバルが現れた。

・奇瑞汽車(チェリー)「QQ 氷淇淋(アイスクリーム)」

宏光MINIの競合として最初に登場したのは、老舗メーカー・奇瑞汽車が2021年末に発売した「QQ 氷淇淋(アイスクリーム)」。外観、性能を宏光MINIにかなり寄せつつ、発売時価格は宏光MINIより若干安く設定した。よくある「そっくりだけどさらに安い」製品だ。


QQ 氷淇淋(写真:奇瑞汽車公式サイトより)

QQ 氷淇淋の2023年6月の販売台数は6041台。原材料価格の高騰などで、超小型EVは発売以降少しずつ値上げされてきたが、同社は7月に2万9900元(約59万円)と3万元を切る同車種の限定バージョンを発売し、エアバッグと空調をなくして徹底して価格で勝負する戦術を維持している。

・長安汽車「Lumin」

大手国有メーカーの長安汽車は2022年6月に超小型EV「Lumin」を発売した。価格は宏光MINIの最安グレードより1.5倍ほど高い4万8900元〜6万3900元(約97万〜126万円)。

その分、宏光MINIより車体がやや大きく、スマートロック機能や車内ディスプレイを搭載するなど、走行体験の向上にも気を配ったバランスの取れた製品にした。エアバッグも標準装備しており、安全性でも一歩抜きんでている。


長安汽車「Lumin」(写真:長安汽車公式サイトより)

長安汽車は宏光MINIやQQ 氷淇淋の最安バージョンが「注目を集めるための戦略的価格」で、実際にはそれほど売れていないと分析し、価格を上げて装備を充実させた。その作戦が当たり、2023年6月の販売台数は前月比2223台増の1万714台。発売から1年で宏光MINIの背中を捕らえる寸前まで来ている。現時点で最大のライバルだ。

・吉利汽車(Geely)「熊猫(パンダ)mini」

民営大手の吉利汽車は今年2月、女性消費者の好みに全振りした「熊猫mini」を発売した。こちらも価格は3万9900元(約79万円)〜と、宏光MINIより数十万円高い。より遠出ができるよう航続距離を延ばしたり急速充電機能を強化し、既存車種と差別化を図った。


吉利汽車(Geely)「熊猫(パンダ)mini」(写真:吉利汽車公式サイトより)

熊猫miniは出足が非常によく、吉利汽車の2月の世界販売台数を前月の5位から3位に押し上げた。3、4月の販売台数は1万台を超えたが、直近の6月は7238台とやや失速している。

超小型EV市場には他にも複数のメーカーが新車種を投入しているが、今のところまとまった数字を出しているのは宏光MINIとこれら3車種の計4車種になる。

市場をつくった宏光MINIの知名度が他を圧倒する中で、後発メーカーの判断は価格で勝負するか、価格を上げて機能を充実させるかに分かれたが、選択肢が増えた結果、後者に消費者が流れている。

「超小型EV」市場に暗雲

宏光MINIの不振は同車種だけの問題というより、超小型EVブームが一服し、市場が飽和していることが最大の要因との見方もある。

乗用車市場信息聯席会によると、2023年1〜6月の超小型EV(A00級、ホイールベース2〜2.2m、排気量1000cc以下)の販売台数は前年同期比40.7%減の30万9276台。新エネルギー車の同期間の販売台数は37.3%伸びており、大きさ別では超小型カテゴリーの独り負けになっている。

宏光MINIが登場した2020年はEVの価格が高く、大衆向けに位置づけられるテスラのモデル3でも日本円にして600万円以上、その下のグレードでも300万円以上した。だが最近はEVのラインナップが増え、飛ぶ鳥を落とす勢いのBYDが100万円台の小型EVを発売するなど、価格の選択肢が増えている。

また、中国のEV市場は拡大が続く一方で、100を超えるメーカーが過当競争を引き起こし、利益を犠牲にした値下げ合戦が続いている。7月上旬には自動車政策を担う工業情報化部とテスラなど自動車大手16社が、過当競争を回避するための合意書をつくったほどだ。

値下げ合戦の結果、小型SUVやセダンと超小型EVとの価格差が縮小し、通勤や買い物だけでなく家族でのレジャーなどにEVを利用したい消費者が、よりスペースのある車種に流れているとの指摘もある。

3年ぶりリニューアルか

宏光MINIと格安超小型EVの将来性については先細りとの見方が多いものの、同社が取るべき方向性については意見が分かれる。ミドルエンドに進出すべきとの声もあれば、人口が多く、格差の大きい中国では、車が普及していない地方都市・農村の市場がかなり残っており、ミドルエンドで手ごわいライバルと戦うよりは格安市場を深掘りするほうが得策だとの意見もある。

そんな中、宏光MINIが2020年の発売以来3年ぶりにリニューアルを進めていることが、同社が工業情報化部に提出した資料から7月に明らかになった。

フロントグリルやロゴのデザインが一新され、現行車種より全体的に丸みを帯びている。発売の承認を得る前のリストであるため、価格や発売時期、航続距離はわからないが、全体のサイズと車内のスペースは大きくなっており、充電口にも変化があることから多様な充電設備に対応する可能性がある。機能性の向上が期待され、販売テコ入れのためのリニューアルという見方がもっぱらだ。

Luminと熊猫miniの猛追を受けていることから、まずは超小型EVカテゴリで王座を死守すべく、ライバルを迎え撃つ態勢を整えているのかもしれない。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)